第10話 アンナは平常運転中

そして翌日、幹太とアンナは再び漁港の市場を訪れていた。

昨日はあまり時間がなく、隅々までゆっくりと見ることが出来なかったのだ。

漁港に併設された市場だけに、魚介類は手頃な価格で、新鮮なものが手に入る様だ。


「一回りぐらい大きいけど…俺達の世界と魚貝類はあまり変わらないみたいだな。」


幹太は広々とした市場を見回しながら言った。

異世界の市場だが、地球の市場と雰囲気に大差はない。

商品を卸す人や買い付けに来た人達が行き交い、木箱に入った様々な食材が所狭しと並んでいる。


「だと思いますよ。

私、日本にいた時に、味に違和感は感じませんでしたから。

というより小食気味な私としては、あちらの世界の大きさの方がちょうど良かったぐらいです」


そう言って、アンナは魚屋に並んでいた巨大なホタテを手に取った。

基本的に貝類は量り売りらしい。


『味の想像はできるけど、素材の種類が多すぎて逆に苦労しそうだ。

やっぱりシンプルに考えた方がいいのか…?

そういえば確か…』


幹太は水槽を見つめながら、日本で食べ歩きをした時のことを記憶から掘り起こす。

しかし、そんな幹太の隣では、アンナがポーッと彼に魅入ってしまっていた。


『ラーメンに真剣な幹太さん!カッコいいです!

ここの所バタバタしてて忘れてました!』


と、彼女は真剣な幹太を見つめながら、ラーメンとはまったく別の事を考えていた。


「まぁでもこれだけ材料があるならなんとかなるかな。

大きな市場だから、魚介類だけじゃなくて食材ならなんでも取り扱ってるみたいだ…ってアンナ…?アンナ聞いてる?」


「え、あっ、はい!アンナ聞いてます!

今みたいな感じ、すごく好きです♪」


アンナはシレッと嘘をつき、そして、なぜかちょっぴり告った。


「好きって?そのホタテみたいなのか?

そんじゃそれも買って帰ろう。

えっと…まずは地球の漁師の町の定番ラーメンを、こっちの世界向けに改良していくって方向でいこうと思ってさ。

味覚が変わらないのであれば、たぶん美味しいはずなんだよ」


「…漁師の町の定番?そんな物があるんですか?」


「うーん、傾向みたいなのはあるな。

地球の港町には、必ずと言っていいほどラーメン屋があるんだ。

一概には言えないけど、漁師や魚市場で働く人相手の商売だから、自然と好まれる味が決まってくることもあるんだよ」


と、幹太は辺りを見回しながら言った。

どうやら本当に食材の当たりがついたようだ。


「よし、アンナ!行こうっ!」


幹太はアンナの手を握って、市場の人混みをズンズン進み始める。

これは幹太の昔からの癖である。

彼は高校時代、この癖で何人かの女子の心を惑わせていた。


『わ、私達、手をつないじゃってますよっ!?これっ!きましたよね?

おいでなさいましたよー!幹太さんの強引なとこー!』


そう思ってアンナは幹太の顔を見てみたが、彼の視線は全く別の方向を向いている。


『…いや、違いますね。

はぁ…やっぱり、これは純粋なる心配からの行動です。

あぁ由紀さん…今までさぞご苦労があったんでしょうね…』


とは思いつつも、アンナは耳を真っ赤にして照れながら、大切な友人に思いを馳せた。


「あ、やっぱりあるんじゃん!」


「ありましたね〜」


仕入れをしている間にお昼を過ぎて、幹太とアンナは、昨日二人が店を出した場所とは反対側にある屋台街に来ていた。


「こんな所に屋台があるなんて、全く気付きませんでしたね♪」


「うん。腹も空いてきたしちょうどいい。ちょっと寄ってみよう」


「はい♪」


二人は手を繋いだまま、様々な料理店の並ぶ屋台街に入った。


「八シルバ…五シルバ…」


「おっ?そんなもんか、アンナ?」


「ええ、料理にもよりますけど、そんな感じですよ」


屋台の店先には、たくさんの料理が置かれている。


「おっ!俺、あれ食べてみる!」


幹太は大きな木の葉っぱで包んだ、チマキのような食べ物を買いに行った。


「幹太さんっ!お金〜!」


前日の屋台の売り上げも含めて、アンナが全てのお金を管理していた。


「それじゃあ私は、このお魚のスープでいきましょう♪」


というように、幹太とアンナはお互いに気に入った料理を買い、仲良く二人でベンチに座って食べた。


一方、シェルブルック王国の王宮では、アンナの父、トラヴィス・バーンサイド国王が、ムーア導師から報告を受けていた。


「転移の事故か…」


「そうようですな…まさかアンナ姫様でも制御できんとは…」


「シャ、シャノンさん…私、本当にここにいてもいいの?

