第8話 異世界で屋台を

『島なのに、定期船がないって…?』


ノリで一度驚いてはみたものの、よく考えるとどういう意味なのかさっぱりわからなかった。

日本人の感覚からすれば、この規模の島ならば必ず他の大陸などに渡る船があるはずだ。


「アンナ、落ち着いて一から説明してくれ。定期船がないってどういうことなんだ?」


幹太はわざわざ屋台からイスを出し、アンナを座らせて聞いてみた。


「すいません、幹太さん。

私としたことが取り乱しました」


アンナはコホンと咳ばらいをして、落ち着きを取り戻す。


『いや、アンナって結構いつも慌てている気がするけど…』


と、幹太は内心で思っていた。


「あのですね、いつもはキチンと定期船あるらしいのですが、三日ほど前に海賊に襲撃されて沈められてしまったようです。」


「えぇっ!?そんなんでこれからこの島の人達はどうなるんだ?」


島である以上、ある程度の物資は外からの輸入に頼っているはずだ。


「えっと、替わりの船がクレイグ公国本土の港に向かっているらしくて…復旧までそう時間はかからないというお話しでした。

たぶん、それまでは自給自足するのだと思います」


「つーと、俺たちみたいに行き来する人間が困るだけなのか?」


「えぇ、大体はそういうことになるでしょうね。

街を見ても、食べ物に困っている様子もありませんし、どうやらあまり島の外に出る人も少ないみたいです」


「そっか、それならまだマシだったのかな?」


「えぇ、島の人達にはそれほど影響はないでしょうね。

でも幹太さん、私たちには大変良くない状況なのです」


「ん〜どうしてだ?

そりゃ早くアンナの国に行きたいとは思うけど、とりあえずこの島にいても危険はないだろ?」


幹太の言葉に、アンナは首を横に振る。


「幹太さん、滞在が伸びるということはそれだけ宿泊費がかかります。

その上で定期船が復旧したとしても、運賃が払えるかわかりません。

知り合いがいないこの島で、漁船に頼むというのも現実的ではないかと…」


しかし、そんなアンナの言葉を聞いても、幹太の方にあまり困った様子はなかった。


「あー、やっぱお金は足りなくなるよな。まぁそこはなんとかするよ」


「なんとかするって…?

幹太さん、どうするつもりなんです?あんまり不安じゃないみたいですが?」


実を言うと、アンナはこちらに来てからの幹太の様子に少し驚いていた。

幹太はアンナとシャノンの魔法に巻き込まれ、望まぬ形でこちらの世界にやって来た。

普通であれば、この世界のお姫様でであるアンナを誰かに預けて、自分は帰りたいとも思いかねない状況だろう。

しかし幹太は、由紀とシャノンのことは気にしていたが、全く元の世界のことを気にする様子もなく、アンナと一緒に居てくれている。


『幹太さん、一緒にいてくれるのは嬉しいですけど、日本の事は気にならないのでしょうか…?』


「…アンナ、アンナ?聞いてる?」


「えぇ、このままどさくさ紛れて、幹太さんとこちら世界で暮らすというのもアリで…はっ!い、いえ大丈夫です!すみません…」


「うん?こっちで暮らす?

アンナ…今のぜんぜん聞いてなかったな。

あのな、とりあえず屋台があるから大丈夫だって言ったんだよ」


幹太はなんでもない事のようにそう言った。


「屋台があれば?

幹太さん、この島でラーメン屋さんをするつもりなんですか?」


「うん。やろうと思ってる。

お金が必要で、屋台があるなら働けばいいんだよ。

そうでなくても、こっちで美味しいラーメンを作って、またあの時のアンナみたいな素敵な笑顔を見たいからな♪」


幹太は心底楽しそうにアンナに言った。

それほどあの時のアンナの笑顔は、幹太の心に残っている。


「やだ♪幹太さん、素敵な笑顔って♪

いいでしょう!わかりました!

