第15話 異世界食堂?
あれから数日、幹太とアンナは同じ場所、同じ時間に変わらず屋台を出していた。
「う〜ん…やっぱり今日もダメだなぁ〜」
「ですね〜」
先日改良してから、ラーメンの味も変えていない。
「でもなぁ〜どこを変えればいいのかも分かんないんだよ…」
お昼になると客足が遠のくものの、食べてくれたお客さんは、一様に美味しいと言って帰っていく。
いまの状態でラーメンに手を加えるのはリスクが大きい。
幹太はとりあえずの対策として、改良チャーシューたれの焼き鳥も一緒に販売することにした。
「よし。閉めよう、アンナ」
「はい」
今日も一日の営業を終えて、二人は屋台の片付けを始める。
「やっぱり昼がダメなんだよな。
これは本格的になにか見落としがあるみたいだ…」
幹太は暖簾を下ろしながらそう言うが、その声にはいつもの元気がない。
「朝はたくさん来てくれているのに、なにが違うのでしょうか?」
アンナはそんな最近の幹太の様子が心配だった。
「うーん、なんだろうな…?」
幹太にも全く原因が分からない。
「でも、なぜか持ち帰りの焼き鳥が昼によく出るんだよ」
チャーシューだれの焼き鳥を初めて売った日、幹太はうっかり器を用意するのを忘れていた。
仕方ないので、屋台にあったお土産用のプラパックに詰めて売ったのだが、それがあっという間に売れたのだ。
翌日から幹太は日本でよく見るコンビニナゲットを参考にし、紙の包み紙でお持ち帰りの焼き鳥を売る事にした。
ラーメンの売り上げが伸びないのを、焼き鳥の売り上でなんとか補填している状態であった。
「ははっ、これじゃラーメン屋じゃなくて、焼き鳥屋だよ」
今のところ、宿代と仕入れ代はなんとかなっているが、船代を貯めるまでに、どれだけ時間がかかるかわからない。
「うーん、こりゃダメだ。
だいぶ考えが煮詰まってきちまった。
アンナ、ちょっと付き合ってくれ」
さすがのアンナも、この付き合ってくれの意味を勘違いしなかった。
「えっ?どこか行くんですか、幹太さん?」
「うん。ヒント探しと気分転換に、あそこ食堂で飯でも食おうかと思って。
アンナはお腹減ってる?」
「そうですね…」
アンナはお腹をさする。
「ぜひ、ご一緒させてください♪」
二人は屋台の片付けを終えた後、漁港の市場の二階にある食堂に入った。
「うわぁ〜おっきいんですね〜♪」
「そうだな。こんなに広いとは思わなかったな」
ここはこの港にある食堂の中で一番広く、品揃えが豊富だ。
さすがにもう行列はなくなっていたが、食堂の席はまだまだ埋まっている場所が多い。
「アンナ、ここでいいかな?」
「はい♪」
アンナと幹太は人が行き交う食堂の真ん中付近に座った。
「初めてきましたね、ここ♪」
「あんまり外で昼飯を食べる機会がなかったからなぁ〜?
さて、どうするか?」
幹太がメニューをテーブルに開き、二人は一緒に覗き込む。
メニューは絵と文字で書かれたものだ。
「んー、字がわからん。
すまないアンナ。ちょっと読んでもらっていいかな?」
「い、いいですよ。えーと…最初はお肉…?
焼き肉ですね。ソースにいくつか種類があって…」
目と鼻の先にある幹太の顔に少し照れながら、アンナがメニューを上から順番に読み上げていく。
この世界に転移してきた魔法では、文字までを解読する事はできない。
実は別の魔法を使って読み書きできるようにはなるのだが、アンナはそれをすっかり忘れていた。
「…って、こんな感じです」
アンナはゆっくりと時間をかけてメニューを読み上げた。
「日本の漁港の食堂と、あんま変わらないんだな」
「あっ♪定食屋さんですか?あそこ大好きでした♪」
二人は日本にいた時に、一緒に街の定食屋に行っている。
「ダメだ。読んでもらうだけじゃ想像がつかん」
そう言って、幹太は周りを見渡した。
アンナが読んでくれた通り、焼き魚や焼き肉、そして揚げ物の定食などが大部分であり、あとは単品のメニューがいくつかあるようだ。
「お客のほとんどは漁港の関係者みたいだな。
まぁそりゃウチも一緒か…」
「ですねぇ〜。変わりなさそうです」
二人は再び定食を食べる人達を観察する。
定食の献立は、この島の主食のお米と主菜の魚か肉。
あとは、サラダと豆のスープが付いている。
男性客は鳥や魚の揚げ物を食べている人が多いようだ。
「うーん、あ〜なんだろ?ちょっと何か〜?
