第31話 プリンセスは料理番
一方その頃、
幹太、アンナ、ソフィアの三人は問題なくシェルブルック王国側の検問を抜け、ソフィアの住む村、ジャクソンケイブに向かって出発していた。
「やっと我が国に入りましたー!」
ようやく久しぶりの故郷に入ったアンナは、手綱を握りながら笑顔で叫ぶ。
「おぉ!確かにやっとここまで来たって感じだな!
しっかし、目の前までくると結構大きな山だったんだなぁ〜」
幹太は正面に見える山々の迫力に圧倒されていた。
「私の村はあの山の中にあるんですけど、標高が高いのでこことはぜんぜん気温が違うんですよ〜」
幹太の後ろで荷台に座るソフィアがのんびりと話す。
「正面にあるのはバルドグラーセン山脈ですね。
シェルブルックでは山脈の頂上のグラーセン山が一番高い山なんですよ♪」
アンナがニコニコと楽しそうに説明する。
「幹太さん、アンナさん、すいません遠回りさせてしまって〜」
ソフィアの住むジャクソンケイブ村は、シェルブルックの王都に続く街道から少し外れた所にあった。
「いいえ!いいんですよソフィアさん!
私と幹太さんはラーメンをこの国に広めたいんです!
この機会に、ジャクソンケイブ村の皆さんにもラーメンを食べていただきましょう。
ですよね、幹太さん?」
「あぁ、ぜひ食べてもらおう。
えっとソフィアさん、ジャクソンケイブ村ってどんな所なんですか?」
「そうですねぇ〜」
ソフィアはポケ〜っと空を見上げて考える。
「これと言って何もないですね〜♪」
とあっさりソフィアが言うのを聞いて、幹太とアンナは御者台の上でズルッとバランスを崩した。
「ソ、ソフィアさん!
何かはありますよ!確かジャクソンケイブには温泉が湧いていた筈です!」
ジャクソンケイブ村のあるシェルブルック王国の王女は、幹太の手前必死でフォローした。
「あぁ!そうですねぇ〜、そういえば温泉がありました♪
というか、温泉ぐらいしかありません〜♪」
ソフィアはパチンと手を打ってそう言った。
「ソ、ソフィアさん…他にも何かあるのでは…?」
「そうですね、あとは…ジャクソンケイブは高原の村なので、美味しいお野菜がたくさん採れるぐらいですかね〜」
「あんまり大きな村じゃないのか?村民は全員でどのぐらいいるんだ?」
「どうでしょう…?ん〜、三百人ぐらでしょうか?
でも若い人はほとんどいなくて、お年寄りばかりの村です。
若い人はみんな山を降りて大きな町に出て行ってしまいますから〜」
ソフィアは村に残った数少ない若者の一人であった。
だけに月に一度、野菜を麓の町に卸す役目を任されていたのだ。
「日本で言う限界集落ってのに近いのかなぁ〜?」
幹太は子供の頃に、父親の田舎に行った時のことを思い出した。
幹太の父は北陸地方の山岳地帯の出身である。
そこは冬になると、大量に雪が降る豪雪地帯で、ジャクソンケイブと同じように温泉以外にはこれといって名所などない過疎の村だったのを覚えている。
「ソフィアさんはなぜ村に残っていたのですか?」
アンナはソフィアの様な器量の良い人が、なぜ結婚もせずに村に残っていたのか純粋に疑問に思った。
「私の父親が過保護だったんです〜。
周りのお友達はみんな結婚して村を出ちゃいましたが、私は父の方針で、今でもあまり男性と交流したことがないんです〜」
「ソフィアさん、すんごい綺麗だもんなぁ〜。
そりゃお父さんが心配するのも分かるよ。あだっ!」