そう言うことなら私もお手伝いします!」


そう言うアンナの瞳孔はハート型になっている。

このチョロいプリンセスは完全に幹太に落ちていた。

アンナは変な男に引っかかるタイプなのだ。


その頃、サースフェーから遠く離れたシェルブルック王国の王都ブリッケンリッジ。


「あれ?ここは…?幹ちゃん…?」


転移してきた直後、由紀は自分身に何が起こったのかさっぱりわからなかった。

シャノンと共に魔法の嵐に巻き込まれ、気がついたら目の前にアミューズメントパークのような城があり、なぜかその隣に幹太の家の一部があった。

しかし、肝心の幹太とアンナは見当たらない。


「これってもしかして、アンナ達の世界…?」


アンナの予想通り、由紀とシャノンと芹沢家の一部は、シェルブルック王宮の中庭に転移してきていた。


「シャノンさん!?」


次第に頭がハッキリしてきた由紀は、自分がしがみついていたはずのシャノンを探した。


「ゆ、由紀さん…」


シャノンは由紀の真後ろに倒れていた。

彼女はまだ転移の影響が残っているらしく、少しボーっとした様子である。


「シャノンっ!無事かっ!?」


とそこへ、司祭のような服を着た老人が、数人の衛兵と一緒にやってきた。


「シャノン、怪我はないか?

アンナ姫はどうしたのじゃ?一緒に帰ってきたのではないのか?

