第11話 王宮にて
アンナと幹太の情報は思わぬ方向からやってきた。
「料理長!アンナ姫様の居所が分かったとは本当かっ!?」
「ハァハァッ、はい!導師さまっ!」
王宮のムーア導師の私室を、この王宮の料理長が息を切らせて訪れたのだ。
「今朝、私のところに来た仕入れ屋の話なんですが…」
王宮には日々沢山の人が出入りする。
中でも多いのは、国王家族やその使用人達、そして王宮を守る兵士たちの食事を作る為の食材を搬入する仕入れ屋である。
その仕入れ屋の1つ、海鮮を主に扱う業者の人間が、仲の良い料理長と世間話の中で、アンナと幹太であろう人物の話をしたのだ。
「見た目からして、一目で島の人間じゃないって分かるらしいんですよ」
海鮮業者の買い付け人がクレイグ公国のサースフェー島を訪れたところ、なにやら珍しい麺類を振る舞う夫婦に出会ったらしいとの事だった。
「いやね…どうやらまだ試作品ということで、かなり安く出していたみたいなんですが、これが食べたことのない料理で驚いたようなんですよ」
さらに、仕入れ屋は続けて話す。
「二人はある日、どこからともなく現れたらしいんですが…かなり若いらしくて、しかもその嫁さんが驚くほど美人だって評判なんでさ」
料理長は国王家族にのみ食事を作る専属の者であり、トラヴィス国王からアンナと異世界の男性が、転送の失敗でどこかに飛ばされたと聞いていた。
なんだかんだで心配しているトラヴィス国王を見て、不憫に思っていたのだ。
『これは早くお知らせしなくては!』
話を聞いてピンときた彼は、公務で不在のトラヴィス国王ではなく、ムーア導師の私室にすぐさま駆け出した。
「今この世界で一から新しい料理を広めていこうとするなんて、もしかしたら異世界の人間かもしれません!
夫婦ってのは引っかかりますが、姫様が美人なのは間違いないです!
導師、どうか確認してください!」
厨房以外では穏やかな彼が、珍しく取り乱した様子でムーア導師に詰め寄った。
「そうか…」
ムーア導師は悩んだ。
『クレイグ公国からまだ情報はきていない…。
友好国とは言え、もしアンナ姫が護衛も引き連れずに島にいるなどとの情報が漏れたら、どこで悪党に聞かれるかわからんな…。
直接公国側に保護を頼むのは得策ではないかもしれん。
どうするか…?』
しかしその時、ムーア導師の頭に浮かんだのは幼い頃のアンナ姫。
お気に入りのふわふわでフリッフリのお洋服である。
『ムーアはなんでも知っててすごーい♪』
『いつもお勉強教えてくれてありがとう、ムーア♪』
『おじいちゃんだーい好き♪」
最後のは百パーフィクションであったが、概ね実際の思い出が彼の脳にフラッシュバックする。
「ひっ、姫様ー!い、いまっ!おじいちゃん迎えにいきまっ」
バンッ!!
「…導師さま…」
「ゆ、由紀さん、待ってください…」
ムーア導師が取り乱し叫びかけたその時、荒々しく扉を開き現れたのは、なぜか怒りのオーラを纏う由紀と、その後ろを若干引きぎみで付いてくるシャノンだった。
「今のは本当ですか…?ムーア導師様」
「ほ、本当じゃ…」
由紀の目は瞳孔がガン開きで、ギラギラと輝く恐ろしい状態だった。
二人は先ほど報告を終えた料理長を、廊下で捕まえて事情を聞いたのだ。
「ねぇ…夫婦ってなに?
付き合ってもいなかった二人がなぜにメリードなの?
おじいちゃん?そこんとこ詳しく教えてくれませんか?」
怒りに燃える由紀は、国の重鎮であるムーア導師をおじいちゃん呼ばわりである。
「い、いや!そこは真実かまだわからん!
じゃから確認をしようと…」
あまりの由紀の迫力に、おじいちゃんはめっちゃビビっていた。
「私…行きます…。私とシャノンで幹ちゃん達かどうか確認してきます」
由紀はそう即答した。
なぜかシャノンも流れるように巻き添えになっている。
「ゆ、由紀さん!?ここで待っていれば幹太さんがアナを連れて帰ってきてくれると言ってませんでしたか!?」
「シャノン…それは昨日までのことよ。
このまま二人がここに帰ってくるのを待ってたら、子供を連れて帰ってきてしまうわ…」
由紀はどさくさ紛れ、シャノンを思い切り呼び捨てにしている。
「さすがにそれは想像がいき過ぎですっ!
私もアナを迎えにいくのは望む所ですが、今のあなたと行くのは恐ろしい気が…」
シャノンは最前線に送られる兵士のような気持を味わっていた。
「アタシ、シマ、イク、シャノンモ、イッショ、オーケイ?」
人語さえ危うくなった由紀が、シャノンの手を両手で掴み確認してくる。
『す、すごい力ですっ!』
いくらラクロス少女とはいえ、度を超えたパワーだ。
シャノンとてアンナの護衛で訓練もしている。
しかし、それを上回る力で抑えられ、身動きが出来ない。
『こ、断ったら死ぬかもしれません…』
気づけばシャノンは、
「はい!いっしょに行かせていただきます!」
と、最高にいい返事をしていた。
そしてその日の夜、
「もうっ!早く出たかったのにっ!