幹太はソフィアに振り返り、ニコッと笑ってそんなことを言う。
隣に座るアンナは、そんな幹太の横っ腹をヒジで突いた。
「まったく…幹太さんはまたそういう事を。
まぁでも、ソフィアさんが綺麗な人なのは本当ですからね♪」
二人に手放しで褒められたソフィアは頬を赤く染める。
「ま、まあ、とにかくあまり魅力のない村なのは確かですね〜」
そんな話をしながら、アンナが操る馬車は緩やかな登り坂を登って行く。
「険しいって言ってたけど、めちゃくちゃ道が荒れてたりはしないんだな」
幹太が想像していたのは、東南アジアの僻地にあるような山道だった。
対向車とのすれ違いで、いつ路肩が崩れて谷底に落ちるか分からない。
そんな山道を想像していたのだ。
「これでも馬車にとっては険しい道ですよ。
このぐらいの道でも、自動車で走るのとはわけが違いますからね」
アンナの言う通り、先ほどから木の車輪では衝撃を吸収しきれないのか、馬車の揺れはかなり激しくなってきている。
「そっか〜。むこうじゃいつも普通に乗っている車だけど、ゴムのタイヤと木の車輪って違いだけでも、ずいぶん乗り心地が変わるんだなぁ」
二人がそんな話をしているのを、後ろに座るソフィアが不思議そうな顔で聞いている。
「あの…幹太さんはシェルブルック王国の方ではないのですか〜?」
ソフィアは昨晩のアンナとの会話から、幹太も当然シェルブルック人だと考えていた。
カンタという名前が珍しいと思ってはいたが、まさか別の国の人だとまでは思っていなかったのだ。
「あっ!そっか!ソフィアさんには話してなかったっけ?」
そう言って、幹太はアンナに目配せをして事実を話して良いか確認する。
アンナは迷わず笑顔で頷いた。
「ソフィアさん、実を言うと俺はこの世界の人間じゃないんだよ。
アンナの転送魔法に巻き込まれてこの世界にやってきたんだ」
しかし、それを聞いたソフィアはあまりピンと来ないようだった。
「他の国でなくて、別の世界ですか…?
私、魔法に疎くて…。
転送魔法とは、王家の方の特別な魔法なんでしょうか〜?」
そんなソフィアの質問に、アンナは頬に手をつき、首を傾げながら答える。
「どうでしょう…?
異世界への扉を開く魔法なんですが、とりあえず王家の秘密という訳ではありませんね。
ただ膨大な魔力を消費するので、民間で行うのは難しいと思いますよ。
そんなに強力な魔石は、王家で管理している物がほとんどなので…」
「そうですか〜。異世界…?う〜ん?」
二人にここまで聞いても、やはりソフィアには異世界というものが想像出来なかった。
「ははっ♪ソフィアさん、俺の世界もこちらの世界もあまり変わらないよ。
技術的には俺のいた世界の方が進んでいるけど、仕事をしたり勉強をしたりっていう日々の生活はほとんど一緒なんだ。
だから…そうだな、すごく遠い国から来た人だって思ってくれれば大丈夫かな」
そんな幹太の言葉を聞いて、言われた通りソフィアはあまり難しく考えるのをやめた。
「はい♪ではそう考える事にしますね〜♪
あとは〜」
そこでソフィアは、アンナの耳元に口を寄せて、彼女にだけ聞こえる声で最後の疑問を口にする。
「アンナ様は異世界の方と結婚なさるんですか〜?」
「ええっ!?」
耳元でそんな事を囁かれたアンナの顔が急激に赤くなる。
「あのあのっ!ですからそうなる事を望んでいると言いますかっ!?