ほんで、そのお嬢さんは誰なんじゃ?」


と、老人はまくし立てるように矢継ぎ早に質問するが、彼女はボーっとしたまま答えない。


「これは焦って聞いてもダメじゃな…」


老人はシャノンの顔の前で手を振り、ため息を吐いた。


「とりあえずシャノンは、少し休んで国王様に御報告に上がるのじゃ。

お嬢さんはワシと一緒に来てくれるかのう?」


「えっと…」


由紀はまだこの事態について行けていなかった。


「なに、怖がらなくてもよい。

アンナ姫とシャノンが何か失敗して、貴方にご迷惑をお掛けしたことは大方予想がついておる。

詳しく事情を聞きたいだけじゃ」


老人はそう言って、シャノンと由紀を連れて城内に入る。

そして応接間へ移動する間に、老人は自己紹介をしてくれた。


「ワシの名前はムーア。

この国で導師という立場におるものじゃ。

この国では、国王の補佐と魔法協会の総代をやっておる。

そう言えば、アンナ姫様とシャノンの教育係もやっておったな。

今はシャノンの馬鹿者が、加減なしにワシの魔力を使った反動でシワシワだが、本当はもうちょい若い見た目なのじゃ」


とムーアが冗談を交え、穏やかに話してくれたおかげで、由紀はだんだん少し落ち着きを取り戻した。


「は、初めましてムーア様。

私は柳川由紀です。芹沢幹太という私達の世界でアンナを助けた男の子の幼馴染みです。

アンナとは向こうの世界で、ほとんど一緒に生活していました」


「それは姫様がお世話になりましたな。ワシからもお二人に感謝を。

お転婆姫の面倒をみてくれてどうもありがとう。

あと、ワシのことはムーア導師とお呼びくだされ」


ムーア導師は優しい笑顔で、由紀にお礼を言った。

その後、通された応接間で由紀はムーア導師に、アンナが日本でどんな生活をしていたのかを話したのだが、


「なんと!姫様が厨房のお仕事をなされたのかっ!?」


「男性と一つ屋根の下で生活をっ!?」


「マジで!?指輪おくっちゃっちゃってんのっ!?」


というように、アンナの日本での話はムーア導師を驚かせてばかりで、シワシワの顔にまた皺が増えないかと、由紀は心配になった。


「やはり、魔法が存在しない世界なだったのじゃな…」


ムーア導師の話では、こちら世界では魔法があるのが常識で、転移したアンナの居場所が分からなくなるまで、魔法がない世界があるとは予想もしていなかったようだ。

魔法のある世界であれば、アンナがちゃんと生きているがどうかぐらいは、シャノンを送らずとも確認ができる。


「いま、アンナと連絡は取れないんですか?」


「魔力のある世界同士の転移ゲート間ならば、距離に関係なく通信が届くのじゃが、同じ世界で距離が離れていると、そう遠くまで届かないんじゃ。

しかも同じ世界でゲートを開く事は、かなりの危険を伴うのでのう。姫様を迎えにもいけないのじゃ」


由紀が想像しているほど、魔法は万能ではなかった。


「じゃ、じゃあアンナと幹ちゃんは、どの世界にいるかも分からないのですか!?」


由紀は不安に駆られ、思わず強い口調で聞いていた。


「お嬢さんとシャノンがこちらの世界に転移したということは、アンナ姫様とご友人もこちらにやってきている事は間違いないのじゃ。

安心してくだされ、ワシはこの王国の全ての情報網を使い、必ず二人を探し出す。

じゃからどうか、もう少しだけ待ってもらえないかのう」


と、ムーア導師は由紀の目を見て、力強く言った。

由紀が落ち着いたのを見計らって、ムーア導師は王宮のメイドを呼んだ。


「こ、これは…一体何部屋あるの…?」


「それでは由紀様、ゆっくりお休みください」


「…様?はい。ゆっくり…します」


由紀はそのメイドに案内され、超豪華な客室に通された。

この世界に滞在中は、ここを自由に使って下さいと言われたのだが、あまりの広さと豪華さに、由紀はしばらく呆然としてしまった。

しかも、先ほどのメイドは由紀専属であるという。


「こ、これは落ち着かないっ!どっぷり庶民の私には無〜理〜!」


などと思っていたが、異世界に飛ばされるという異常な体験の疲れもあり、由紀は乙女の夢である天蓋付きベッドで、すぐさま横になった。


『私、あんまり戸惑ってないかも…?幹ちゃんもこっちにいるからかなぁ〜?

あ〜でも、アンナがどさくさに紛れて、幹ちゃんにアプローチしてたらどうしょう!?』


まどろみの中で、そんなことを考えながら由紀は眠りについた。


そして翌朝、


「ちょー爆睡してしまった!置いてあった晩ご飯すら食べずに!」


由紀は持ち前の健康さで、スッキリと気持ちよく目が覚めた。

朝食の時、メイドさんに王宮の中でなら自由にしてていいと言われたので、今はランニング兼朝の散歩中だ。


「しかし、めっちゃ広いわね…ちょっと迷っちゃいそう」


「…ですからっ!」


「ダメですっ!シャノン様っ!」


ブツブツと感想を漏らしながら、由紀が豪華で広大な庭をしばらく歩いていると、たぶん正門であろう大きな門の前でシャノンが女性の衛士達に引き止められていた。

シャノンの隣には、大きな荷物を載せた馬がいる。


「許可など要りません。私はアンナ姫の補佐なのですから。」


どうやらアンナを探しに行こうとして止められたようだ。


「シャノンさん?」


由紀はシャノンに声をかけた。


「由紀さん…私がアナと幹太さんを探してきます。なので、あなたはここで待っていて下さい」


「まだアンナと幹ちゃんの居場所はわからないんじゃないの?

昨日、ムーア様が二人の居場所が分かったら、私にも教えてくれるって言ってたけど…?」


「だとしても、私は何もせず城で待ってるなんて出来ません。

離してっ!離しなさいっ!」


シャノンは女性衛士を振り払い馬に乗ろうとするが、由紀が彼女の腰に後ろから手を回し、がっちりと引き止めた。


「ダメだよ!どこにいるか手がかりもまだないのに!」


由紀はシャノンを必死に止める。


「由紀さん!離して下さいっ!

私は、私はアナを探しに行かなければならないのです!」


さすがのシャノンも、アンナの事となってはいつものように冷静ではいられないようだ。


「幹ちゃんと一緒にいるなら大丈夫だから!」


「なぜそう言えるのです!?

幹太さんはこの世界に来たばかりで、なんの知識もないじゃありませんか!?

