第26話 巨木の森
「やっと船に乗れたね〜シャノン♪」
「えぇ。そうですね、由紀さん」
幹太とアンナがフットの町に着いた頃、シャノンと由紀は何日か遅れでやっと来た定期船に乗ることができた。
二人は定期船の個室に荷物を置いた後、甲板に出て風に当たっていた。
「あぁ…リンネちゃん可愛かったな〜♪ほんっと、サヨナラするのが辛かった」
リンネは由紀とシャノンの事も笑顔でお見送りをしてくれた。
「全員が無事王都に着いたら、リンネさんも含めてアナがお世話になった人達を王宮に招待してもらいましょう」
「あっ、それは名案だね♪それじゃますます早く二人を見つけないとダメだ」
「ですが、アナ達ともうずいぶん距離が開いているかもしれません」
「ん〜まぁあの二人、私達が島に来てたの分かってなかったっぽいもんねぇ〜」
「大陸に渡ってからは、シェルブルック王国の王都に向かう街道は二つしかありません。
その選択を間違えなければ、どこかで追いつくはずです」
シャノンは潮風にバババッと軍服をなびかせながら由紀に説明する。
『それは完全に間違える前振りだよ…シャノン…』
そんなシャノンを見て、由紀はそう思ったのであった。
それから二日後、
由紀とシャノンはようやくラークスの町に戻ってきた。
「うーん!んー、はぁ!
ずっと船だったから身体がバキバキだよ。
シャノンは大丈夫?」
由紀が久しぶりに揺れない地面に立ち、身体を捻ってストレッチをしながらシャノンに聞く。
「私は大丈夫です。一応それなりの訓練はしていますので」
「そっかぁ〜お姫様の警護だもんねぇ〜はぁ〜、よし!ストレッチ終了!
それで?まずはどうするのシャノン?」
「まずは馬車を拾いにいきます。町役場に行きましょう」
「そうだったね。じゃあ行こう♪」
それから二人は定期船から降ろされた馬に乗って役場に向かった。
「ばばばっ!馬車がないっ!」
早足で役場に向かったシャノンに由紀が追いつくと、彼女は厩舎の中で跪き、若干キャラを崩壊させつつ叫んでいた。
「ふふっ♪シャ、シャノン?どうしたの?」
由紀はシャノンの様子を見て軽く吹き出しつつ声をかけた。
「…ここに預けてあった馬車が無くなっています。
もしかして盗まれた…?」
と、シャノンは跪いたまま由紀に説明する。
しかし、それを聞いた由紀は、
「ん〜大丈夫じゃないかな?」
と、あっさり答えた。
「普通だったら、役場に置いてある隣の国の王宮の馬車なんか盗まないでしょ。
あとは…そうね、幹ちゃん達かもしれないよ」
由紀はこの時点で九分九厘、幹太とアンナが馬車を使って移動してるんだろうなと考えていた。
『幹ちゃんが屋台を置いていくとは思えないからね…アンナが馬車をなんとかしたんじゃないかな〜』
とそこへ、なにやら外が騒がしいことに気付いた厩務員のトムがやってきた。
「おおっ!お前さん達、やっと戻ってきたのか?
お姫様と料理人は、そこにあった馬車でずいぶん前に町を出ちまったぞい。
ほれ、これがお姫様からの手紙じゃ」
トムは由紀に手紙を渡す。
「ありがとう、お爺さん。
やっぱり二人が馬車に乗っていったんですね?」
「そうじゃ。なんか問題あったかな?」
幼馴染の直感は完璧に的を得ていた。
「ぜんぜん問題ないです♪
二人に馬車を預けて頂いてありがとうございました」
アンナと馬車が無事なことが分かって、スクッと立ち上がったシャノンもトムにお礼を言った。
「シャノン、何が書いてあるかわからないよ〜」
由紀は渡された手紙を開いて読もうとしたが、幹太と同様にやはり文字がわからない。
「そうでしたね。由紀さんおデコをこちらに、そう、ではいきます」
シャノンは由紀のおデコに手を当てて魔法を使った。
柔らかな光がシャノンの手から発せられている。
「はい。もう読めるはずですよ、由紀さん」
「えっ!こんな簡単に読めるようになるの!?」
由紀はそう言って、再び手紙に視線を下ろす。
「ああっ!ほ、ほんとに読めるよっ!
