第5話 選択

結局、その後も何人かまばらにお客さんが来たので、幹太はアンナの時と同様に、シャノンにも一緒にラーメンを食べながら待ってもらう事にした。


「これがラーメンですか…?」


「えぇそうよ、シャノン♪美味しいから食べてみて♪」


シャノンは無表情のまま、フォークを使ってラーメンを食べ始める。


「ふ、ふぁ♪」


シャノンは一瞬だけ幸そうな顔をした後、すぐにいつものお堅い表情に戻る。


そして、


「これはとても美味しいです」


と、まるで英文の直訳の様な感想を述べた。


「そうでしょう!シャノン!

この国では、こんなに美味しいものが街の色々な所で、手軽に食べれるんです!

素晴らしいとは思いませんか!?」


「そうですね、アナ。素晴らしいと思います」


幹太はちょっぴり不安になってアンナに聞いた。


「な、なぁ?シャノンさん無理してないか?

その…さっぱり系とはいえウチのラーメンにも油分があるから、そういうの本当は口に合わなかったんじゃ…?」


幹太はお姫様と護衛という立場上、正直に感想を言えないのではと思ったのだ。


「大丈夫ですよ、幹太さん。

あれでシャノンは今、とっても幸せな顔なんです♪

ちょっぴり目尻が下がってますし、むしろ分かり易いぐらいです。

しかも、食べた直後のあの笑顔。

私、シャノンのあんな笑顔は久しぶりに見ました♪」


「そ、そうなのか?なら良かった。

しかし分かり易いって…?

ん〜、俺にはさっぱり違いが分からないよ」


「シャノンと私は小さい頃から一緒に育ってきましたからね♪

私達が離れたのは、彼女が軍にいた三年間ぐらいです。それでも月に一度は必ず会ってましたが…」


「俺と由紀みたいなもんかなぁ〜?」


「まさにそうです♪

シャノンはちっちゃい時から、食べる事が大好きだったんですよ。

軍に入った後ぐらいから、あまり昔のように幸せそうな表情を見る事は少なくなりましたが、昔はいっつも笑顔で食事してました」


そして、なぜかそこまで話したアンナの瞳に暗い闇が宿る…。


「…でもシャノンはいくら食べても体型が変わらないんです。

ある時期から、私がシャノンと同じ量を食べるとモリモリと太っていくのに…、シャノンはスタイルが良くなっていくだけなんです。

しかもなぜ、なぜシャノンは胸にだけ栄養がいくの・・・?」


「ア、アンナ…?」


鬼気迫るように語るアンナの様子から、この闇はかなり深そうだと幹太は思った。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


「はいよ。ありがとう。

んじゃ、そろそろ閉店だからシャノンさんとアンナは座って待っててくれ。

ちゃちゃっと屋台片付けちゃうから」


しかしそれを聞いた二人が、


「幹太さん、私もお手伝いします」


「芹沢様、私も何かお手伝いを」


と、立ち上がって言う。


「今日は一人でやるから大丈夫。

アンナはせっかくだから、シャノンさんとゆっくりこっちの世界での話でもしててくれ。

あとシャノンさん、様は無しで頼むよ。呼ぶのは芹沢でも幹太でも良いから」


「分かりました。では、お言葉に甘えてそうします。

シャノン、向こうに座って少しお話ししながら、幹太さんを待ちましょう」


「はい。では私はこれから幹太さんとお呼びします。」


「はいよー。了解」


と言って、幹太は閉店作業を始めた。


その後、とりあえず幹太の家に三人で帰ることになったのだが、閉店作業中も屋台を引いて帰る道中もアンナはだいぶ興奮気味で、今まで自分が体験した全てをシャノンに伝えるためにすごい勢いで喋っていた。


「シャノン!すごいんですよ!

お好み焼きは!具が!中に入れる具が無限に選べるのです!