アナだって!お金はほとんど持っていません!」


「シャノンさんっ!」


由紀はシャノンを馬から引きずり下ろし、肩を掴んでしっかり彼女と目を合わせた。


「シャノンさん、とりあえず落ち着いて。

いい?まず、アンナと幹ちゃんは確実に一緒にこの世界に来てるのね?」


由紀はムーア導師に聞いたことを、シャノンを落ち着かせるためにもう一度確認する。


「はい。それは私がこの世界に戻れているので間違いありません」


それを聞いた由紀は、唇に手を当て少し考えた後、


「んー、なら大丈夫。幹ちゃんは絶対にアンナをここに連れて来てくれるよ。いつもはボーっとしてるけど、困ってる人がいる時はすごく頼りになるんだから」


と、自信を持ってシャノンに言った。


「あのね、これは幹ちゃんのおじさん…お父さんの正蔵さんが亡くなった後の話しなんだけど…」


幹太は父親が亡くなった直後、ものすごく不安定な時期があった。

生活するお金を稼ぐため、父親のレシピを真似てラーメン屋台を始めたのだが、全く美味しく作れなかった。

そして、自分なりに改良しても、なかなか美味しくならない。

日に日に幹太の気持ちは追い込まれ、どんどん視野が狭くなっていった。


「私、とにかくその時は毎日幹ちゃんの様子を見に行ってたんだけど…。

なんだかいっつも厨房に篭ってる幹ちゃんが可哀想になっちゃって、たまには他のラーメン屋さんに行ってみないって誘ったの…」


由紀は昔、幹太の父と幹太との三人で、ラーメンの食べ歩きをした思い出があった。


「そうだよ…どうして気づかなかったんだ」


それを聞いた幹太は閃いた。


「ゆーちゃんありがとう!

よし!今すぐラーメン食べに行こうっ!」


「えっ?あっ、うん」


今さらながら、いろんな所のラーメンを食べて研究しなくちゃいけないと気づいたのだ。

他のラーメンを参考にして、そこから自分なりの新しい味の追求。

幹太は父の残した保険金を使い、日本中のラーメンを食べて回った。

そうして試行錯誤を繰り返し、今の幹太のラーメンができ上がったのである。


「幹ちゃんの屋台に、お客さんが並んでるのを見た時は嬉しかったなぁ〜」


彼は追い込まれた状況で、なんとか自分で生きる道を切り開いたのだ。

芹沢幹太という男には、葛藤し、努力して苦労を乗り越えたという太いバックボーンがある。


「…だから幹ちゃんは初めての世界に飛ばされたって、それをちゃんと乗り越えられる人なの。

しかもね、おじさんから女の子は守るものだって小さい頃から叩きこまれてるから、ちゃんとアンナをここまで連れてきてくれるよ」


シャノンは納得しかけたが、それでも首を横に振る。


「守るって言ったって、二人には身を守る術もありません!

もしアナが誰かに襲われでもしたら!?

早く私が行って守ってあげなければ!」


「うーん、それもたぶん大丈夫なんだけどなぁ…」


由紀は最後にそう言ったのだが、興奮したシャノンには聞こえていなかった。


そんなやり取りが王宮であったとは知る由も無く、幹太とアンナは屋台の開店に当たり計画を立てていた。


「とりあえず、この辺の人達の好みを調べる所からかな?

まずは日本で仕込んだものを、昨日の漁師さん達に振る舞うってのはどうだろう?」


「ですね。調査するにはそれが良いとかも知れません。

それに幹太さんにも、この世界の食の常識というものを知ってもらえるかと…」


そう言うアンナの表情は、少し不安そうであった。


「食の常識って…?なんか日本と違うのか?」


「ん〜なんていうか…大きくは変わりません。

みんな美味しいものが大好きと言う点では…」


「う〜ん話を聞くだけじゃちょっとよく分かんないな。

そんじゃとりあえず、明日は港に行ってみるか!」


幹太は楽しそうに、異世界でラーメン屋台を始めるのだった。

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