第28話 ソフィア
「ソフィア・ダウニングです〜」
幹太とアンナが救出した女性は、真っ赤な顔をしてそう名乗った。
あれからアンナは、幹太を急いでソフィアのスカートから引きずり出し、一通りのお説教を終えて今に至っている。
「ソフィアさん、私はアンナ・バーンサイドといいます。
先ほどは幹太さんが失礼をしてすいません。
まったく…女性をあんな風に運んではダメだと何度も言っているのに…」
アンナはギロリと幹太を睨む。
「大変申し訳ありませんでした」
幹太は怒りの収まらないアンナの隣で、コンパクトに土下座をしていた。
「いいえ。こちらこそ助けて下さってありがとうございます。
幹太さん…でよろしいのでしょうか?
頭を上げて下さい〜」
幹太がその言葉を聞き頭を上げると、ソフィアは幹太の前で屈みながら優しい笑顔で微笑んでいた。
「あ、ありがとうソフィアさん。本当にごめんなさ…」
とそこまで言いかけた幹太の目線が、目の前にあるソフィアの胸元に引き寄せられた。
かがんだソフィアのブラウスの胸元が重力によってダラっと下にさがり、その隙間から豊満な胸と下着が見えてしまっている。
それをキッカケに、幹太の頭に先ほどまでの光景がフラッシュバックした。
『ソフィアさん、下着もワインレッドが好きなのかな…』
そんな二人の様子を横から見ていたアンナは、幹太の表情が急にデレっとしたのが分かった。
『あら?幹太さん、なんかだか急に締まりのない…』
幹太の目線の先を追ってみると、すぐにソフィアの胸元に向かっていることに気がつく。
「幹太さんっ!反省!」
「はいっ!」
アンナはすぐさまそう怒鳴り、幹太は再び土下座することになった。
しばらく経ってやっと怒りが収まったアンナは、ソフィアと御者台に座ってここまでの事情を聞いていた。
幹太は一人荷台で反省中である。
「そうですか…シェルブルック王国のジャクソンケイブからラークスに行く途中だったんですね」
「はい。収穫した野菜を市場に卸しに行く途中で突然熊に襲われてしまって〜」
三人が乗る馬車は、熊から逃げて来た街道を戻り、ソフィアの馬車まで向かっている。
「馬車が無事ならいいんですけど〜」
そう言うソフィアの憂いに満ちた表情は、同性のアンナが見てもゾクっとするほど魅力的だった。
『この人…すごく綺麗…』
年齢は20代前半といったところ。
腰まである長いストレートの黒髪で、細くシャープな感じの輪郭だが、少し垂れた優しい目をしているのでキツい印象はない。
目元には一つ涙ぼくろがあり、それが彼女の儚げな印象を強くしていた。
スタイルはスッと背が高く、細身な感じであるが、バストサイズはシャノンを大幅に越えているようだ。
『あと…なんだかちょっとエッチな雰囲気なんですよね、ソフィアさん…』
アンナは先ほどから、度々ソフィアから発せられる無自覚なエロスを感じていた。
熊に襲われた後とはいえ、今もソフィアの胸元はユルユルのままだ。
『先ほどの幹太さんの時もそうでしたし…この人がこのままお一人で旅をするのは危険な気がします…』
アンナ同じ女性としても、ソフィアのことが心底心配になったその時、
「あっ、あそこ!私の馬車です!」
とソフィアが道の先を指差して大声で叫ぶ。
「えっ!ソフィアさんっ!?」
彼女が急に大きな声を出したことに驚いたアンナがソフィアの方を向くと、そこにはスカートを風になびかせ、大人な下着丸出しで御者台の上に立つソフィアがいた。
『ソフィアさん!予想以上に危険です!』
アンナは赤面しつつ、これから先、絶対にソフィアを一人にはしないと固く心に誓った。
「ん〜こりゃダメだな…」
幹太はソフィアの馬車の車輪の破片を持ってそう言う。
ソフィアの馬車の状況は惨憺たるものだった。
車輪は両側とも砕けて、馬車は地面に落ちていた。
荷台の部分は底が割れて抜けていて、積荷の野菜があちらこちらに散乱している。
無事なのは、暴れて抵抗した二頭の馬ぐらいのものだった。
「これは…どうしましょう〜?」
先ほどまでポヤポヤしていたソフィアも、さすがにこの惨状を見てへたり込む。
「心配しなくて大丈夫です♪
私達と一緒にジャクソンケイブに帰りましょう、ソフィアさん」
アンナはそんな彼女に歩み寄り、肩に手を置いてそう言った。
「ね、幹太さん、大丈夫ですよね♪」
笑顔で振り返って幹太に聞くアンナに、
「うん、そうだな。ソフィアさんを村まで送っていこう♪」
と幹太も笑ってそう答える。
「お二人共…ありがとうごさいます〜」
