第14話 それぞれの試練
「よし!到着だ!」
「けっこうかかりましたね〜」
二人で屋台を引いて、幹太とアンナは漁港へと到着した。
幹太が屋台を開けるのは、早朝まだ暗いうちに漁に出た船が帰ってくる、午前中からである。
「それじゃあ、ちゃっちゃと組み立てちゃおう」
「はい!」
幹太とアンナは屋台を組み立て始める。
幹太は当然だが、毎日のように日本で彼を手伝っていたアンナも、さすがに屋台の組み立てに慣れていた。
そうして二人は、黙っったままテキパキと屋台を組み立てていく。
「アンナ、もう徐々に船が帰ってきてる。
準備ができたら、もう開店しちゃおう」
と言って、幹太がスープの入った寸胴鍋のコンロに火を着けた。
仕込みでかなり使ったというのに、プロパンガスはいまだ健在である。
「そうみたいですね〜。獲った魚を降ろしているのが見えますから、そろそろお客さんもくるかもです」
アンナは港の方を見ながら、カウンターをふきんで拭いていた。
「アンナ、次はイスをお願い」
「はい♪アンナ、了解です♪」
この仲の良い二人の見事な連携が、先日の漁師達が幹太達を夫婦と誤解する原因のなのだが、幹太とアンナは全くそれに気付いていない。
むしろ、気が付いてないからこその、連携の良さでもあった。
「よし、こっちは準備完了だ。アンナは?」
「はい♪こっちも大丈夫です♪」
アンナはちょうど、全てのイスの座面を雑巾で拭き終えたところだった。
「よし、んじゃ開店しますか!
アンナ暖簾よろしく!」
「はーい!それでは屋台開店でーす♪」
アンナが屋台の軒先に暖簾をかけ、二人の勝負の一日が始まった。
屋台の開店後、すぐに一人のお客がやってきた。
「「いらっしゃいませ!」」
本日初めての客さんは、二人が違う場所で初めて屋台を出した時にも来てくれた、漁師の男であった。
「おぉっ?なんだか前と匂いが違うな…?
そんじゃ一杯頼むよ。
なんだかこの匂いを嗅いでいると、たまらなく腹が減る」
「はいよ!少々お待ちください!」
幹太は威勢良く返事をして、調理台下から麺を取り出し、よくほぐしながらボコボコとお湯の沸く鍋に投入する。
「まいどありがとうございます♪」
そしてアンナは、お礼を言いつつお冷を出した。
「あぁ奥さん。ありがとよ」
確かにこんな二人の連携を見たら、夫婦と勘違いするのも仕方がない。
いつものように手早く丁寧に、幹太は一杯のラーメンを作った。
「はいよ!鶏だし醤油ラーメン、お待たせしましたっ!」
幹太はカウンター越しに、男の前にラーメンを置いた。
新しく改良された幹太のラーメンは、茶色く透き通ったスープに、かん水のみで打った薄い黄色の麺という、日本でもよく見るラーメンの見た目をしていた。
上にのっている具も、市場で見つけた地球と変わらぬワカメと、これまた地球の物と似たカマボコのような白身魚の練り物に、豚モモのチャーシューというシンプルなラーメンである。
残念ながらメンマは、この島の市場にタケノコがなかったので今回は使っていない。
日本でラーメンでいうなら、透き通る鶏ダシの古き良き東京ラーメンと言ったところである。
『これで気に入って貰えたらいいけど…』
幹太はこのラーメンで勝負する事にしたのだ。
「お〜!こりゃ美味そうだ♪」
「スープをちょっとこの街に合わせて改良してみたんです。
ぜひ味わってみて下さい」
「おう!そんじゃさっそく頂くよ」
ズルズルと音を立て、漁師は一口目を口にする。
幹太とアンナは、その様子を祈るような気持ちで見守っていた。
「うん、うん。これは…」
漁師は啜っていた麺をゆっくりと噛み締め、満足げに微笑んで幹太に言った。
「新しい味も美味しいな!」
「「ありがとうごさいます♪」」
ひとまずは好評だったという事で、幹太とアンナはホッとした。
しかし、問題はここからである。
先日も、麺はほとんどの人が完食したが、麺を食べているうちに、煮干しの風味が強いスープの味に飽き、残していく人が多かったのだ。
これでまた同じように残して帰るようならば、今回のラーメンにもすぐに飽きがくるのは目に見えていた。
「しかし、本当に味が変わってるなぁ〜」
幹太とアンナはそう言って食べ続ける漁師を、再び力のこもった視線で凝視する。
『お願いします…。どうか幹太さんの努力が報われますように…』
アンナは心から祈った。
