第6話 シャノンちゃんやらかす

「さすがに寝れねぇ…」


ベッドで横になったものの、幹太は先ほどまでの話を思い返し、なかなか眠りにつくことができなかった。


「もう会えなくなるのか…」


アンナがこの世界からいなくなる。その寂しさが、自分でも驚くほど幹太の胸を締め付けている。


「でも…家族はできるだけ一緒に居るべきだ。

家族を失なった悲しみを和らげるのは、一緒にいた時の思い出なんだ」


幹太は固く目を閉じ、毎日のように父親の病院に通った日々を思い出していた。


「うん。それは間違いないはず…」


「幹太さん、まだ起きてますか?アンナです」


幹太が悶々とそんな風に考えていると、ドアの向こうからアンナの声がした。


「まだ起きていらっしゃるのなら、少しお話しをさせてください」


「あぁ、大丈夫。まだ起きてるよ」


幹太は部屋の明かりをつけ、アンナ部屋の中に招き入れた。


「ではお邪魔しますね」


そう言って、アンナは幹太の部屋に入った。

たぶんここに来るまで、部屋で泣いていたのだろう、アンナの目は真っ赤で、まぶたもだいぶ腫れぼったくなっている。


「この部屋座るところがないから、ベッドの上にでも座ってくれ」


「あ、はい。ありがとうございます」


アンナは素直にベッドに座り、その隣に幹太も座った。


「私、決めました…」


そしてアンナは、真剣な表情で自分の足元を見つめ話しを始めた。


「明日、シェルブルックに帰ろうと思います。

このままこちらにいても、お父様の事が心配で使命を果たせないと思うので」


「そっか…俺もそれがいいと思うよ」


幹太は自分の気持ちを、グッと押し殺してそう言った。


「アンナが家に居なくなるのはすごく寂しいけど、家族が大変な時は、やっぱり支え合っていかないとね」


「幹太さん…」


アンナは涙を堪えながら、顔を上げ幹太の方へ向き直る。


「私、短い期間でしたが、この日本で色々な事を知りました。

それは全て、一番最初に幹太さんが助けてくれたおかげです」


そう言って、アンナは幹太の手を強く握った。


「そのおかげで、由紀さんとも出会えましたし、すごくたくさんの事を学ぶことができました。

本当に…幹太さんにはお礼の言いようもありません」


「いいって。俺もアンナに出会えてこの世界の良いところを改めて知ることができたんだ。

誰かと生活するって、こんなに幸せなことだったんだな…。

アンナのおかげで、久しぶりに思いだせたよ」


そんな幹太の言葉に、ついに堪え切れなくなった涙がアンナの頬を伝う。


「幹太さん、私、あなたにお渡しておきたい物があるのです」


アンナはこちらに来てからもずっと嵌めていた指輪を、右手の中指から外し、幹太の手に握らせた。


「私の国では女性は十六歳を過ぎると指輪を作ります。

これはその女性が一個人として認められる証。

私達の国の女性には、とても大切な物なんです」



「そんな大切な物を、俺が貰ってもいいのか?」


「いいのです。私はいつかこの日本に、幹太さんと由紀さんが居るこの国に戻ってきます。

この指輪を必ず戻るという証として…どうかその時まで預かっていてください」


アンナは流れ続ける涙を拭い、笑顔を作ってそう言った。


「分かった。ちゃんと預かっておくよ。

よし、そんじゃ失くさないように嵌めておかないと…」


と幹太は、渡された指輪が自分のどの指に嵌るか確かめる。


「おぉっ!ナイス!」


指輪は左手の薬指にピッタリ嵌まった。


「か、幹太さん…そこは…」


アンナはそれを見て息を呑んだ。


「ん?なんかマズかったかな?


「えっと、その指は…、い、いえ、そこで大丈夫ですっ!」


アンナは何かを言いかけたが、すぐに何事もなかったかのように取り繕った。


「では部屋に戻ないと、また幹太さんが由紀さんに怒られてしまいますね」


「ああ、そうだな。おやすみ、アンナ」


「はい。おやすみなさい幹太さん♪」


最後にアンナは、心からの笑顔みせて幹太の部屋から出て行った。


『び、びっくりしました!びっくりしました!

幹太さん!最後までああなんですから!