そんな二人に、ソフィアは目に涙を浮かべながらお礼を言った。
「アンナ、こんなんでいいのか?」
「えぇ、しっかり締まってます。大丈夫そうですね」
ソフィアの無事だった二頭の馬を、元々四頭立てだった二人の馬車の馬具に繋いで、姫屋キッチンワゴンは三人を乗せて改めてストラットンの町に向かって出発した。
「うわっ!全然違うんだな」
「どうやらウチの馬に怪我はないようですね〜♪」
馬が四頭に増えてスピードアップした馬車は、あっという間にストラットンに到着する。
「幹太さん、クレイグ公国側の検問所です」
「おー!なんだかみんなすんなり通ってるみたいだな。
なんか特別な検査なんかは無いのか?」
とそこで、荷台で御者台のすぐ後ろに座っていたソフィアがニョキっと幌から顔を出す。
「私が通った時も簡単に荷物を見たぐらいで、特に何もありませんでしたよ。
係員の皆さんにお茶に誘われて、ゆっくりしていたら終わってました〜」
御者台でソフィアの話を聞いていた幹太とアンナは、
『それはソフィアさんだけなんじゃ…?』
『それは絶対ソフィアさんだからっぽいですっ!』
と思っていた。
「そ、ソフィアさんほどの歓迎は珍しいと思いますが、こちら側のクレイグ公国から出国するための検問なのでほとんど検査はないと思います」
微妙に引きつった笑顔のアンナがそう補足する。
「なるほどねぇ。んじゃシェルブルック王国に入国する側で何かしらの検査があったりするのかな?」
「確か…ん〜、簡単な荷物検査と、大した金額ではありませんがお金を払うんだったと思います。
それでですね幹太さん、実は…」
アンナはなぜか恥ずかしそうに幹太の耳に顔を寄せて小さい声で続けた。
「私、国賓待遇でしか国境を越えた事がないので…実をいうと正確な金額とかは知らないんです…」
それを聞いた幹太は、思わずプハッと吹き出してしまった。
「はははっ♪そっか、そりゃそうだよな♪
んじゃまぁとりあえずストラットンに入りますか!」
「はい、行きましょう」
「お願いします〜♪」
その後、三人は予想通りあっさりと検問を通過して、まずは今日の宿を探す事にした。
ストラットンはアンナの説明の通り、前回のフットの町のそのまま拡大したような町だった。
「こりゃ商売するには持ってこいの街だな」
「えぇ、そのようです」
幹太達の言う通り、人や馬車の量から道や広場、さらには建物などの大きさすべてが圧倒的にフットの町より大きい。
そんな町なので、三人が今晩泊まる宿を見つけるのは簡単な事だった。
しかし、いざ宿にチェックインする時になって、局所的な問題が発生する。
「…か、幹太さん、アンナさん、本当に三人で一部屋に泊まるんですか〜?」
ソフィアは動揺を隠しつつ二人に聞く。
「うん」
「はい。そうですけど…?」
さも当然の事のように、幹太とアンナは返事をした。
二人は荷物を開き、すでに汗を流す準備まで始めている。
『ほ、本当にお二人は気になさってないようです〜』
始まりは宿の受付からだった。
この宿屋で部屋を取る際に幹太が、
「三人で一部屋って大丈夫ですか?」
と宿屋の女将に聞いたのだ。
『まさか私もご一緒に!
こ、これは私がおかしいのかしら…?
でも…幹太さんが指輪をはめていますが、お二人はまだご夫婦ではないでしょうから〜』
ソフィアの動揺はみるみる増していく。
男性と同じ部屋で寝るなんて、子供の頃に父親と一緒に寝たぐらいしか経験がない。
いつも無自覚なエロスで周りを混乱させるソフィアだが、実際は恥ずかしがりの純情乙女であった。
「よーし、部屋が取れたぞ。二階の角だって。
アンナは荷物はそれだけ?
ソフィアさんも重くないかな?」
幹太はそう言って、すでに部屋に向かって歩き出している。
「はい。じゃあソフィアさんも行きましょう」
アンナも幹太を追って二階に向かう。
『これはもう、お断りする訳にはいきませんね。
でも…命がけで私を助けて下さった方に、どうにかお礼をする事が出来るかも〜』
ソフィアは要らない覚悟を決めて、アンナの後に付いて階段を上がって行った。
「今晩、姫屋を営業しようと思ってるんだ」
幹太は部屋に着いてすぐに、そうアンナに相談した。
「スープは仕込んだのがあるし、麺の生地とチャーシューはクーラーボックスの中に入れておいたから無事だっただろ。
そんじゃここで夜の営業をしてみようかなって思ってさ。
どうかな、アンナ?」
そう言いつつ、新しい町に着いてテンションの上がっている幹太は、一人でも屋台を開きそうな勢いだ。
「もちろん賛成です!
