第30話 身バレ

ストラットンの屋台街での営業を終え、宿に戻ってきた幹太、アンナ、ソフィアの三人は熊の襲撃と夜の姫屋の仕事でクタクタに疲れていた。


「あーもう汗でベトベトだ。

今日はパッっと風呂に入ってさっさと寝ちまおう」


「ですね。私もさすが疲れました。

ソフィアさんは大丈夫ですか?」


アンナが後ろを振り返って見ると、ソフィアは半分寝ながらフラフラと廊下を歩いていた。


「はい〜もう限界です〜」


「ふふっ♪初仕事お疲れ様です」


アンナは少し後ろに下がり、そう言うソフィアと腕を組み支えながら宿の階段を上がる。


「ソフィアさん、今日は恐ろしい体験をしましたからね。

だいぶお疲れなのでしょう」


「だろうな。今日はこのまま部屋で寝かせてあげよう」


「えぇ。とりあえずソフィアさんにはベットを使ってもらいましょう」


三人が借りた部屋は大きなダブルベッドとソファーがあり、三人で寝るには十分な広さがあった。

浴室も浴槽付きのものが部屋に備え付けられている。

幹太とアンナは、まずはソフィアをベットに寝かせた。


「すぅ〜すぅ〜」


ソフィアは横になってすぐに寝息立てはじめた。

その後二人は順番にシャワーを浴び、幹太はソファーで、アンナはベットの上のソフィアの隣で横になる。


「おやすみなさい、幹太さん」


「あぁ、おやすみ、アンナ」


しばらく経って、うつらうつらとしていたアンナは浴室から聞こえる物音で目を覚ました。


「ん〜?あら、ソフィアさん…?」


起き上がったアンナが周りを見てみると、幹太がソファーの背もたれの方を向いて横になって寝ていた。

しかし、先ほどまで隣で寝ていたソフィアの姿がない。


「あら?シャワーの音が…なるほどそういうことですか」


どうやらソフィアは夜中になって目が覚め、汗を流すために浴室を使っていたようだ。

アンナが少しボーっとしながらそう考えていると、身体にタオルを巻いたソフィアが浴室の入り口から顔を出した。


「あっ!アンナ様すいません。起こしてしまいましたか?」


アンナはなんだか違和感を感じたが、寝起きで頭が回っていなかったためにそのまま会話を続ける。


「いえ、大丈夫です。ちょうど喉も渇いていたのでお水を…」


アンナがそう言って立ち上がろうとするのを、ソフィアがスッと手を上げて止めた。


「アンナ様はそのままベットにいらしてください。

お水は私が持って参ります」


とそこまで話して、アンナはやっと違和感の正体に気付いた。


「ソフィアさん?なんだか言葉遣いが違いませんか?

えっと、その…アンナ様って?

あと、いつもより語尾もしっかりしてる気が…?」


ソフィアは部屋に備え付けの水差しから水をコップに入れてアンナに手渡し、ベットの隅に腰を下ろした。

そして、ソファーで寝ている幹太の方を見て彼が寝ている事を確認してから話し始める。


「アンナ様…あなたはシェルブルック王女のアンナ様でいらっしゃいますよね?」


アンナは驚いた。

この旅で自分から名乗らずにそれを見抜いた人はいなかったからだ。


「ソフィアさん、なぜ私が王女だと分かったんですか?」


びっくり顔のままそう聞くアンナに、ソフィアはクスッと笑って答える。


「ふふっ♪アンナ様、アンナ様は私と初めて会った時に、アンナ・バーンサイドとフルネームで名乗っていらっしゃいましたよ。

それにその綺麗な銀髪と青い目は、バーンサイド王家の方々に多く見られるものです。

私は一目見て分かりました」


そう言われみればソフィアはシェルブルック王国国民である。

バーンサイドという家名から、アンナの身分に気付いたとしても不思議はない。


「ソフィアさん、実を言うとこの旅で王女だと分かってくれたのは、ソフィアさんが初めてなんです…。

あまりに誰にも気づかれないので、ちょっと自信を失っていました。

でもなぜ、今まで普通に接して下さったのですか?