お父様にばれたら大変なことになってしまいます!』


実はシェルブルックの女性が十六歳になると作る指輪は、こちらの世界とは逆で、婚約の時に女性から男性に贈られるものだった。

それを男性は左手の薬指に合わせて直し、それが既婚者の証となるのだ。


「でも…嬉しかったですね」



アンナは悲しかった気持ちが少しまぎれ、朝までぐっすりと眠ることができた。


翌朝、

アンナはシャノンと由紀に自分が帰る事を告げ、二人は朝から幹太の家の庭で帰還の準備を始めていた。

庭の中心に木の棒で魔法陣のようなものを描いている。

幹太と由紀はなんだか落ち着かず、庭に屋台を出して掃除をしながらその様子を見守っていた。


「ねぇ幹ちゃん、魔法って本当にあるんだねぇ〜。

私、さすがに自分がこんなこと経験できるとは思わなかったよ」


「あ、あぁ、そうだな。アンナが来てから色々あったけど、こんなに驚いたのは初めてだ…」


とそこで、由紀は幹太の指に嵌った指輪の存在に気付いた。


「か、か、幹ちゃん!?どうしていつもアンナがしてる指輪を嵌めてるのっ!?

こっちとは逆だけど、もしかして結婚!?アンナと結婚するの!?

プ、プロッ!プロポーズはいつ?

ていうかっ!さすがにそこまでいくのは早くないっ!?」


と由紀は、幹太をガクガク揺らしながら慌てふためく。


「いや!違うって!次に日本に帰って来るっていう証なんだと。昨日試したんだけど、ここにしか嵌らなかったんだよ」


「そう…ならいいのよ。本当にそれだけなら…」


と言いつつ、由紀は乙女の勘で、なんとなくその指輪の真相に気づいていた。


『違う、絶対に違う!

アンナ、さすがお姫様ね。ここぞという時の判断と爆発力は、国を背負ってるだけのことはあるわ。

これは私もがんばらなきゃ!』


由紀がそんな決意をしていると、帰還魔法の準備をしていたアンナが、二人の元にやって来た。


「魔法の準備が終わりました。

あと一つ、この魔石を魔法陣の中心に置けば、魔法が起動します」


と言って、アンナは真っ赤な魔石を二人に見せた。


「ではひとまずお別れですね、幹太さん、由紀さん。

大変お世話になりました。

次に私が戻ってくる時も、お二人で仲良く迎えていただければ嬉しいです。

あとは由紀さん、これを…」


アンナは由紀に近づき、いつもしていたターコイズのネックレスを外して、由紀の首にかけた。


「これは私達バーンサイド王家に伝わるお守りです。

次に会う時まで、由紀さんが幸せでありますように。

そして、幹太さんに渡した指輪と同じように、いつか私が戻ってくる証しとして由紀さんに渡しておきます。

お二人に渡しておけば、この世界に帰る座標としては十分でしょうから」


そう言って、アンナは寂しげな笑顔を浮かべた。


「ありがとう、アンナ。私、大事にするよ」


由紀はアンナと両手を繋ぎ、ブンブンと大きく上下に振った。


「向こうに戻っても元気で!必ずまたこの世界に来てね!」


由紀は涙を流しながら、最後にアンナを強く抱き締めた。


「由紀さん、指輪の事ごめんなさい。

でも…私はしばらく幹太さんに会えないので許して下さいね。

あ、あと、抜け駆けはほどほどでお願いします♪」


抱き締められたアンナが、由紀だけに聞こえるようにそう囁いた。


「うん。許すよアンナ。

でも、なるべく早く戻って来てね。

でないと私、次にアンナがこっちに戻って来た時には、幹ちゃんと結婚しちゃってるかも」


由紀がアンナにそう囁き返し、もう一度強く彼女を抱き締めてから、ゆっくりと二人は離れた。


「芹沢さん、由紀さん、アナ共々お世話になりました。

私も機会があれば、またこの世界にやってきたいと思います」


と、抱き締め合う二人を見守っていたシャノンも、幹太達に向けて別れを告げた。


「シャノンさんも元気で!またこの世界に戻ってきてね。

幹ちゃんと一緒に待ってるから!」


「はい。ぜひ♪」


由紀の言葉に、シャノンは優しい笑顔でそう答えた。


「では、幹太さんもお元気で」


「ああ、シャノンさんもまたぜひこの世界に来てくれ。次は色々案内するよ」


「ぜひ、よろしくお願いします♪」


シャノンは最後に幹太にも笑顔を見せて、魔法陣の中心へと向かった。


「幹太さん、本当に、本当にお世話になりました。

私、まだまだお二人と一緒いたかったです。

えっと…その、次に会う時、幹太さんにお伝えしたい事があります。

その時はぜひ聞いて下さいね♪」


「わかった。ちゃんと聞くよ。

アンナも向こうで元気で!

