第33話 野菜に合うラーメン
「ごめんなさい…」
しばらくして目を覚まし、ソフィアから事情を聞いた父親はすぐさま土下座を開始した。
『なんだか最近、身に覚えがあるような…』
彼を見てそう思った幹太も、先日土下座をしたばかりだ。
「お二人とも本当に申し訳ありません…私の父、パット・ダウニングです。
ほらっ!お父さんも!」
ソフィアが土下座のする父の背中を叩き、自己紹介を促す。
「パット・ダウニングと申します!
ソフィアの命の恩人だったなんて!本当に申し訳ありません!」
パットがソフィアを溺愛しているのは村でも有名である。
それもあって、村でソフィアに言い寄るような男性はおらず、彼女が大人になってからダウニング家を訪れた男性は、親戚以外では幹太が初めてだったのだ。
『しかしアンナが隣にいたのにあの状態か…。
ソフィアさん、今までよく一人で麓の町まで出掛けてたもんだな…』
幹太はそう思い苦笑する。
「本当にごめんなさいね、幹太さん。
うちの人、ソフィアのこととなると見境いがなくって…」
パットの隣に立つティナも申し訳なさそうである。
「と、とりあえず頭を上げてこちらに座って下さい。
怪我したのはパットさんの方なんですから…」
幹太はパットの脇を支えて立ち上がらせ、イスに座るようお願いする。
「えぇ♪皆さんでご飯を食べて仲直りしましょう。
この唐揚げ、とっても美味しそうですよ♪」
王女アンナは一連のドタバタよりも、ティナが新しくテーブルの上に置いた鶏の唐揚げに意識を持っていかれている。
「さぁ、お父様も早く座って一緒に食べましょう♪」
そんなアンナの笑顔にその場の緊張感が和らぎ、改めて五人での食事が再開される。
「帰ってきたら家の前に見たことない馬車は停まっているし、中からソフィアの声も聞こえるからおかしいと思ったんだよ。
ラークスまで行ったにしては帰りが早すぎるからな」
パットはソフィアの頭を撫でながらそう話す。
「お、お父さん…お願いだから人前で頭を撫でないで下さい〜」
一方、頭を撫でられたソフィアは少し恥ずかしそうにそう言った。
「幹太さんとアンナさんだったね。
お礼と先ほどのお詫びも兼ねて、好きなだけうちに泊まっていってください」
と、無事にパットの許可も得て、二人はしばらくこのジャクソンケイブに滞在する事となった。
翌日、
「よーし!そんじゃ仕込んでみますかー!」
幹太は明日の収穫祭への出店に備えて、朝イチでラーメンの仕込みを始めた。
「とりあえずここにあるもので作ってみるかなぁ〜」
幹太は今朝、仕入れのために村の市場の場所をティナに聞いた。
「あら、野菜は買わなくてもウチにたくさんあるから大丈夫ですよ」
そう言って、ティナは幹太を家の庭にある小屋に連れていく。
「おおっ!こりゃすごい!」
「すごいでしょ♪
ここにある野菜は好きに使っちゃっていいわよ♪」
そこには玉ねぎやニンジン、キャベツなどが大量に保存されていて、確か野菜を買う必要はなさそうだった。
幹太は保存されていた野菜から、自分のラーメンのイメージに合う物をいくつかティナに分けてもらい、屋台に戻って来たのだ。
「ん〜と、まずは味噌ラーメンでいこうかな…」
幹太は調理台に乗せた野菜を見て、なんとなくそう思った。
「…味噌ラーメンですか?