アンナは自分達のミスで異世界飛ばされたのにもかかわず、自分達の旅費を稼ぐために、一言も文句を言わず厨房に篭る幹太をずっと見ていた。
『私、なんにもできませんでした…』
どうにか幹太を手伝ってあげられないかと考えもしたが、まだ知識のない自分では邪魔になりかねない。
『祈る事しか出来ない私を許して下さい、幹太さん…』
アンナは本気でそう思っていた。
『あっ…』
アンナがそんな事を思っているうちに、漁師がラーメンを食べ終える。
「ごちそうさま。前回よりも美味かったよ!」
そう言ってお金を払って去って行く漁師のどんぶりの底には、ほとんどスープは残っていなかった。
「よっしゃー!!」
「やりましたね!幹太さん!!」
二人は喜び思わず抱き合った。
幹太の記憶に間違いがなければ、完食してくれたお客さんは彼が初めてだ。
『ヒャッホーウ♪ 幹太さん力強い♪
なんかいいにほーい♪』
アンナは先ほどまでの一瞬で苦悩を忘れて、幹太との密着を楽しんだ。
「あっ!ゴ、ゴメン…アンナ」
幹太もしばらくしてアンナと抱き合っている自分に気づき、顔を赤くしてゆっくりとアンナを地面に下ろす。
『あんっ♪幹太さん、もうちょっと大丈夫なのに♪』
アンナはまだ物足りなかったようだ。
「ま、まぁまだ一人だからな。これからどうなるかが勝負だ」
「ですね!頑張っていきましょう!」
そんな風に二人がイチャイチャしている間にも、続々と漁を終えた船が港に帰ってくる。
漁を終えた漁師たちは、獲った魚を船から降ろし、朝のセリが行われるまでの短い時間で食事を済ますために、幹太の店や周りの食堂に向かう。
「「いらっしゃいませ〜!」」
しばらく経つと、幹太とアンナの屋台には席待ちの列ができていた。
「アンナ、次はいくつ?」
「四つですっ!」
メニューはラーメン一品だけなので、幹太は息つく間もなくいつもの手順でラーメンを何杯かまとめて作り続け、それをアンナがお客に出すという作業が続く。
「幹太さん、やりました!キレイな器がほとんどです!」
アンナは額に汗を流し、満面の笑みで言った。
アンナは下げたどんぶりのほとんどが完食されているのを見たのだ。
「そうか、そりゃ良かった。
そんじゃ、とりあえず俺の読みは悪くなかったみたいだな」
確かにお客の反応も上々である。
「ごちそうさま。また来るよ」
そう言って席を立つお客を最後に、ひとまず朝のラッシュは終わった。
ここから昼飯時までは、ほとんどお客さんは来ないだろうと幹太は予測していた。
「アンナ、お疲れ様。ひとまず休憩しよう」
幹太は客席のイスを厨房側に置き、アンナを手招きして読んだ。
「ふぅ〜そうですね、一息つきましょう」
アンナは裏に回る途中にクーラーボックスから水を二つ取り出して、幹太に手渡してからイスに座った。
「ここまではなかなか好評だったなぁ〜。あとはこれがどこまで続くか」
二人は並んで水を飲む。
「先日よりも、ぜんっぜん忙しかったですもんね〜」
「そうだな。スープがあと半分ぐらいになってるから、前回よりは間違いなく忙しかったと思うよ。
お昼もこうなりゃいいけど…」
「お昼も忙しいといいですね、幹太さん♪」
「あぁ、そう願ってるよ」
これだけ好評であれば昼はもっと忙しいに違いないと、この時の二人は思っていた。
幹太が何かおかしいと気づいたのは、漁港のお昼休みが始まってしばらくしてからだった。
「おっ!昼休みが始まるかな?」
お昼の鐘が鳴り、漁港の中から昼食を食べるため続々と人が出て来る。
「いらっしゃい!ラーメンはいかがですかー!」
早速、アンナが屋台の前に立って呼び込みをした。
二人の屋台を訪れるお客さんは、午後から漁に出る漁師たちと、さらに朝とは違い、市場の職員や仲買人が加わる。
「いらっしゃいっ!はいっ!ラーメン二つ!かしこまりました!」
幹太の屋台も他の食堂も、昼休みが始まってすぐに席はお客で埋まった。
鐘が鳴ってほんの数分ほどだというのに、漁港の外の広場には、お店に並ぶ人達の行列ができている。
『んんっ?朝より楽だな』
まず始めに、幹太は朝のラッシュよりも余裕を持って仕事ができていることに気付いた。
その上、幹太の屋台も初めは行列ができたのだが、徐々に列が短くなり、昼休みが半分ほど過ぎると列がなくなってしまった。
今では、カウンターの席が一つ空いている。
『あれ?ウチだけ行列がないぞ…?