えーと、なんだって〜?」
由紀は声に出して手紙を読み始めた。
「シャノン、由紀さん、心配をかけてごめんなさい。
とりあえず私達は元気です。
えーと…幹太さんと仲良く屋台をしながら王都を目指します♪
なので、馬車をお借りして先に行きますね。
ではお二人共お元気で!」
手紙を読み終えた由紀の手がプルプルと震えだす。
一方シャノンは、
「アナ…元気で良かった…」
とハンカチで涙を拭いていた。
そんなシャノンに、プルプルしていた由紀が全力でツッコミを入れた。
「ちっがーう!シャノン!そこじゃないよ!
仲良くってなに?その一言は必要なの?
しかも一番大事な今後のルートについてもいっさい書いてないわっ!
あんのぅ〜おてんば姫!絶対ワザとやってる!」
由紀はクシャクシャっと手紙を丸めて、厩舎の入り口に置いてあったゴミ箱に叩き込んだ。
「シャノン!絶対二人に追いつくわよ!いい!?」
「イエス!マム!」
久しぶりの修羅モードの由紀に、シャノンは敬礼で答えた。
「はっ!鬼の気配っ!」
その頃、遠く離れたフットの町いるアンナは、殺気を感じてビクッと背筋を伸ばした。
「そう言えばアンナ、あの置き手紙にはなんて書いたんだ?」
と、まだ悪寒の消えないアンナに幹太は呑気に聞く。
彼はアンナが手紙に何を書いたのか知らなかった。
「私達は元気ですとか、馬車の事とかその他諸々を書いておきました。
ま、まぁ心配は要りませんよ、幹太さん。
それより、今日はどうしましょう?
とりあえずルートを決めておきましょうか?」
アンナは手紙の件から上手いこと話しをそらした。
「そうだなぁ〜。まずは早いとこシェルブルック王国に入っておきたいとこだけど…。
アンナはどっちのルートがいいと思う?」
「そうですね…平坦な遠回りのルートは国境までかなりの距離がありますね。
それにそっちのルートには、国境に着くまで大きな町が無いんです。
その点、山越えルートの方は険しいですが、国境までは短時間で着きます。
山の麓にはストラットンという大きな町もありますから、山越えルートの方が安心かもしれません」
「険しいって言うのはどのぐらいだ?
今のキッチンワゴンでも越えられるかなのかな?」
「えぇ。あれだけしっかり固定してあれば大丈夫だと思います。
王宮の馬車も頑丈なものですから、たぶんシャノン達も山越えルートで来たんでしょう」
「よし。じゃあ山越えルートでいきますか!」
「はい!そうしましょう!」
そうして二人はルートを決めて、山の麓にある国境の町、ストラットンに向けて出発した。
「うわぁ〜これぞ異世界って感じだな…」
国境までの街道は、フットの町を出てすぐに幹太が今まで見た事がないほど巨大な木の並ぶ森の中に入っていく。
遠くには国境がある山脈が見えていた。
「すごいな…この木がここまで育つのにどれだけ時間がかかっているんだろう?」
幹太はこの巨木が並ぶ風景に圧倒されていた。
「こちらの世界のコセイアという木ですね。
大きな木の樹齢は千年とも二千年とも言われています。
この森は目の前の山脈をぐるっと囲むように広がっていて、シェルブルック側にも同じ森があるんですよ」
アンナがドヤ顔で幹太に説明する。
「確かこの先に名所の大木があったような…?