私、先ほどまでアンナ様なんて呼ばれていなかった気がします」


「そ、それは」


ソフィアは座った両ももの間に両手を差し込み、急にモジモジしながらアンナの質問に答えた。


「最初は幹太さんのしている指輪だったんです…。

でも、アンナ様が結婚なさったというお話は聞いた事が無かったので、か、幹太さんとの秘密の婚前旅行なのかと…」


ソフィアは熊の襲撃から幹太に助けられた時、彼がとても繊細な細工のされた指輪をはめている事に気がついた。

そしてその後アンナに会い、その指輪は王女の物だということが分かったのだ。


「なので、人前では身分を隠して旅を楽しんでいらっしゃるのかなと思って…アンナさんと呼ばせて頂きました」


アンナは、そんなソフィアの優しい気遣いがとても嬉しかった。


「ご自分も色々と大変な目に遭っていたのに、お気遣いありがとうございます、ソフィアさん。

できればこれからは、いつでもアンナさんでお願いします。

ソフィアさんさえ良ければ、アンナでも構いません。

あ、あと、もちろん幹太さんもちゃんと事情を知っていますので大丈夫ですよ」


アンナはそこで一度フーッと深呼吸をしてソフィアの手を握り、更に話しを続けた。


「ええっとですね、か、幹太さんと正式に婚約はしてませんが…できればそのようになれたらと思ってるんです。

で、ですから、ソフィアさんの考えはそれほど的外れではないというかなんというか…」


自分の手を握り締め、頬を赤く染めながら一気にそう話すアンナをソフィアは優しい瞳で見つめた。


『アンナ様、幹太さんの事が本当に好きなのですね。

あんなに小さかったお姫様がこんなに大人に…。

まぁ彼を好きになってしまう気持ちは、とってもよくわかりますが♪』


実はソフィアは小さな頃のアンナに出会った事があった。


「アンナ様…いえ、アンナさん、小さな頃にこのストラットンにいらっしゃいましたよね〜?」


「えぇ、はい。

ずいぶん昔になりますけど、お父様とお姉様と来ましたね」


「ふふふっ♪私、実はその時にアンナさんとお会いしているんです。

ビクトリア様に隠れるアンナさん、可愛らしかったですね〜♪」


国境であり、貿易の要所であるストラットンの町のお祭りにアンナ達王家の人々が招かれていた。

そんな大きなお祭りを見るためにソフィアも家族揃ってこの町に来たのだ。


「は、恥ずかしいですっ!

まさかソフィアさんにあの時の私を見られていたなんてっ!」


かなり図太くなった今とは違い、昔のアンナは極度の緊張しいで恥ずかしがり屋だったのだ。

以前、彼女がストラットンに来た時は、屋根のない豪華な馬車の上で国王と並んで立ち手を振る姉の背中にずっと隠れていて、周り景色を見る余裕もなかった。


「でも、アンナさんの可愛いらしさはあの頃のままですね♪

私、お仕事中にいつバレてしまうか心配でした〜♪」


「いや、幸か不幸かそれが今まで全くバレてないんです…」


「まさか町の屋台にお姫様がいらっしゃるとは、みなさん思ってないのかも知れませんね〜」


「だと良いのですが…。

ではソフィアさん、改めてこれからもよろしくお願いします」


と言って、アンナはソフィアに手を差し出す。


「はい、アンナさん。

こちらこそご迷惑をお掛けしますが、村までよろしくお願いします〜」


ソフィアはアンナの手を取って握手した。


時は少し巻き戻り、その日の昼間。


シャノンと由紀はルートの分岐するフットの町まで来ていた。

昼過ぎにこの町に着いた二人は、早速聞き込みを開始する。


「たぶんアンナが一緒にいたら目立よねぇ」


「えぇ。銀髪の少女などこの世界ではほとんどいませんからね」


二人が数人の街の人を引き留めて聞くと、予想通り幹太達の情報はあっという間に手に入った。


「馬車から直接ラーメンを出す屋台ね。

そういえば幹ちゃん、そういうお店やってみたいって言ってたなぁ〜」


「そうなのですか?普通の屋台と大差ないように思いますが…?」


「日本だと車でやるんだけどね。

たぶん手押しじゃ行けない色々な所でラーメン屋さんをやりたかったんじゃないかなぁ?」


まだ幹太とアンナが山岳ルートに向かったのか、平野部ルートに向かったかが分からないため、二人は屋台の並ぶ広場で食事をしながら聞き込みを続ける事にした。

シャノンはすでに焼き鳥を買い、両手に持って食べている。


「ハグッ!ふむ、これは美味しいですね」


「シャノン、なんか串もの好きだよね」


「元々は私でなく、アナの好物なんです。

街に出た時はいつもアナが買って食べているので、一緒に食べていたら私も好きになってしまいました」


「ん〜今ならその気持ち分かるかも。

だって今、焼き鳥食べてるシャノンを見てたら私も食べたくなってきたもん」


「では由紀さん、お一つどうぞ」


シャノンは両手で持つ焼き鳥のうち、口をつけてない方を由紀に手渡した。


「やった♪ありがとうシャノン♪

ではいただきます!ハグッ!」


そう言って由紀は、日本では見た事がない大きなサイズの焼き鳥にかぶりつく。


「ハフッ!ハフッ!