人を好きな気持ちに国境はないとでも言いますかっ!?」
いきなりの質問に焦ったアンナは、ブンブンと手綱を持った手を振り回し、周りに聞こえるような大声でそう答えてしまう。
「うわっ!ア、アンナ!危ない!スピードがっ!」
しかし、アンナに手綱を打たれたと勘違いした馬が急激に加速し、幹太は振り落とされないよう必死で御者台に掴まっていたため、アンナが何を言ったのかよく分からなかった。
それから幾度かの休憩を挟み、アンナとソフィアで代わる代わる御者を交代しながら馬車は山道を進んでいく。
「今日はこの辺りで夜を明かしましよう〜♪」
夕方になり日も傾いてきた頃、手綱を握るソフィアがそう言って馬車を停めた。
「そうですね。ちょうど馬も疲れてきているようなので、それが良さそうです」
ソフィアの隣に座るアンナが周りを見回すと、街道脇の少し広くなった草原に、丸太を半分に割った桶の中に湧き水が流れ落ちる馬のための水場があった。
どうやらこの街道を通る馬車のために置いてあるようだ。
「水場もあるのに誰もいないなんて、運が良かったかもしれません♪」
「はい〜♪」
三人は水場近くの馬繋ぎに馬を繋いで、馬車の中を片付け、いつも客席で使うテーブルとイスを馬車から下ろし、野営の準備をする。
例によって幹太がほぼ雰囲気重視の焚き火をしたが、馬車には姫屋の調理器具があるのであまり意味はない。
「あぁ…これでコーヒーがあれば最高なのになぁ…」
彼は燃える炎を見ながら、幌馬車と焚き火とコーヒーという男子なら一度は憧れるシチュエーションを夢みているようだ。
「幹太さん、焚き火は草を燃やしてしまうのであまり…」
と、言いかけたソフィアを、
「あの…ソフィアさん、あれは幹太さんの中で野営をする時の儀式なんです。
できたら気がすむまでやらせてあげて下さい」
と言って、アンナが苦笑しながら引き止めた。
「では食事の準備をしましょう〜♪」
とりあえず幹太のことは放っておいて、ソフィアは馬車に乗り込んで食事の準備を始めた。
「あっ、私もやります!」
と言って、アンナもソフィアに続いて馬車の中に入る。
『今日はこれからが勝負です!』
アンナは今晩の食事の準備に気合いを入れていた。
始まりは今朝のこと。
「ここからジャクソンケイブまでは二日かかります。
なので、今晩の食事の買い物もしておきましょう〜」
ソフィアの経験上、これから出発すると必然的に山の中で夜を迎えることになる。
「ソフィアさん、野営ということはお料理ですか…?」
「はい。あの馬車ならその方がいいですよね〜♪」
野営の場合はいつも出来合いのもので食事を済ますソフィアだが、キッチンワゴンなら温かい料理を作ることができる。
ならば送ってもらうお礼も兼ねて、自分が食事を作ろうと彼女は思っていた。
「ですからお二人はここで待っていて下さい〜」
ソフィアがそう言って市場へ向かおうとすると、アンナが彼女の腕を掴んで引き止めた。
「あの…ソフィアさん、私もついて行っていいですか?
私、幹太さんに自分が作ったお料理を食べてもらいたいんです…」
「…えぇ、もちろんです〜♪」
そうして二人は幹太を馬車に残して市場へ買い物に出かけた。
『ついにこの日がやってきました!』
アンナはこちらの世界に来てから一度も料理をしていなかった。
むしろ試食や昼の賄いなど、幹太の料理を毎日と言っていいほど食べている。
『でも私…あんまりお料理ってした事無いんですよね…』
アンナは王女だ。
普通に生活していれば料理をする機会などほとんどない。
その上かなり活発な彼女は、王都にいる間も馬の世話をしたり、シャノンとお忍びで街に繰り出したりと、城の中にいることの方が少ないぐらいだった。
そんなアンナがソフィアと市場を歩いていると、一軒の肉屋が彼女の目に留まった。
『そうだ…肉を焼きましょう…』
と、どこぞの旅行CMようなことを思い、アンナは肉屋に向かった。
そんな朝の出来事を経て、アンナとソフィアは今、屋台の中で料理をしているのだ。
「アンナ、料理できたんだな…」
幹太はひとり焚き火を見つめながら、静かに二人の料理の完成を待っていた。
そこへ、
ガッシャーン!