あっ!幹太さん!あれです!」
アンナは幹太の腕をグイグイと引いて、正面に見える大木を指差した。
「あれって?いや、確かにめちゃくちゃでっかい木だってのはわかるけど…」
確かに幹太が今まで見た木の中では一番巨大だ。
「ん〜?近いのか?遠いのか?」
その大きさはあまりにも巨大すぎて、幹太が目を凝らして見ても遠近感がわからなくなるほどである。
少なくとも、日本で見る巨大な送電線の鉄塔ぐらいはあるだろう。
それからしばらく馬車を走らせて、やっと巨木の全貌が見えてきた。
「さあ〜幹太さん♪くぐりますよー♪」
と、楽しげにアンナが言ったところでようやく幹太もそれに気づく。
「すごいっ!木の根がトンネルになってる…」
巨大な木の根元には、複雑に絡まった太い根が張っていた。
そして、その根の一部が奇跡的にトンネルの様なかまぼこ型の空洞になっている。
二人が進む道は、真っ直ぐそのトンネルへと続いていた。
二人の乗った馬車はその根の中に入っていく。
「これは…」
その光景に幹太は一瞬言葉を失った。
薄暗い木の根のトンネルには所々に光が差し込み、幻想的な風景を作り出している。
そんな幹太の隣で、アンナがグッと背中を反らし両手を広げて伸びをした。
「ふぁ〜涼し〜♪気持ちいいですね、幹太さん♪」
「あぁ〜ホントだ。すっごい気持ちいい♪
こんな体験ができるなんて、やっぱり異世界は最高だな。
ありがとうな、アンナ」
そう言って幹太は目をつぶり、思いっきり息を吸い込んだ。
「どういたしまして、幹太さん♪
と言っても、私もここには初めて来ましたけど。
ふぅ〜はぁ〜、確かに最高です♪」
アンナも幹太に倣って、再び思いっきり深呼吸をした。
「本当は今日中に森を抜けられればいいんですけど…、このペースだともちょっと無理かもしれません」
馬たちの疲労を考えて、アンナはゆっくりと馬車を走らせていた。
「そうだな。なるべく無理はしない方向でいこう」
幸い姫屋のキッチンワゴンには食料も寝るスペースもある。
結局、その日のうちに森を抜けることはできず、二人は大きな木の根元に馬車を止めて一晩明かすことになった。
「いや〜♪こりゃ大冒険って感じだな♪
ラーメン屋以外のことをするっていつぶりだろう♪」
幹太はニコニコしながら焚き火の準備をしていた。
調理にはコンロが使えるのだが、野生動物対策として幹太がやると言い出したのだ。
『幹太さんっ!もうっ、可愛いっ!キュンキュンきちゃいます♪』
そんな少年のような幹太を見たアンナは心の中で悶えていた。
ちなみに焚き火の火が苦手な動物はあまりこの世界にはいない。
「幹太さんはいつからラーメン屋さんを始めたんですか?」
アンナは真剣に焚き木を組んでいる幹太にそう聞いてみた。
実はずいぶん前から、アンナは彼の過去が気になっていたのだ。
「う〜ん、十八歳の時だったかなぁ〜?
あの頃は必死すぎてあんまり覚えてないんだけど」
幹太はよく見る着火ライターで枯葉に火を着けながら答えた。
「なにか他にやりたい事は無かったんですか?
ラーメン屋さんって、なかなかにハードなお仕事だと思うんですが…」
「あれ?アンナに話した事なかったっけ?
親父が死んじまって、他を選んでるヒマがなかったんだよ」
幹太は何事も無かったように簡単に言った。
「っ!…それはすいません、不躾なことを聞いてしまって」
日本にいる時、幹太に家族がいないことはさすがにアンナにも分かっていた。
たぶん厳しい環境の中で、幹太はラーメン屋を始めたのだろうと思ってはいたが、選択の余地がなかったとまでは予想していなかった。
「いや、ぜんぜん気にしなくて大丈夫だよ。
もうずいぶん前の話だし、どちらかというと俺はラッキーだったと思ってるんだ」
そう話す幹太は、徐々に火が大きくなる焚き火を見てワクワクしており、本当に気にしていないように見えた。
「ラッキーだったって…?どうしてですか?」
もし自分が同じ環境に置かれたとしたらとてもそうは思えない。
「うーん、親父がやってる所を見て憧れていたってのもあるし、ある程度やり方も知ってたからなぁ。
何も知らないよりよっぽどマシだったと思うよ」
そう言って、焚き火の火力に満足した幹太はアンナの隣に座った。
「しかも今はこの世界初のラーメン屋だしな。
やっぱりこれと言って悔いはないよ。
そう言えば…アンナはどうなの?」
「私ですか?」
「うん。お姫様だから自由がなかったとかは?」
アンナは口元に手を当てて、
「ん〜そうですねぇ〜」
と考え、
「かなり自由でしたね♪」
と、あっさり言うのを聞いて幹太はズルッとズッコケた。
「というより、ビクトリアお姉様にほとんどの公務をやって頂いていたので、王女としてやる事がなかったんです」
アンナの四つ上の姉、ビクトリアは早くから王国内外の公務をこなしていた。
年も離れているため、アンナが物心つく頃には、すでに王女としてのビクトリアの立場が確立されていたのである。
「アンナのお姉さんか…いつか会ってみたいな…」
幹太はしみじみとそう言ったが、それを隣で聞いていたアンナは、心からその時が来ないことを祈っていた。
『過保護なお姉様が幹太さんに会ったらどうなるか…うぅ、考えるだけで恐ろしいですっ!』
アンナの姉ビクトリアが重度のシスコンだという事は、シェルブルック国内では有名であった。
「か、幹太さん!私、先ほどの手前にあった泉で汗を流しに行こうかと!