お肉や海鮮、野菜でも大丈夫なんです!」


「そうなのですか。それは興味深い。一度食べてたいですね」


このように、アンナが話すことの大半は食に関するものだったが、シャノンは興味深く話しを聞いていた。


「ははっ♪無限って…さすがにそれはないだろ」


とツッコミを入れつつ、幹太もたまに会話に参加していた。


三人はそんな話をしてるうちに、あっという間に幹太の家に着いた。

幹太が屋台をガレージにしまっている間に、アンナはすっかり芹沢家での生活に慣れた様子で、シャノンと先に家の中に入った。


「ただいま帰りました〜」


「お邪魔します…」


「おかえりなさーい♪」


二人が挨拶をして家に入ると、これまたいつものように、居間から由紀がアンナを迎えに出てくる。


「えっ!?アンナ、その人は誰?」


そう言って、彼女はアンナの隣にいる強烈な美人を見てビキッと固まった。


「由紀さん、彼女はシャノン・ランケット。

あちらの世界では、私の警護をしてもらっています。

私の心配して、こちらにやって来てくれました」


「け、警護の人なんだ…」


由紀はカクカクとした動きで二人に近づき、なんとか挨拶を始める。


「は、初めましてシャノンさん。

私は柳川由紀。幹ちゃんの幼馴染でお隣さんです。

アンナが日本に来てからは、三人で一緒に生活してるの」


「初めまして由紀さん。

シャノン・ランケットです。

アンナが大変お世話になったようで、どうもありがとうございます」


二人はお互いに手を差し出し、しっかりと握手をした。


三人はそれから居間に移動し、アンナとシャノンが座卓に座り、由紀は厨房へお茶を入れに行った。


「ち、ちょっとアンナ!アンナー!」


「はい?」


由紀は厨房から戻る途中、アンナを手招きして廊下に呼び、思いつめた顔でアンナに聞いた。


「アンナ、シャノンさんは、また幹ちゃんが助けてきた人なのね?」


「はい。私と同じように倒れていたみたいですけど…」


「あぁ、やっぱり…。

まぁ、そりゃ幹ちゃんはそういうのほっとかないだろうしなぁ〜ってそうじゃなかった!

あのね、ちょっと問題があるのよ」


「えっと…問題ってなんです?」


「いい、アンナ。シャノンさんも行く所がないんでしょ?」


「えぇ、たぶん…」


「はい!ヤバい!ヤバいですよ!それ!

この際だからハッキリ聞いちゃうけど、アンナも最近、幹ちゃんのことが気になってきてるでしょ?」


「えっ!?そんなっ!そんなことはっ!

だって…でも幹太さんには由紀さんが…」


「いいの、アンナ。

私も自分の気持ちがちゃんと分かったのは、アンナが来てからだったから。

そうでなくても、幹ちゃんのことが好きな友達は他にもいるしね。

私はその人とちゃんと向き合いたいの。

正々堂々ライバルであり、友人でいたいのよ」


こちらの世界に来てから三カ月間、由紀と生活したアンナは、彼女のこういった誤魔化すことのない性格をとても好意的に思っていた。


「由紀さん…」


なのでアンナは、少し恥ずかしかったが正直に答えることにした。


「わ、私も幹太さんの事が気になってきています…」


「そう、それならいいの。

でも問題はそこじゃないわ!問題はシャノンさんよ!

たぶんだけど、シャノンさん、幹ちゃんの好きなタイプのどストライクよ!

あのスタイル!綺麗な髪!

アンナは幹ちゃんの部屋にあるシークレットボックスの中を見た?」


「見ました!確かにおっぱいがおっきくて、黒髪ツヤツヤの人がたくさん載った本でした!」


幹太が知らないうちに、大人の本の隠し場所が二人にバレているという事実がここで発覚した。

アンナは留守番の時に、あまりの退屈さからつい家捜しをしてしまい。

由紀は幹太の嗜好を探るため、やむを得ずという理由でベットの下を覗いたのであった。


「これはヤバいよっ!アンナ!」


「ヤバいです!由紀さん!」


とそこへ、


「おー、なに部屋の前で騒いでんだ?とりあえず中にはいろうぜ」


と言って、屋台をしまい終えた幹太が帰ってきた。


「か、幹ちゃん?今の聞いてた?」


「いや、別に、なんかヤバいって言ってたの聞いたぐらい。

なんかあったのか?」


「ないない!麦茶が残り少なくてやばいって話してただけ!