まぁいいや、とりあえず注文してみよう。
アンナはもう決まった?」
「まだです。ちょっと待ってください幹太さん」
注文を選ぶのに夢中のアンナは、メニューに視線を落としたまま、手のひらを幹太の前に突き出して言う。
「はい♪お待たせしました。
幹太さんは何にします?」
「俺は一番目に読んでもらった焼き肉の定食にしようかな。
こっちに来てから、ずっと魚ばっか食べてたからなぁ」
「そうですか。私はお魚でいきますよ♪
すみませ〜ん!お願いしまーす!」
アンナがニコニコしながら店員さんを呼ぶ。
日本以来の二人での外食で、アンナはちょっとテンションが上がっているらしい。
市場調査はさておき、いい気分転換にはなっているようだ。
すぐにエプロンを着けた女性の店員さんが、二人のもとにやって来る。
「えっと、これとこれをお願いします」
アンナはメニューを指差して注文をした。
「はい。かしこまりました。
では少々お待ちください。」
店員さんはそう言って、キッチンへと戻って行く。
「いや〜周りを見た感じすごく美味しそうだ♪」
「ですね〜♪好みもあるんでしょうけど、こちらの世界のお料理で、幹太さんが食べられないような物は少ないと思いますよ。
前にも言いましたけど、私、日本のお料理で苦手なものってあまり記憶にありませんから。
あっ!でも…」
しかし、アンナはそこでハッと何かを思い出し、ものすごくイヤな顔をした。
「違いました!納豆とゴーヤーは敵でした!」
さすがにその二つは、日本人でも好き嫌いが別れる食べ物であろう。
「あれはチャレンジしただけ勇気があるよ」
「ん〜そうでしょうか…?」
納豆は幹太の好物ということもあり、アンナが日本にいる時もよく食卓に並んでいた。
そしてある日、いつも通り納豆をネバネバ混ぜる幹太に対して、意を決したアンナが言ったのだ。
「私、食べてみたいです!」
「アナッ!?それは…」
幹太と匂いだけで降参したシャノンが止めるのも構わず、アンナはパクっと一口納豆を食べた。
そしてその後、彼女はすぐに立ち上がり、
「ぎぼぢぃわるいでずう…」
と、言い残して静かに部屋を去ったのだ。
しばらくして涙目で帰ってきたアンナは、無言で納豆の器をスッと幹太の方に寄せ、残りの朝ごはんきっちり食べた。
そしてそれは、ゴーヤーも同様だった。
「これ…お野菜なんですか…?」
「アナ、売り物をそんなにツンツンしてはいけませんよ」
というように、スーパーマーケットでゴーヤーを見つけたアンナが、食べてみたいと言い始めたのだ。
「いや、これはやめといた方がいいと思うよ…な、由紀?」
「うん。すっごい苦いよ、アンナ」
日本人の幹太でさえ、独自の苦味があるゴーヤーは苦手だとアンナに伝えたのだが、それがなおさら彼女の興味を煽る結果になったのだ。
「幹太さんが嫌いな物を食べてみたいですっ!」
それならばと、由紀がゴーヤー好きの自分の母にチャンプルーを作ってもらい、幹太の家に持っていったのだ。
「ぐえぇ〜すっごい苦いです…」
「全部食べないとダメですよ、アナ」
「えぇ!ムリです!シャノンも手伝って下さいっ!」
「私もこれはムリです」
結果、アンナはまたも涙目でチャンプルーを食べることになった。
『ははっ♪あの時のアンナの顔は忘れられないな…』
そんな事を思い出した幹太に、久しぶりの笑顔が戻った。
「お待たせしましたー」
ちょうどその時、幹太達が注文した食事が届いた。
「さぁ、幹太さん食べましょう!」
「だな。んじゃ…」
「「いただきます!」」
まず幹太はメインの焼肉を一口食べた。
「ん〜?味付けは日本と大差ないな」
「大丈夫ですか?」
「ニンニクと甘辛ソースで味付けって感じなのかな…?