あっ!ヤバいっ!!』
周りの食堂を見回し、その状況を見た幹太はゾッとした。
すぐにレンゲでスープを試食してみる。
『あれ…?味はちゃんとしてる、大丈夫だ。
じゃあなんだ?どうしてウチだけ…?』
幹太の店に入るか迷う人達は、足を止めて屋台でラーメンを食べる客を見るのだが、なぜか他の店の列に並んでしまう。
『えっ!?幹太さん、なんだか深刻です…』
それまで必死で働いていたアンナは、隣に立つ幹太の様子がおかしい事に気づいた。
『あっ!?ウチだけ列が並んでませんっ!」
そして周りのお店を見て、なぜ幹太が深刻な顔をしていたのかを理解した。
「いらっしゃいませー!新しく改良されたラーメンいかがですかー!」
アンナはより一生懸命に呼び込みをするが、なぜか一向に客足に変わりがない。
「大丈夫だ、アンナ。今日はこのままやるしかない」
幹太は目に見えて焦るアンナに、そう声をかける。
「…はい」
さすがの幹太も、開店してから味に改良を加えることなどできない。
そもそもいま食べているお客さんにも、このラーメンの味は好評なのだ。
『わからない、わからないぞ。
何が原因なんだ…?』
その後も二人で必死に呼び込みをしながら営業を続けたが、最後まで幹太の屋台に行列ができることはなかった。
「…よし。閉店しよう、アンナ」
「えぇ」
明日の仕込みも考えて、幹太とアンナは夕方前には店じまいをした。
スープは三分の一程度が残ってしまい、それは麺も同様だった。
沈んだ気持ちのまま片付けを終え、二人はクタクタの状態で、まだ重さの残る屋台を宿まで引いていく。
「幹太さん、お疲れさまです。
明日もまた頑張っていきましょー!」
疲れているはずのアンナが、無理矢理テンションを上げて幹太を励ました。
「そうだな…」
しかし今の幹太にはそれに応える自信がなかった。
二人がそんな状態になっているとは知る由もなく、王都ブリッケンリッジを出発した由紀とシャノンは、シェルブルック王国を南下してクレイグ公国との国境へと向かっていた。
「オロッ!オロロロー!オゥェー!」
「ゆ!由紀さんっ!本当に申し訳ありませんっ!」
今、二人が乗っていた馬車は、広大な草原のど真ん中を走る道の端に停まっている。
こんななにもない所で、シャノンが馬車を停めたのには理由があった。
「あ、あ、あ、ゆ、揺れる〜!」
「すみません、由紀さんっ!我慢して下さいっ!」
出発してしばらくは、シャノンが焦る気持ちに任せて馬車をギャロップさせたため、かなりの速度と揺れが二人を襲った。
「シャ、シャノンッ!これ!壊れたりしないっ!?」
「このぐらいは朝飯前です!王宮の馬車をなめないで下さい!」
シャノンは馬車や馬などの移動に慣れていだが、地球の、しかも舗装路が大半の日本で、サスペンションが付いた車に乗って移動する由紀とっては拷問のような時間だった。
「乙女としてあるまじき一線を越えた気分だよ…いや、完全に越えたよ…」
そう言う由紀のトーンは、遠く離れた場所にいる今の幹太と同様にかなり暗めだ。
『わたし、頑張った!でも、でも限界だったんだもん』
由紀はギリギリまで耐えた、そもそも日本にいた時にはフェリーに乗ったって船酔いなどしなかったのだ。
しかし、目まぐるしく変わる景色と体験した事のない揺れにより、由紀の三半規管は限界を迎える。
そう、恋する乙女ど真ん中の由紀は、異世界の中心でリバースしたのだ。
『自分でもびっくりしたよ。子供の頃と違ってしばらく止まらないんだもの…。
しかも…なんか涙も出るし…』
由紀はこんな状況でも、健啖家な自分を恨めしく思っていた。
『しかもなんで、こんな広い場所なのに木に片手をついてやったの?
私、駅前で酔っ払うおじさんみたいだった…』
由紀にとって、突然訪れたまさかの乙女の尊厳の危機である。
そんな意気消沈する由紀を気の毒に思い、シャノンが声をかける。
「由紀さん…仕方ありませんよ。
馬車には独特の揺れがあります。
私も思いっきり飛ばしてしまいましたから。でも、まさかあんなすごい量が出…い、いえ、本当に申し訳ありません」
由紀のリバースを見て、正直ちょっと引いたのは絶対に隠しておこうと、シャノンは心に決めた。
という衝撃の事件を経て、二人は再び馬車へと乗り込む。
『もう大丈夫みたいですね…』
由紀の調子が戻ったのを確認したシャノンは、今度はゆっくりと馬車を走らせる。
「なんだか平和な風景だね〜。
私達の世界の、少し昔の景色って感じ。
いまのところこれといって危険もないし。
このまま何事もなく、幹ちゃん達に会えるといいなぁ〜」
たいぶ気を取り直した由紀が、御者台に立ち上がって周りを見回す。
未舗装の道の周りには草原があり、その中に平たい石で積まれた、腰までくらいの高さの塀がいくつか築かれ、草原を仕切っている。
どうやら由紀が見渡すかぎり、この辺のほとんどが牧草地のようだった。
「そうですね。ここはまだ牧草地帯ですから危険はないと思います。
国境の森の中には野生動物も盗賊も居ないわけではないので、警戒はしておかなければなりませんが、この国の治安はかなり良い方ですよ」
「そうなんだ。安全なのはいい事だね、シャノン。
たぶん私達の国の一番いい所も安全ってとこだから」
由紀とシャノンはそんな話をしながら馬車を走らせ、次の宿がある国境から少し離れた町に到着した。
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