確かにお野菜には合いそうですね♪」
とそこへ、追加の野菜を抱えたアンナがやって来た。
「うん。野菜と味噌は鉄板の組み合わせだからな〜。
あと、お年寄りが多いこの町でも、味噌ラーメンなら食べてもらえるかなって」
「ふふっ♪幹太さんの屋台の味噌ラーメン、私も大好きです♪」
日本の幹太の屋台では、同じスープで味噌、塩、醤油の三種類を出していた。
一つのスープでこの三種の味ラーメンを作るというのが、日本にある一般的なラーメン屋の基本である。
「ありがとう、アンナ。
とりあえず味噌は日本で仕込んだのがたくさんあるから大丈夫だとして…まずはスープをどうするかだなぁ〜?」
もちろん野菜が名産の村のラーメンを作るにあたって、幹太はそれ専用のスープを仕込む予定だ。
「基本的には鶏ガラでいくとして…」
馬車を引く馬が四頭になって余裕ができたことにより、何回分かの鶏ガラと豚骨はアンナの魔法で冷凍して保存してある。
「よし!まずはこれを使ってみよう!」
幹太は屋台の戸棚から、かなり大振りの煮干しを取り出した。
これはラークスの港の市場の乾物屋で幹太が見つけた物である。
「あっ!お魚なのになんだか羽が付いてます!?」
アンナはそう言って、煮干しの魚の羽を広げる。
「これはトビウオって魚なんだ。
日本だとこれで取ったダシをアゴ出汁って言うんだよ」
アゴ出汁。
日本では九州地方でよく使われる大きな煮干しで、その豪快な見た目とは正反対に、魚臭さのない上品な味が出汁が出るのが特徴である。
これをラークスの港で見つけた幹太は、いつか使う時が来るかも知れないと思って買っておいたのだ。
「本来は味噌汁なんかの出汁に使うものだから、もちろん味噌ラーメンにも合うんだよ」
幹太はそう説明しながら、煮干しの腹を割って腹わたを取り出している。
この作業をすることによって、煮干し独自の苦味がなくなるのだ。
次に幹太は、腹わたを取った煮干しを中華鍋に入れて軽く煽ってから、鶏ガラの入った寸胴鍋に入れて火をつける。
そして最後に、玉ねぎとニンジンの入った麻袋を寸胴鍋に入れて蓋を閉めた。
「ふぅ、ひとまずこれでスープは終了だ。
それじゃアンナ、今回の具を決めよう!」
「はい♪」
二人は野菜の並ぶ調理台の前に立つ。
「アンナはどの野菜が味噌ラーメンに合うと思う?」
幹太は今回、新しい姫屋のラーメンを作るにあたって、アンナの意見も聞こうと決めていた。
「えっと、そうですねぇ…。
まずは昨日、ティナさんが色々なお料理に使っていたキャベツは外せないかと…」
「だよな〜。しかもソフィアさんが言うには、この村の半分くらいの人達がキャベツを栽培してるらしいし。
よし!キャベツは決定でいこう!」
「あとは〜ニンジンはどうでしょう?」
「うん。生で食べても美味しかったし、キャベツとも合いそうだ。
つーと…まずは味噌タンメンで決まりっぽいなぁ」
「タンメン…?
幹太さん、それはどういったラーメンなんです?」
アンナは味噌ラーメンは食べたとこがあるが、まだタンメンを食べた事がなかった。
「簡単に言うと、野菜と豚肉を炒めてラーメンに乗せるんだ。
ジャクソンケイブの高原野菜を美味しく食べるには、タンメンがうってつけだと思う」
「えぇ、話を聞いているだけで美味しそうです♪
ではそれでいってみましょう!」
そうして、ジャクソンケイブ村の収穫祭で出す姫屋のラーメンの方向性が決定した。
その夜、
幹太とアンナは味噌タンメンの試作と試食を終え、ダウニング一家とこの村唯一の名所である温泉に来ていた。
日本のように湯船と洗い場があるものではなく、海外にあるような露天の温泉の湖である。
しかし、男湯と女湯はきっちりと別れており、アンナ、ソフィア、ティナは三人しか入っていない女湯にゆっくりと浸かっていた。
「アンナさん、新しいはラーメン出来上がったんですか〜?」
と、長い髪をお団子にまとめて温泉に浸かるソフィアが聞いた。
「えぇ、それはもう美味しく出来上がりました♪
ティナさんも明日は楽しみにしていてください♪」
アンナは新しいラーメンに自分の意見が反映されたことがとても嬉しかった。
「私はラーメン自体が初めてだから本当に楽しみだわ♪」
そう言って、ニコニコしながらソフィアの横で温泉浸かるティナの肌はツヤツヤだった。
「ソフィアさんとティナさんが並んでいるとまるで姉妹のようです。
ティナさん、なにか美しくなる秘訣があるのですか?」
突然、アンナにそう聞かれたティナは、一瞬キョトンとした表情をした後に笑って答えた。
「ふふふっ♪ありがとうごさいます。
でも、アンナさんは今のままでとてもお綺麗ですよ♪」
大きな声では言えないが、これまでティナが見た中でもアンナは飛び抜けて美しい。
正直、自分の娘のかなりのものだと思っていたが、アンナには娘とは違う神秘的な魅力がある。
「いえ、なんと言いましょうか…見た目のこともそうなんですけど、お二人の雰囲気がとっても素敵な気がして…。
わ、私ももっとオトナっぽくなりたいんですっ!」
アンナはかなり必死な様子だ。
そんな彼女に、ティナが少しだけ表情を引き締めて話かける。
「アンナ様は幹太さんと結婚なさるのではないのですか?」
ティナは出会った時にアンナが王女であると分かっていた。
そして娘のソフィアと同様に、アンナが幹太と結婚前に婚前旅行をしているものだと勘違いしていたのだ。
「やはりティナさんも私が王女だと分かっていらっしゃったんですね。
できたら私のことは今まで通りアンナとお呼んで下さい。
それで…その…誤解がないようにお伝えしておきますが、幹太さんは婚約者ではないんです。
た、ただ私の気持ちを伝えただけで…」
そんなアンナの発言に驚いたのはティナではなく、その横でボーっと話を聞いていたソフィアだった。
「ア、アンナ様!もう告白なさってたんですか〜!?」
「はい。もう幹太さんに指輪を贈る意味を教えてしまいました。
あ、あと、落ち着いたらお返事を頂きたいともお願いしちゃってます…」
アンナは真っ赤になった顔を、ブクブクと半分お湯に浸けながら言った。
「ア、アンナさん、頑張ったんですね〜」
それを聞いたソフィアもなぜか顔を真っ赤にしている。
ティナはそんな二人の女の子を優しく見つめていた。
「まぁとにかく、アンナさんはそのままで十分素敵な大人になりますよ♪
ソフィア、あなたもアンナさんに負けないように頑張らなきゃね♪」
「はい!アンナ頑張ります!」
「お母さん!?なんで私まで〜?」
「どうして?なんにせよ魅力的な人になることはいい事でしょう。
だからあなたも、アンナさんと一緒に素敵な女性を目指しなさいな♪」
「そうですよ!ソフィアさん!