できたら幹太さんも一緒に来てください!」
姉の事を想像して冷や汗かいたアンナは、思わずそう言っていた。
「えぇっ!お、俺も一緒にって!?
その…ひ、一人で行くのは無理なのか…?」
幹太は顔を真っ赤にして聞いた。
「あの…さすがに外で裸になるのが怖いんです。
幹太さん、お願いできませんか…?」
アンナにしおらしくそう言われて、幹太は覚悟を決めるしかなかった。
「幹太さ〜ん!ちゃんとそこに居てくれてますか〜!」
数分後、二人は泉のほとりに居た。
アンナは小さな木のそばに立ち、スルスルと服を脱いで枝に掛けている。
「ち、ちゃんといるから!できれば早く済ましてくれー!」
幹太は今だに赤い顔で泉の反対を向いて立ち、そうアンナに返事をする。
「ふぁ〜気持ちいいです〜♪
幹太さんも後で入って下さいね♪」
「あ、後でって言われても…」
アンナはタオルで身体を拭いながら
そう言うが、幹太の方はそれどころではない。
間違いなく美少女のアンナが裸ですぐ近くに居るのだ。
幹太の理性がギリギリになるのも無理はなかった。
『うぅ…自分がこんなに欲望に弱いとは思わなかった』
幹太は泉の方を向きたい気持ちを必死で抑えていた。
正常な男子としてはよく我慢している方だ。
一方のアンナも、
『怖かったのは本当ですけど…冷静になって考えてみるととっても恥ずかしいですっ!』
と早くも幹太を誘った事を後悔していた。
その時、アンナの足に何がが触れた。
「キャッ!」
ドボンッ!
「アンナっ!?」
短く叫ぶアンナの声と水に落ちる音聞いた幹太は、恥ずかしさも忘れて振り返り泉の中を走る。
「アンナっ!!どうした!?」
幹太は泉に倒れるアンナを見つけて抱き上げた。
「何かが足に…」
「足?あっ!」
アンナにそう言われ、幹太が足元を見てみると、そこには小さな魚が集まっていた。
確かに少し怖いが危険はなさそうだ。
「あぁよかった〜。アンナ、怪我はない?」
それでも幹太は真剣な顔でアンナを心配していた。
「は、はい、ないです。
でも、幹太さん手が….」
「ん?手がどうか…」
幹太がなぜか頬を赤く染めたアンナの顔から視線を下に移すと、奇跡的に大事な部分はタオルで隠れているものの、下から抱え上げた自分の手がアンナの胸をがっつり掴んでいた。
「ご、ごめん!!」
幹太は慌てて手を離し、アンナを立たせて後ろを向く。
「い、いいんです。私が頼んだ事ですから…、」
アンナも体を拭っていたタオルで身体を隠して後ろを向いた。
「で、では私はお先に…幹太さんもゆっくり入って下さいね」
と言って、アンナは足早に泉から上がり、服を着て馬車に戻っていく。
「あ、アンナ…気をつけて…」
残された幹太はアンナを馬車まで送ろうとしたが、身体的な理由から彼女の言う通りに泉でゆっくりするしかなくなっていた。
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