また会えるのを楽しみにしてる!」


「ハイ♪」


アンナは最高の笑顔で返事をして、自分も魔法陣の中心へ歩いていった。


「では…」


「えぇ」


アンナとシャノンは向き合って頷き、魔法陣の中心に二人で同時に魔石を置いた。

それと同時に魔法陣が紅く光りだし、その光がドームのように広がりアンナとシャノンを囲んだ。


「シャノンっ!集中して!」


「はいっ!」


魔法陣は徐々にその光を強くしていく。


「す、凄いな…」


その様子を少し離れて見ていた幹太には、二人が何かを抑え込もうとしているように見えた。


「んー!い、いけないっ!」


「大丈夫ですか?アナ?」


光のドームは一瞬、二人の足元に小さく縮み、そこから一気に幹太の家全体を覆うように広がった。

少し離れた所にいる幹太達の周りでも地鳴りが響き、地面が揺れ始める。


「これ、マズいんじゃないか!?」


「なんだか怖いよー!幹ちゃん!」


明らかに異常な様子に、幹太と由紀は身を屈めた。


「いけません!範囲が広すぎます!

シャノン!あなた一体どこから魔石を持ってきたの!?」


「一つだけ…城の地下にある祭壇から外しました…」


と言ったシャノンの表情は、あくまで冷静そのものであったが、それを聞いたアンナはとても冷静ではいられなくなった。


「シャノン!それ、ひっほぅっ!我が国に伝わる秘宝ですっ!

あまりに魔力が強すぎて、扱えないから祭壇で封印したものです!」


「えぇ、知ってます。

もし魔力ない世界だったら大事なので、思いっきり魔力のある物を持ってきました」


「ってシャノン!?そ、そういうとこですよっ!

もうっ加減を!あなたは少し加減をおぼえなさいっ!

こんなの私でも制御ができません!」


「なにを言ってるのですかアナ?

小さな頃、あなたが私に『シャノンちゃんっていつも一生懸命で素敵だね♪』と言ってくれたのですよ。

あれから私は、いつでも一生懸命で素敵なシャノンちゃんです。加減などでません」


「時と場合を考えてくださいっ!」


そんなアンナ達の様子を見ていた幹太と由紀は、かなりの不安に襲われた。


「アンナー!それ一度止められないのかー!?」


「アンナー!」


幹太と由紀がアンナに向かって叫ぶ。


「一度起動したらもう止められないんですっ!

仕方ありませんっ!幹太さん!由紀さん!私とシャノンに掴まって下さい!早く!」


「お、おう」


「わ、分かったよ」


額に汗をかき、必死で魔力を制御しているアンナに、幹太は力一杯掴まった。


「やだ♪幹太さん♪そんなとこに掴まっちゃダメ♪しゅ、集中!集中がっ!」


こんな時にアンナは思わず喜んでしまい、集中を乱してしまう。


「こらー!幹ちゃん!どこ掴まってのよ!

アンナもヘラヘラしないっ!

幹ちゃん!私!私なら掴まって大丈夫だからっ!」


「由紀さん暴れないで、制御ができなくなります」


そんな緊張感のないアンナの隣では、由紀が色々と必死な様子でシャノンに掴まっていた。


「シャノン、私が並行して空間思念の固定魔法を使います!

あなたはその補助をお願いします!

この魔力量ならば、たぶんいけますっ!」


アンナはそう叫び、両手を上に掲げ、顔をしかめながらブツブツと口の中で呪文を唱え始める。


「はい…。でも、これ以上の補助はいくら一生懸命な私でも無理かもしれません…。

すいません、アナ」


シャノンはこんな危機的状況でも、最後まで冷静であった。


「うーそー!」


というアンナの叫び声だけを残して、四人の姿と幹太の屋台は、この現代日本から消えてしまった。

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