これから共に頑張りましょうね!」
「は、はい。分かりました〜」
と女湯でそんなやり取りをしている頃、男湯ではパットによる幹太への尋問が行われていた。
「なあ幹太くん…本当はソフィアの事をどう思ってんだい?」
と、パットは気さくなフリをして質問するが、その目はまったく笑っていない。
「あの…とても素敵な人だとは思いますが…」
「はぁ〜素敵?
じゃあ君はソフィアの事か好きなのかなっ!?
だったらアンナちゃんはどうすんのぉ!?」
パットは幹太の肩を掴み、ガクガクと揺さぶる。
「いえ、その…素敵だとは思いますが、決してお付き合いしたいとかでは…」
「おやぁ〜それじゃウチのソフィアじゃダメだっつーのかなぁ〜?
それはお父さん聞き捨てならないなぁ!」
と、幹太を問い詰めるパットの声が男湯中に響き渡る。
『どーせいっちゅーねん!!』
どう言っても逃げ場のない状況に、幹太は心の中でそう叫ぶ。
結局、この問答は二人がのぼせるまで続いたのであった。
翌日、
今日の収穫祭の出店に合わせて、幹太、アンナ、ソフィアの三人は昼前に姫屋キッチンワゴンを祭り会場まで移動させ、開店の準備をしていた。
「幹太さん、キャベツの切り方はこれで良いのですか〜?」
キャベツを四角く刻んでいたソフィアが、隣でスープの出来上がりを確認していた幹太を呼ぶ。
「うん、それで大丈夫。ありがとう、ソフィアさん」
幹太がそう言ってソフィアの手元を覗き込むと、なぜかソフィアがギクシャクと挙動不審になった。
「そ、そうですか。ではこのまま全部刻んでしまいますね〜」
「あぁ、よろしく頼むよソフィアさん。
ん〜?大丈夫?なんだか顔が赤いけど?」
「だだだっ、大丈夫ですっ!
火の隣だから暑いだけです〜!」
ソフィアは昨日の夜以来、幹太の顔をまともに見る事ができなくなっていた。
『なんだか胸がモヤモヤして、幹太さんと話せません〜』
ソフィアはそのモヤモヤの正体にまだ気づいていない。
とそこへ、
「はーい♪麺ができましたよー♪」
と、麺の入った箱を持って、アンナが屋台やって来た。
今回の麺打ちの担当はアンナである。
彼女が持ってきた麺は、昨夜の内に自分で生地を打って製麺機にかけたものだ。
「幹太さーん!見てみて下さい!」
アンナはニコニコしながら麺箱を開く。
「…大丈夫。よく出来てるよ、アンナ」
「やりましたー!アンナ、合格です♪」
幹太からのお墨付きを得て、アンナは麺箱を持ったままクルクル回って喜んだ。
「ソフィアさん、屋台はもう集まっているみたいだけど、もう開店していいのかな?」
「ん〜、たぶん準備ができたら開店してしまって大丈夫だと思います〜」
幹太が周りを見てみると、確かに数軒の屋台がすでに営業を始めているようだ。
「よっしゃ!そんじゃあ俺たちも開店しますか!」
「えぇ、やりましょう!ソフィアさん、暖簾をお願いします!」
「暖簾…?あぁ、これですね〜」
ソフィアはカウンター下から暖簾を取り出し、キッチンワゴンの軒先にかけた。
「は〜い!姫屋開店です〜!」
というソフィアの号令の下、姫屋ジャクソンケイブ店は開店した。
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