うん。すごく美味しいぞ、この焼肉♪」
幹太はガツガツと焼肉を食べ始めた。
「これでみんなが美味しいっていうなら、やっぱりウチの味付けには問題はなさそうだ」
と、言って幹太が顔を上げると、正面ではアンナが焼き魚を口にしていた。
「お魚もおいひいです♪」
「お、いいな。アンナ、そっちの魚も少しもらえるか?」
「あ、はい。いいですよ」
そしてそれは、アンナが魚の身を切り分け、幹太のお皿の空いた場所に置こうとした瞬間に起きた。
「あー」
と言って、幹太がパカっと口を開けたのだ。
『ウソ…でしょ…?』
またもやアンナに、幹太の天然爆弾が着弾した。
『も、もうっ!きゃっ、きゃんたさん!か、かわいい!子供みたいです!』
アンナは幹太に気づかれぬように、即座に魚の方向を修正する。
そして自分も、
「あーん」
と言って、幹太の口に切り身を入れた。
『よくやったわ、アンナ。
完っ璧に自然な流れにみえたはずよ…』
と、アンナは幹太に悟られぬよう、動揺を抑えようとするが、そこへさらなる追い討ちがかかる。
「じゃあアンナにもお返し。
はい、あーん♪」
と、幹太が自分の焼肉を一つとり、アンナに向けて差し出したのだ。
『あぁもう、そうゆうとこ〜!』
今だドキドキの止まらないアンナに、幹太の焼き肉が迫る。
『き、きてますっ!グイグイ近づいてきてますよっ!
あ〜もうっ♪ちょっとこれどうしよう♪』
幹太は箸先に集中していて気づかないが、アンナの顔はかなりユルユルであった。
「あ〜♪」
アンナは小鳥のように口を開け、彼のお肉を受け入れる。
「お、美味しいです♪」
とは言ったものの、実のところ、アンナは味などまったく分からなかった。
その後、二人は出された定食をキレイに全部食べたが、やはりこれといって味付けなどに特徴は無いようだった。
「う〜ん…」
食事を終えて帰り道、幹太は無言で屋台を引いていた。
『でも…なんだろう?ちょっとヒントがあった気がするな…?
あの食堂にあって、ウチにないものってなんだ…?』
と、そんな事を考えていた幹太の隣では、
『幹太さん…』
アンナがいつもとは違う不安げな表情で彼を見つめていた。
一方、同じ日の昼。
由紀とシャノンも、国境付近の露店街で遅めの昼ご飯を食べていた。
「由紀さん、この豚串一口食べてみます?」
シャノンが竹串に刺さったビッグな豚串をホレホレと差し出す。
「いただく!いただきます!
あーん♪」
まったくときめきの無いやり取りをして、由紀が豚串にかぶりつく。
「ん〜♪これ、おいしいっ♪」
シャノンと由紀はこの世界でもとびきり美人の部類に入る。
シャノンはクール系の美人でシェルブルックの王宮では有名であるし、由紀も人懐っこい可愛いらしさが、王宮で噂になっていた。
そんな二人が豚串を咀嚼しながら歩く姿は、少し異様だ。
「あ〜そういえば幹ちゃん、悪い癖がでてないといいなぁ〜」
「はむっ…由紀さん、悪い癖とは?」
シャノンは串から豚を食いちぎりつつ聞く。
「幹ちゃんね、人に食べ物を分けてもらう時に、まずあーんって口あけるのよ…」
それを聞いたシャノンは目をつぶり少し考えた後、
「それはタチの悪い…」
と、唸るように呟いた。
「そうでしょ〜。
なんか今、シャノンに豚串もらって思い出したの。
いきなりあれをやられたら、たぶんアンナは悶絶すると思うわ。
だって、小さい頃から一緒にいる私でも、ギリギリの時があるんだもの」
なにがギリギリなのかよく分からないが、とにかくそいうことのようだ。
「…そうですね。悶絶するアナが目に浮かびます…」
「まぁでもそんなのはまだいい方かな。幹ちゃん本当に悪い癖はもっと別な事だから…」
「別?なにか別に悪い癖があるんですか?
一緒にいる時には分かりませんでしたが…?」
「うーん、アンナ達が来てからはまだないけど…」
由紀はいままで色々な幹太を見てきた。
幹太は家族を早くに亡くしているため、学校も同じだった由紀が、誰よりも長く一緒にいる人と言ってもいいぐらいだ。
『ああいう時の幹ちゃんと一緒にいるのはちょっとな…』
由紀ぐ今まで幹太と一緒にいる間に、何度かあった彼の状態を思い出す。
『アンナ、大丈夫かな…?』
と、考え込む由紀の歩くペースが、だんだん速くなり始める。
「ごめん、シャノン。ちょっと急ごう」
「はい。それに越したことはなさそうですね」
そうして二人は馬車へ戻り、すぐに国境の町に向かって出発した。
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