なんだか場違い感じがするよ…?」


「大丈夫です、由紀さん」


シャノンと由紀もトラヴィス国王に呼ばれ、一緒に報告を聞いている。


「各方面からの報告はどうなっている?」


「今は返事を待っているところでございます」


地球の世界と同様に、このシェルブルック王国も付近の国々に大使館を置いている。

シャノンと由紀がこの国に転移して

きた時、アンナと幹太が別な場所に飛ばされてしまったと聞いたムーア導師は、即座に各国に置いた役所に手紙を送った。


その手紙の内容とは、


「数日前、異世界からの転移魔法の暴走により、我が国にとって非常に重要な人物が、この世界のどこかへと飛ばされてしまう事故が発生した。

事故に巻き込まれた人物は二人。

一人は見目麗しく聡明、美少女で可愛いく、ラブリーな愛され女子。

もう一人は黒髪の男性である。

似たような人物を発見した場合は、直ちに手厚く保護する事。

特に晩ごはんには、必ずデザートを付けるのじゃ…」


と、このように、かなりムーアの私情を挟んだものであった。

行方不明になったのが自国の王女である事を、ムーア導師自身は隠しきれているつもりであったが、各地でこの手紙を受け取った役人達は、思い切りアンナだと気付いていた。


「大陸の周辺国からは徐々に情報が集まっておりますが、いまだ王女の発見には至っておりませぬ。

遠方の島国、クレイグ公国、リーズ公国などからもまだ報告は上がってきておりませんな。

国王様、いまだアンナ姫様を発見できず申し訳ありません」


と言って深く頭を下げ、ムーア導師は報告を終えた。


『ムーア導師…』


シャノンには、トラヴィス国王に向かって頭を下げたムーアの顔の皺が、ここ数日で一気に増えたように見えた。

それもそうだろう。

一国の王女が行方不明なのだ。

その上、手紙の内容からも分かるように、ムーア導師とってアンナとシャノンは孫も同然である。

シャノンが一目見てわかるほど、憔悴するのも当たり前だった。


しかし、ムーアにそんな心配をかけている娘の父、トラヴィス国王は、


「よい、ムーア。頭上げるのだ。

あの子が人騒がせなのは昔からだ。

いちいち心配していては、お前の身体が持たんぞ。

まったく、どこで何をしているのか…」


と、呆れたようにため息をついた。


「そもそも私が良くない病気などと誰が言ったんだ!

私はちょっと張り切って軍の演習で倒れただけだっ!

まぁ、鎧にマントはやり過ぎだったとは思うが…。

それを…それをシャノンとお前が大騒ぎするから」


真相はそうだった。

トラヴィス国王は熱中症で倒れたのだ。


「いついかなる時でも、暑さで倒れた場合は気をつけなければなりません。

対処は全力をもってあたらなければ、命にかかわります」


「シャノン、私だってそのぐらいは分かっている!

だからといって、異世界に行ったアンナを呼び戻すのはやりすぎだろう!

わが国の存続がかかっているのだ!

私の命より国の命だろうが!」


「「申し訳ございません」」


シャノンとムーアはそろって謝罪したが、その様子を少し離れた所で見ていた由紀は、


『あの二人…同じことがあったら、絶対また同じ様に行動するんだろうなぁ〜』


と思っていた。


「とにかく!アンナの事はあまり深刻になりすぎるんじゃないっ!

たぶん今頃、異国の文化に夢中で我々の事など忘れておるわ。

私にはあの子の面倒をみさせられる、その幹太とやらのほうが心配なぐらいだ。

すまぬな…異世界のご友人。娘が迷惑をかける…」


トラヴィス国王は額に手を当て、王座に深く沈み込んだ。

日々忙しい国王とは言えやはりアンナの父親、かなり的を得た発言であった。


「こ、国王様っ!?私は迷惑かけられていませんからっ!」


まさかトラヴィス国王から謝られると思ってなかった由紀は、手を振りながら焦ってそう言った。


『アンナが素敵なのは、このお父さんがあってのことなのかな♪』


彼女は異世界の一市民に謝罪する国王の姿を見て、そう思ったのだった。




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