第12話 あえての

仕入れを終えて宿へと帰り、幹太とアンナは大量の食材を載せた屋台の前にいた。


「ちょっと…やり過ぎだかな…?」


「いえ、だいぶの間違いでは…?」


市場から帰る時に荷車で配達してもらうことも考えたが、いつ来るのか分からないため屋台に乗せて持って帰ってきたのだ。


「ここってかなり南の島なのかなぁ〜?

さすがにこの日差しの中で食材満載の屋台を押すのは辛すぎる」


「た、確かにキツかったですね〜。

私の国があるプラネタリア大陸の南ですから、十分南国だと思いますよ」


と言って、アンナは首に巻いたタオルで汗を拭った。

幹太もアンナもヘトヘトで汗だくだ。


「なんだか首の後ろがヒリヒリします」


アンナは元の肌が真っ白だっただけに、この数日で一度赤くなり、今ではうっすら小麦色に日焼けしてきている。


「ホイ、アンナ。ちゃんと飲んどいた方がいいぞ」


「あっ♪はい。どうもありがとうございます」


幹太はアンナの魔法の氷で冷やしたクーラーボックスの中から、スポーツドリンクのペットボトルを取り出してアンナに手渡す。

ペットボトルは、地球で買ったものが屋台と一緒に転移してきたものであるが、中身の水はこちらの世界のものに入れ替えて繰り返し使っている。

壊れず、漏れず、容量も大きいペットボトルはとても重宝していた。


「あー♪体に染み渡りますね♪」


「だよな〜」


そう言って、アンナは再びくびぐびと喉を鳴らして水を飲む。

彼女の口から溢れた水が、喉、そして胸元へと流れていく。

幹太は思わず、その姿をボーっと見つめてしまっていた。


『アンナ、ずいぶん焼けてきたな…。

なんかお姫様から、体育会系美少女に変わったような感じだ。

でももともと元気なアンナには、こっちの日焼けバージョンも似合ってる気がする…』


アンナはお姫様だが、かなりやんちゃな性格をしている。

しかしそれを上回る美少女っぷりで、なんとか落ち着いた印象を与えていた。

それが日焼けをして小麦色になり、性格と外観がいい感じでバランスがとれているようだ。


「プハッ!さぁ〜幹太さん頑張って仕込みをしましょう!」


アンナは笑顔で幹太に振り返る。

彼女が着ている日本から持ってきた白いTシャツが透けて、青い下着が透けている。

幹太は慌てて、アンナの濡れた胸元から目線を外した。


「お、おぅ!よし、じゃあやりますか。

そんじゃアンナは手伝いをよろしく。まずは野菜を洗ってきてくれる?」


「はーい♪アンナ了解です!」


アンナは元気に野菜と洗い桶を持って、宿の方へと歩いて行った。

帰って来た理由はさておき、こちらの世界に戻って来てからのアンナは、なんだか輪をかけて生き生きしているように見えた。


「幹太さん、まずは何から始めるんです?」


「いつも通りスープからだな」


基本的に、ラーメンスープの仕込みには半日ほどかかる。

その間ずっとスープのための調理をするわけではないが、煮込み始めてからスープが出るまで、かなり時間がかかるのだ。

今から仕込みを始めたとしても、完成するのは夜になる。


「えっと、幹太さん?本当に材料はそれでいくんですか?