と、何かが割れる凄まじい音が響き渡った。
さらに続いて、
「ア、アンナさん!燃えてます!燃えてます!火に近づけ過ぎです〜!」
という、ソフィアの切羽詰まった悲鳴も聞こえてくる。
「だ、大丈夫なのか…?」
幹太が馬車の方に視線を移すと、馬車の周囲にはモクモクと黒い煙が漂っていた。
「…まぁ、お姫様だもんな…」
その様子から幹太は色々と悟り、再び燃え盛る炎を見つめながら、静かに二人の料理が出来上がるのを待った。
「お、お待たせしました〜」
先に馬車から出てきたのはソフィアだった。
憔悴した表情をして、両手で小さな寸胴鍋を持っている。
「幹太さん♪できましたよー♪」
一方、ソフィアに続いて馬車から出てきたアンナは会心の笑顔である。
彼女はその手に何本もの串焼きが載った金属製のトレーを持っている。
「二人共お疲れさま。任せちゃって悪かったな」
幹太は焚き火のそばから立ち上がり、先に馬車から下ろしたイスに座った。
「いいえ。このぐらいはさせて下さい〜」
「いつも幹太さんに賄いを作ってもらっていますから、今日はこれでいいんです!」
二人はそう言って、テーブルの上に自分の作った料理を置く。
ソフィアが作った鍋には、たぶんトマトを使ったであろう赤いスープに色々な野菜と肉が入っていた。
一方のアンナの置いたトレーには、串に刺さった肉が載っている。
驚いたことに野菜などはなく肉オンリーであった。
「えっと…ア、アンナ、これは…?」
幹太は若干引きつりつつアンナに説明を求める。
「はい♪色々なお肉を串に刺して焼きました♪
少し焦げていますが、気になさらないで下さい♪」
「あ、あぁ…」
なんとかそう返事をして見てみると、確かにものすごく焦げた物といい感じに焼けたものが混在している。
『すげぇ…これ、全部違う肉だ…』
さらにじっくり観察してみると、鶏肉、牛肉、豚肉が仲良く一緒の串に刺さっている。
とそこで、疲れ切った顔のソフィアが幹太の肩をポンっと叩いた。
「…アンナさん、手に持ったまま直火で焼くんです…。
もう私、火傷しないかずっと心配でした〜」
ソフィアが悲鳴を上げた理由はそういうことだったようだ。
「幹太さん、さぁ召し上がれ♪」
アンナは満面の笑みで、何故か一番焦げた一本を幹太に差し出す。
「お、おう…。で、ではいただきます…」
幹太は覚悟して、目の前で揺れる鶏肉であろう肉をパクっと一口食べる。
「あっ!これ美味いっ!」
少し焦げた苦味があるものの、塩と胡椒だけで味付けした鶏肉は美味しかった。
皮もそのまま焼いたアンナの豪快さが功を奏し、とてもジューシーな味わいだ。
「良かった〜♪では私も、ハグッ!」
アンナは幹太の食べた肉串をそのまま食べ始める。
幹太もアンナも全く気にしていない様子だったが、それを隣で見ていたソフィアはドキドキが止まらない。
『これでお二人は本当に恋人ではないのでしょうか…?
見ているこっちが照れてしまいます〜』
由紀と昔から色々と分け合って食べている無頓着な幹太と、肉串に目がないプリンセスの天然な行動は、あまり男性と交流のなかったソフィアには少し刺激が強かったようだ。
「ソフィアさん、そっちもいただいていいかな?」
「は、はい。どうぞ召し上がって下さい〜」
ソフィアは動揺を隠しながら、スープをラーメンのどんぶりに取り分けて、幹太とアンナに渡した。
「これも美味い!」
「すごく美味しいです、ソフィアさん♪」
ソフィアが作ったトマトのスープは、色々な野菜の旨味が染み出していてとても美味しかった。
「トマトスープラーメン…いけるかもしれない…」
と、そのスープ美味しさは幹太の創作意欲を刺激するほどであった。
「ではソフィアさん、私の料理も食べてみて下さい」
「はい♪ではいただきます〜」
ソフィアは山積みの串焼きから一本を取り、ガブっと思いきり噛み付いた。
「ん〜♪とっても美味しいです〜♪」
「それは良かったです♪」
そんな風に三人は久しぶりにゆっくりとした食事を楽しみながら、高原での夜を満喫するのだった。
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