だよね、アンナ?」


「そ、そーです!作らないとやばいですねって話してました」


「そっか、んじゃ後で作っとくよ」


幹太はそう言って、居間に入っていった。


「あ、危なかった…」


「えぇ、ギリギリでしたね、由紀さん」

由紀とアンナはホッとして向かい合い、なぜか頷き合った後に部屋に戻った。


二人が部屋に入ると、シャノンが正座をして座卓の前に座っていた。


「お茶ありがとうございます、由紀さん。お手伝いせずにすいません」


「いいんだよ。シャノンさんはお客さんなんだから」


そうして由紀はシャノンの右側に座り、アンナは左側、そして幹太は正面に座った。


「よし。そんじゃさっそくこれからの事なんだが、シャノンさんは家で預かるってことでいいのかな?」


幹太がアンナに向かってそう聞くと、彼女はなぜか小さく手を挙げた。


「すいません、幹太さん。

その前に私は由紀さんと幹太さんに、お話ししなければならないことがあります。

よければその話を先にさせてください」


アンナはそう言って、自分の話を切り出した。


「まずは由紀さんになんですが…。

その…信じられないかもしれませんが、私はこの世界の人間ではありません。

もう一つの違った世界、この世界だと平行世界や異世界と呼ばれる場所からやってきました」


アンナはそこまで一気に話し、一旦呼吸を整えた。


「そしてもうひとつ。

これは幹太さんも知らない事ですが、私はシェルブルック王国では第二王女の立場にあります」


アンナは膝の上で拳を握りしめ、思い切って言った。


「えっ、い、異世界!?

本当にアンナ!?本当にそんな世界があるの!?」


「由紀、本当に分かってなかったの…?」


普通にアンナと接していれば、分かりそうなものなのにと幹太は思っていた。


「いや〜確かにシェルブルックって聞いたことがない国だったけど。

ん〜でもそっか〜、そりゃアンナは綺麗なはずだわ。

だって本物のお姫様なんだもんね」


とは言ったものの、そんな現実離れした話を聞いても、由紀はそれほど驚いてはいなかった。

なぜならアンナは、浮世離れした美しい容姿をしているし、この世界に普通に暮らしている人と比べて、あまりに無知で純粋すぎるのだ。


『テレビが無いって、やっぱりお家に無いって訳じゃなかったんだなぁ〜』


むしろそう言われて、色々な事の辻褄が合いスッキリした気分だった。


そして、もう一方の幹太はというと、


「…あのな、アンナがお姫様だって事は最初っから気づいていたよ。

てゆうか、なんであれでバレてないと思っていたのかがびっくりだよっ!