私には港町のラーメンに使う食材としては真逆な気がします…」


アンナが首を傾げて、頬づえをつきながら幹太に聞いた。

そんな仕草をするだけで、彼女は猛烈に可愛らしい。


「う、うん。これでいけると思う。

その場所のイメージにはそぐわない食材の方が受け入れられるってのは、料理の世界ではまあまあある事だからね」


例えば、海のない県に住む人達が魚料理を好むようなものだろう。


「ラーメンも毎日食べるもんじゃないから、たまには普段と違うものが食べたくなるってことじゃないかなぁ〜っと、よし、これでオッケーだ。」


幹太はアンナと話ながら、野菜の重さを屋台にあったハカリで計っていた。


「でもこのスープも、全てがすべて真逆ってわけじゃないよ。

魚介の乾物なんかは、日本より立派なものが手に入ったからね」


幹太は丁寧に昆布をタオルで拭いて、野菜と一緒に水の入った寸胴鍋に入れた。


「そんでここからが本番だ」


そう言って、幹太はクーラーボックスから羽根の取られたまるごとの鳥を取り出した。


そうなのだ。

彼は今回、鶏ガラがメインのスープを使おうとしていた。


「市場にこいつが売っていて良かった♪」


先ほど二人が行った市場で、何かを閃いた幹太が、アンナと手を繋いで一緒に向かった先は食肉のコーナーだった。


「か、幹太さん、ここでいいんですか?ここはお肉屋さんですけどぉ…?」


ここに来るまでずっと手を繋がれ、フニャフニャになったアンナが言う。


「ん〜大抵どんなスープにしろ肉屋には来ないといけないんだけど…今回はあれメインでいこうと思ってるんだ」


と言って、幹太が指差したのは肉屋の店先に吊るされている丸ごとの鳥肉だった。


この世界には、地球と同じように鶏の鳥肉がある。

幹太は生きたまま売られている鶏を市場のあちこちで見ていた。

売られている鶏たちは、見た目も地球の鶏とほとんど変わりはなく、むしろ地球でいえば、高値で取り引きされる特別な飼育をされた鶏のように見えた。


「本当は鶏ガラだけでよかったんだけど丸ごと買うしかなかったんだよな〜。

まぁ切り分けた鳥肉は焼き鳥にして売ってみよう。

チャーシューのタレを少し甘くしたら大丈夫かも…」


と話しながら、幹太はテキパキと鶏を解体していく。


「なぜ港町で鶏なんでしょうか?」


アンナが日本で幹太の店の手伝いをしている際、お客の途切れたヒマな時間に、幹太から様々な種類のラーメンの話を聞いていた。


「幹太さんに聞いたラーメンの中には魚介系のスープのラーメンも沢山あったはずです。

ここなら簡単にできるのではないですか?」


アンナ疑問は的を得ていた。

確かに、今日行った市場では、この漁港に揚がった新鮮な魚介類を使った乾物も多く売られていた。

鶏ガラスープでいくと決めた幹太でさえ、少し決意が揺らぐほど立派な煮干しもあったのだ。


「そうだな。アンナ言う通りではあるんだけど、だからこそあえて鶏ガラスープにしたんだ」


「あえてですか…?」


アンナはいまいちピンときてない様子である。


「新鮮で安い魚がいつでも手に入る。

だけど、どうやらこの島の人達って、あんまり凝った魚料理をしないらしいんだよ」


幹太は昨晩、宿屋の女将さんにこの島の家庭料理について聞いていた。


「だからたぶん、魚介類の風味に新鮮さは感じないと思ったんだ」


幹太はそう言って、1つ目の鶏の解体を終え野菜の寸胴鍋とは別の小さな鍋にガラになった鶏を入れた。


「魚介系のスープはどんなに工夫したって魚の味がする…っていうより、そういう味を楽しむためのものだから…」


昨日、幹太が日本で出しているラーメンをそのままこちらのお客に出した時、麺は完食するのだが、スープはほぼほぼ残っていた。

幹太が日本で作っているラーメンスープには、かなりの量の煮干しが入っている。

東京では好評なその味も、港町のここでは食べ飽きた味でしかなかったのだ。


「アンナ覚えてる?

日本にいる時に築地って市場に行っただろ」


「はい、覚えてます!」


当初の目的は見聞を広めるためだったが、アンナの中では初デートとしてがっつり記憶されている。


「立派な市場でした!あの魚がツーって流れるやつがとっても楽しかったです」


異世界から築地に舞い降りた銀髪のプリンセスは、近年見慣れた外国人観光客にしか見えなかった。

あそこにいた人達は、まさかアンナが異世界人だとは夢にも思わなかったであろう。


「あそこは日本で有名な牛丼のチェーン店の発祥の地なんだ。

海鮮がメインの市場だからこそ牛丼屋を作った。

たぶんあそこで働く人たちは、いくら新鮮な魚介類と言っても、毎日のように食べれるから飽きていたんだよ。

仕事以外では肉っ気も欲しいし、牛丼なら忙しい人にもすぐに出せる。

そんな人達の為に、築地に牛丼屋を作ったんだ」


「はぁ〜なるほどそういう事ですか。

あれ…?でも…」


アンナは再び首を傾げた。


「でもなぜ鶏ガラなんです?

こちらにもブタさんはいるので、トンコツでも良さそうな気が…?」


ここまでラーメンに詳しいお姫様は、地球にもいないであろう。

アンナのそんな質問が嬉しかったのか、幹太は笑顔で答えた。


「やっぱりこの島でも、漁港の朝は早いだろ。

けっこう早い時間からお客さんも食べに来るだろうから、ちょっと油が多いトンコツを食べるのは厳しいんじゃないかなって。

だったら、朝からサッパリ食べれる鶏ガラスープにしてみようと思ったんだ。」


幹太は最後にキレイに洗った鳥の足を寸胴鍋に入れて、巨大なコンロに火を着けた。

コンロのプロパンガスはまだ残っているようだ。


「ふぃ〜あっついなぁ」


夕方とはいえ、仕込みをしていると南国のこの島はまだまだかなり暑い。

幹太は大量に流れる額の汗をタオル拭ぐった。


『…やっぱり素敵です』


やはりアンナは、こういう時の幹太を見ているのがとても好きだった。

恋心からもあるだろうが、情熱を持って真剣に作業する幹太は、とてもカッコよく見えて、何か自分も頑張なきゃという気分になるのだ。


「幹太さん私、何か手伝いたいです♪」


「おっ!そりゃ助かる。

えっと、スープはとりあえずこれでいいとして…そんじゃあ一緒に焼き鳥のタレでも考えますかね?」


「ハイ♪」


アンナは今日イチの笑顔で返事をした。

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