実は私も姫屋をやりたくてしょうがなかったんです!」
それはアンナも同様だった。
しかも今回は国境の町。
お客の中にはシェルブルック王国国民もたくさんいるのだ。
アンナは自分の国の人々に、早くラーメンを食べさせたくて仕方がなかった。
「そんじゃあ決まりだ!
場所は町の入り口にあった大きな広場でいこう!
たぶんあそこなら、屋台もいっぱいあったし大丈夫だろ」
「豚串屋さんがあった広場ですね!ならばぜひ、あそこでやりましょう!」
シェルブルックの姫は、肉串関係の店を見逃さない。
「んじゃソフィアさん、俺たちは出かけますけどどうしますか?」
と、幹太はベットに座って俯くソフィアに聞いてみたが、
「大丈夫…初めてだけど…三人だけど…」
などどブツブツ言うだけで、ソフィアからは反応がない。
「ソフィアさん?ソフィアさ〜ん?」
返事がないのを不思議に思った幹太は、ソフィアの目の前で手を振ってみた。
「ひゃい!よろしくお願いしますっ!」
ソフィアが思わずそう叫び我に返ると、目の前には心配そうに自分の顔を除き込む幹太とアンナの顔があった。
「あ、あの、なんでしたっけ〜?」
「えーと、俺達はこれから広場に行ってラーメン屋の屋台を開いてくるんだけど、その間ソフィアさんは留守番してる?それとも一緒に来るかな?」
「ラーメン?ラーメンとは食べ物なんですか〜?」
ソフィアにとっては初めて聞く名前だ。
二人の馬車を見る限りでは、食べ物の屋台だろうとしか彼女には見当がつかない。
「うん、そうだよ。
こっちだと新しい麺類ってのかな。
アンナと二人で、そのラーメンを売りながら旅をしているんだ」
それを聞いたソフィアは、二人の手を握ってお願いする。
「だったらぜひ私にも手伝わせて下さい。
私はお二人に助けて頂いた恩返しをしたいんです〜」
幹太とアンナは一瞬顔見合わせてから、揃って笑顔でソフィアに振り返る。
「「こちらこそぜひお願いします!!」」
そうして姫屋に新しい店員が加わる事になった。
夕方から夜に移る頃、
姫屋キッチンワゴンは屋台の並ぶ広場の一角に完成していた。
「よーし、じゃあ仕込を始めますか!
ソフィアさんはちょっと後ろで見ててね〜」
「はい。この辺で大丈夫ですか〜?」
「ぜんせん大丈夫ですよ、ソフィアさん。
幹太さん、焼き網の準備しておきますね」
「ありがとう、アンナ。よろしくお願いします」
すぐに幹太は手早く麺を打ち始める。
さすがに手慣れてきていて、あっという間に麺箱いっぱいの麺が仕上がった。
「麺は完成っと、そんじゃ次は…」
続いて幹太は、アンナの準備した焼き網でタレに漬けたチャーシューを焼く作業に移った。
再び姫屋の屋台が、醤油ダレの焼けるたまらない匂いに包まれる。
「あら…この香りは〜?」
ソフィアはその匂いの真っ只中に居た。
『すごい…私、匂いだけでこんなに欲しくなるのは初めて…』
彼女は恍惚とした表情で、ジュワジュワと焼けていくチャーシューと幹太を見ていた。
『えっ?なんだか変な息づかいが…?』
そう思ったアンナがふと振り返ると、相変わらず胸元の緩いソフィアが息を荒くして幹太を見つめていた。
『ワ〜オ!ドウシテコウナッタノォ!?』
アンナはびっくりして、思わずカタコトのシェルブルック語になっている。
『こ、これはいけませんっ!』
アンナは調理台の後ろの戸棚からエプロンを取り出した。
「ソフィアさん!このエプロンを使って下さい!」
と、顔を赤くして恍惚としていたソフィアに、アンナはそのエプロンを押し付ける。
「す、すみません。ありがとうございます、アンナさん。
私、あまりに美味しそうな匂いにボーっとしていまいました〜」
正気に戻ったソフィアは、そう言ってエプロン受け取って着け始めた。
「どうでしょう?大丈夫でしょうか〜?」
最後にキュっとエプロンの紐を縛り、ソフィアはクルリと回ってアンナに聞いた。
「はい、ちょっと待ってくだ…って、えぇっ!?」
しかし、振り返ってその姿を見たアンナの額に、タラ〜っと一筋の冷や汗が流れる。
『ヤバいです…隠しているのに何故かエロス度が増してます…』
アンナがソフィアに渡したエプロンは、サースフェー島のリンネの物である。
当初の目的である胸の部分は隠れたものの、子供用のエプロンを着けた爆乳お姉さんの破壊力は凄まじかった。
とそこへ、
「アンナー!暖簾よろしくー!」
と幹太がアンナに開店の合図をする。
「はーい!アンナ了解です!
では、ソフィアさんは食器の片付けと会計をお願いします!」
「分かりました。よろしくお願いします〜」
色々と慌ただしく、姫屋ストラットン店は開店した。
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