なんだよ!もったいぶって!緊張しちゃったじゃないか!」


と、完全に拍子抜けしていた。


「由紀さん…幹太さん…」


そんな二人の姿を見て、アンナはホッと息を吐いた。


「今までキチンとお話しせずにすみません。

私、いま考えたら、なぜお二人に隠していたのかなって思います」


「そーだよアンナ。私たちはもう同じ釜の飯を食べた家族みたいなものじゃない。

これから幹ちゃんと私には、ちゃんと正直に話してね♪」


と言って、由紀はアンナに向かってニッコリと笑った。


「はい♪」


「はい。じゃあ仕切り直してシャノンさんのこれからについてだ」


そうして幹太は、やっと話を元に戻す。


「えーと、シャノンさんはアンナのことが心配でこの世界にやってきたんだっけ?」


そう聞かれたシャノンは、少し考えた後、三人に向かって深刻な表情で話しを始めた。


「実は…私はアナを迎えに来たのです」


そしてアンナに視線を移す。


「シャノン…?迎えに来たとは?」


「アナの父、トラヴィス国王が体調崩されたのです。

軍の演習中に倒れられたのですが、かなり深刻な状況のようです。

すぐにムーア導師からアナを迎えに行くようにと言われて、急遽予定を早めてこちらに来ることになったのです」


「お父様がっ!?それは本当ですかシャノン!?」


そう言って、アンナはシャノンの両肩を掴んだ。


「はい、残念ながら…」


「どうしましょう!?転移魔法は魔石の力を増幅させるのに時間がかかるのに!」


アンナは立ち上がって取り乱す。


『『父さんが病気…』』


そんなアンナ見た幹太と由紀は、幹太の父親が病院に入院した時のことを思い出した。

幹太も由紀も、親父の病名を医者から聞かさせた時は、今のアンナと同じように取り乱していた。


「落ち着いてください、アナ。

城の保管庫から純度の高い魔石をいくつか持ってきました。

たぶん魔法の源がないこの世界でも、すぐに転送に必要な魔力を生み出すことができるでしょう」


「ほ、本当ですかっ!?シャノン!」


「でも…どうしますか、アナ?

あなたはまだ、この世界で学ぶべきことがたくさんあるようですが、本当に私と一緒に帰ってしまって大丈夫なのですか?」


「それは…」



「ムーア導師にはすぐに迎えに行けと言われて来ましたが、私はアナ自身が決めるべきことだと思っています」


「そんなっ!私一人ではとても考えられません!

あぁ、どうしましょう!?私、どうすれば!?」


アンナはウロウロと居間の中を歩きまわる。


「まだシェルブルックを救う手掛かりぐらいしか掴んでいないのです!

幹太さんと由紀さんとも、こんなに仲良くなれたのに…もう二度とこの世界に来るチャンスなんてないかもしれない…。

でも…でも、もしお父様に何かあったら…」


そこで、今まで黙っていた幹太が静かに諭すように言った。


「帰るべきだ…アンナ。

父親に会える内に会っておかないと、絶対に後悔する。

冷たい言い方かも知れないけど、それは…事実なんだ」


由紀はテーブルの上にある幹太の手を握り頷いた。


「アンナ、私もそう思う。

こんな時だけど、私もアンナとお別れすると思うとすごく悲しい。

でもそんなことより、お父さんと会って欲しいと思うの」


由紀は少し涙ぐんでいたが、しっかりとアンナの目を見て言った。


「幹太さん…由紀さん…ありがとうございます」


アンナも涙を堪えながら、二人の顔を見る。

ここにいる全員が、心からアンナのことを考えてくれているのだ。

父親のことはもちろん心配だ。

しかし、アンナにはこの世界にも離れたくない大切な人達ができてしまった。


「シャノン、お願いです、一晩考えさせて下さい。

明日には必ず答えを出します。

どうか…どうかそれまで一人にして…」


アンナはそう言い残し、悲愴な表情で居間を出ていった。


幹太と由紀も同じ様な表情で黙っていたが、しかし、シャノンだけは違っていた。

話しを始めた時と同じく、ピシッとした姿勢は変わらなかったが、とても柔らかな表情で幹太と由紀を見ている。


「アナは本当に良い人達に出会えたのですね。

一人で旅をさせるのは初めてだったので心配していましたが、杞憂だったようです」


その言葉に、幹太と由紀の表情も少し緩んだ。


「シャノンさんはアンナをアナって呼ぶんだな。

アンナ姫って呼ばなくていいのか?」


と気を取り直すために聞いてみた。


「私は小さい頃からアナと呼んでいました。

大きくなって立場が変わってから、一度、アンナ様と呼んだのですが、とても悲しい顔でアナって呼んでと頼まれたので…」


「そっか〜シャノンさんとアンナは私と幹ちゃんみたいなものなんだね」


「そうですね。いつも一番近くに居たと思います。

なので今回のことも、アナならば大丈夫だと思ってます。

彼女はいつもキチンと考えて、正しいと思う道をしっかり進んでくれますから」


「シャノンさんが言うなら間違いないね。ね、幹ちゃん?」


「だな。アンナなら大丈夫だ。

よーし!すっかり遅くなったが、順番に風呂入るぞ!」


「じゃあシャノンさんは私と一緒に♪」


「い、一緒に!?わ、分かりました。この世界では、初日から一緒にお風呂に入るのですね」


その後、風呂から上がった由紀とシャノンは、居間で布団を敷いて眠ることになり。

幹太は自分の部屋に戻って横になった。

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