あ〜幹ちゃん、大丈夫かなぁ〜?」
「屋台でお仕事ができるぐらいですから大丈夫ですよ、由紀さん」
由紀とシャノンは、話を終えてすぐにクレイグ公国に向けて出発する勢いだったが、国王やムーア導師に夜の旅は危険だと諭され、王宮の客間でシャノンと旅支度をしていた。
「由紀さん、幹太さんは昔からああいった感じなのですか?」
「ん〜?ああって?」
「人の好意…特に女性からの好意に疎いというのか…」
「あーそれね〜。んーどうだろ?
たぶん恋愛的なものはわかってないかも…」
王宮で借りた由紀用の洋服をたたみながら彼女は答えた。
「あのね、好かれてるってのはわかってるんだけど、自分が恋愛の対象になるって想像がついてないと思うの。
幹ちゃん、思春期の大部分を生活するってこと使ってたから、誰かを好きになる暇なんてなかったんじゃないかな〜?」
「そうだったんですか…」
「まぁそう言ってる私も、最近まで自分が誰かを好きになるって想像つかなかったもん。
幹ちゃんの事だって家族って思ってたから」
そう話す由紀の耳はだいぶ赤い。
「由紀さんも大変ですね。
ライバルは多いように見えますから」
「そうね。とりあえずアンナが一番ヤバいわ!
あのおてんば姫、見た目はこの世のものとは思えない美少女なんだもん。
しかも、ポンコツなとこも愛らしいなんて!」
「ふふっ♪アナがポンコツだとわかっているなんて、本当に由紀さんはアナと仲良しになったんですね。
私は気づくのに、かなり時間がかかりましたよ。
アナは小さな頃から美しくて、最初は近づくのさえ躊躇うぐらいでしたから」
そう笑顔で話すシャノンは、女の由紀でさえ見惚れる優しいものだった。
「シャノン、私は貴方のこともアンナに勝るとも劣らない美少女だと思ってるわ。
それに…その、色々な部分がアンナや私じゃ相手にならないんだもの」
ムーアの部屋を出た後、二人は改めて話し合い、由紀さん、シャノンと呼び合うことにしていた。
「ねぇシャノン、知ってる?
幹ちゃん、シャノンがお店を手伝ってくれるときはちょっと新しめの白衣を着てるのよ」
「そ、それは気づきませんでした」
「本当にそうなんだよ。
あれはカッコつけたいからに決まってるんだから。
アンナにも話したけど、幹ちゃんってシャノンみたいな女の子がタイプなんだよなぁ。
もうっ!なんなのこの世界!幹ちゃんがいるには危険すぎるわ!」
「そ、そうですか、私のような女性がタイプ…?
い、いえ!そもそも私は幹太さんに好意こそあれ、恋愛感情はありません!」
慌ててシャノンは否定した。
『やっぱり!やっぱりだ!
シャノンさん、ちょっと幹ちゃんが気になってる!
んー、でもまだ恋でははないのかな…?』
由紀は薮ヘビになるのを恐れ、それ以上深く追求をするのをやめた。
「まぁ何はさておき、本人達の無事を確認しないとね。
幹ちゃんに尋も…聞きたいことがあるんだから」
「そうですね。
急ぎの旅になりますが、旅の安全は私が保証しますので、由紀さん大船に乗ったつもりでいてください」
「ありがとシャノン。
そうね。確かに急いで幹ちゃんとアンナを見つける必要があるわ。
アンナの行動力って半端じゃないんだもん。
これじゃ再会した時に、本当に幹ちゃんとどーなってるかわからないわ!」
「そ、そうですね。
それでは、私は隣の部屋で休みますので、何かあったら呼んでください。
明日は一日移動なので、由紀さんも早く休んで下さいね。
では!おやすみなさいっ!」
再びギラつき始めた由紀を見て、シャノンは急いで由紀の部屋を出た。
「え、あ、おやすみ〜シャノン。
よし、早く片付けて私も寝よう」
翌朝、
城門の前でシャノンは由紀を待っていた。
城門の外には馬車が停めてある。
シャノンが王宮の大きな扉を見ていると、由紀がムーア導師と共にやって来た。
「導師、由紀さん、おはようございます。
昨夜はよく眠れましたか?
服のサイズは大丈夫…な様ですね」
シャノンは由紀の服装をみて言う。
由紀はいま、シャノンと同じ軍服のスカートにシンプルなワイシャツを着ていた。
日本で言えば、就活中の女子学生のジャケット無しバージョンといった装いだ。
「おはよ〜シャノン!
ホント?大丈夫そう?良かった〜♪」
由紀が身体を左右に捻って、自分の格好を見回しながら歩いてくる。
「シャノン、護衛は頼んだぞ。
秘密裏に事進めるため、二人で行ってもらう事になるが、由紀さんをしっかりとお守りするのじゃ」
「はい、導師。お任せ下さい。
姫様達も必ず見つけて帰ってきます」
「うむ、宜しく頼むぞ!」
そうしてまず、シャノンが御者台に乗った。
「えっと…これは?」
馬車など初めての経験だった由紀は、少しどこに乗るか少し迷ったが、シャノンの隣に余裕があったので御者台に乗ることにした。
「では行って参ります!」
「行ってきまーす!」
挨拶を終えた直後に、シャノンが思いきり手綱を打ち、馬車は土煙りを上げて加速した。
「ありゃまあ〜すごい勢いじゃわ」
二人の乗った馬車は、あっという間にムーア導師の視界から消えた。
「よ、よほど心配だったようじゃな。
あの調子じゃすぐに帰ってくるかもしれんのう〜」
ムーア導師は呆気にとられ、しばらくそこに佇んでいた。
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