うん、こりゃ確かに美味しいね〜♪」


「では聞き込みを続けましょう。

次はあの豚串屋で…ハグッ!」


「ハグッ!ハグッ!ん〜♪了解〜」


一本目の焼き鳥を食べ終え、足早に豚串屋に向かうシャノンの後を、串を咥えたままの由紀がついていった。


「あんた達、あの店の関係者なのか?」


店に着き、シャノンが豚串を注文しつつ幹太とアンナの情報を聞くと、後ろ並んでいた客が声をかけてきた。


「店というよりは店員の関係者ですが…」


とシャノンが言うと、男は突然シャノンの前で跪いて懇願し始める。


「頼む!今あの店がどこにあるか教えてくれ!

俺はあのラーメンってのを一度食べてから忘れられなくて、あれから毎日ここに来てるんだ!」


シャノンはそんな男の両肩を掴んで、立ち上がらせながら答えた。


「いえ、私たちも彼らを探しているのです。

お力になれずすいません」


「そうか…それじゃ仕方ない、噂で聞いたサースフェー島に行ってみるしかないな」


男はサースフェー島にラーメンという食べ物を出している店があるという噂を、この町を訪れた行商人から聞いていた。


「驚かせてすまない、お嬢さん達。

じゃあ俺はラーメンを探しに島に行ってくるよ!」


男はシュタッと手を上げて、ものすごい勢いで去っていった。


その一連の様子をシャノンの後ろで眺めていた由紀は、


『あの人、この世界で初めてのラーメンマニアになりそうだなぁ…』


と思っていた。


由紀は日本で幹太の屋台を手伝っていた頃、たまにラーメンを食べる事に人生をかける人を見た事があった。

あの男の雰囲気はそんなラーメンマニアの人達に似ていたのだ。


「あの二人ならストラットンに向かったと思うよ」


シャノンと由紀が呆然としていると、豚串屋の店主がシャノンに豚串を差し出しつつそう言った。


「えっと、なんつったかな…?

そうそう、アンナちゃんって子がウチの豚串を大量に買ってくれたんだよ。

んで、どこ行くのか聞いてみたら、ストラットンから山越えするって言っててさ。

じゃあストラットンで俺の兄貴が同じ豚串屋をやってるから、もし寄る事があったらよろしく伝えてくれって頼んだんだよ」


シャノンは店主にお金を払って豚串を受け取る。


「そうですか。それはいい情報をありがとうございます。

ではご主人、豚串あと二本追加でお願いします」


「まだ食べんのかいっ!?」


情報料とはいえ、二本も追加するシャノンに、由紀は思わずツッコミを入れた。


その後、二人は何軒かの店を回って聞き込みをしてみたが、それ以上有力な情報はなかった。


「アンナちゃんで大量の豚串だもんね。

アンナ本人で百パー間違いないわ。

んっと、確かストラットンって、私達が行きに通った所だよね?」


「ですね。アナならばあの馬車を手に入れた時点で、そちらの山岳ルートからシェルブルック王国に入るとは予想していましたが…」


そこまで言ったシャノンの表情が神妙になる。


「なに、シャノン?なんか心配ごと?

あの街道を通ってて、何か危険な事ってあったっけ?

私、すごくのんびり旅してた気がするけど」


「先ほど、ラークスに向かう馬車の御者から熊が荷馬車を襲ったという情報を聞きました。

荷馬車と言うぐらいですから王家のものと勘違いはしないとしても…」


そこまで聞いて、さすがの由紀も血の気が引いた。


「今回は幹ちゃん達の馬車ではなくても、同じ街道を通る二人が熊に襲われる危険があるのは確かだって事ね!」


「そうです。私は万が一に備えて、フリントロックの銃を持っていますが、当然幹太さん達はそんな武器を持ってませんから」


「じゃあ今すぐにストラットンに向かって出発しないと!」


由紀はすぐに馬を取りに向かおうと振り返る。


「待って下さい由紀さん!」


しかし、そんな由紀の腕をシャノンが掴んで引き止めた。


「落ち着いて下さい、由紀さん。

これからなんの準備もないまま、疲弊した馬に乗って、行きに通った巨木の森を抜けるのは私達の方が危険です。

とりあえず怪我人や死者の情報などはないのですから、焦らずにちゃんと準備を整えてからストラットンに向けて出発しましょう」


シャノンは冷静にそう由紀を諭した。


「でも!シャノン!アンナがっ…」


とそこで、由紀はシャノンが両手を強く握りしめている事に気が付いた。


『そっか、そうだよね。心配なのはシャノンだって一緒だったんだよね。』


由紀は衝動的にシャノンを責めようとした自分を反省する。


「うん、わかった。

じゃあ明日、朝一で買い物してから出発だね。

取り乱してゴメンね、シャノン」


「えぇ、そうしましょう。

では由紀さん、まずは馬を取りに行きますよ」


「はーい♪了解です」


そして翌朝、二人は宿に泊まってしっかり睡眠をとり、旅のための十分な準備をしてからストラットンに向けて出発したのだった。

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