第18話 シノとハル 1



 まず、そう砂那さなが向かったのは、この町には件数の少ないコンビ二だった。

 そこで砂那の携帯電話のイヤホンマイク購入をする。


 複数人でおはらいをする時は、携帯電話で連絡のやり取りをすからだ。

 その時、イヤホンマイクがないと、片手がふさがってしまう。


 ちなみに、砂那は携帯電話も持っていないので、本日は祖母の華粧かしょうの携帯電話を借りてきていた。


 コンビニを出た二人は八坂神社に行く前に、ある所に立ち寄る。


「蒼、もう少し行った所よ」


 砂那の声を聞いて、蒼は周りを見渡した。


「へぇ、いい場所に建ってるな」


 そこは伊勢街道いせかいどうの、細い道路沿どうろぞいに民家がつらなっている、観光スポットにもなっている場所だ。


 建物は歴史を感じさるような古い作りが多く、中には江戸末期のものも存在する。辺りには平日だと言うのに、カメラを掲げた観光客の姿がちらほらうかがえる。


「見えてきた。………ほら、あそこの角の饅頭屋さんよ」


 砂那は右手をハンドルから手を放し、一軒の民家を指差した。そこは、T字路の角に位置する場所に建っている民家だった。


「あそこが………」


「そう、みどりさんの家よ」


 砂那と蒼は、翠の意志を確認するために、上高井の家までやってきたのである。


 もしも、本当は翠があきらめていたのなら、わざわざ暴れ神を祓う必要はない。


 翠の家の前にやってくると、自転車のブレーキをかけ、蒼はその建物を見上げた。


 大きな建物だ。


 建て方も辺りの古民家と同じく、二階を低くした古い作りで歴史を感じさせる。


 しかし、後で付け足したような店舗部分だけが、どうしても不恰好ぶかっこうで、店舗内もカーテンでおおい、中を見えなくしていた。


 そのカーテンも、日光に焼け色が飛び、所々破れていて、食べ物を扱っている店舗では、衛生上あまりよろしくないような年季が入っている。


 看板は上がっているものの、休業と言ったより、潰れているように見える饅頭屋だ。


 そして、その店先に一台の単車が止まっていた。


 規制前の単車で、青いバリオスだ。


 別に、珍しい単車でもないのだが、多く出回っている単車でもなく、規制後はあまり乗っている人を見かけない。

 しかし、蒼はその単車を乗っている人物を知っていた。


 友人の囲い師、篠田 俊しのだ しゅんだ。


「この単車は、シノのだな」


「シノ?」


「あぁ、昨日話していた、俺の知り合いの囲い師だ」


 その説明で思い出したのか、砂那は少しだけ神妙しんみょうな顔で頷く。


「――――総本山の囲い師ね」


 昨日の八坂神社で見た、あの、素晴らしい囲いを張った人物である。


 その囲いを見ただけで、結構な腕前だと解る。


「ここに居るようだな」


「それなら翠さんも、居てるかな?」


 こぐろが見ていた映像を見る限り、翠と篠田は共に帰ったはずた。


 その篠田の単車がここに有るのなら、翠も家にいる可能性が高い。


「中に入って声をかけてみるか?」


「そうね、体の事も心配だし」


 砂那が頷いて、自転車を降りたとき、後ろから声がかかった。


「ハル!」


 今は誰も使わない、蒼の古いニックネームで呼ばれて、彼はとっさに振り返る。

 砂那はその様子を見て釣られたように振り向いた。


 声をかけて来たのは篠田で、のんきに片手をあげてから、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


 先ほど蒼達も寄ったコンビニに行っていたのか、その手にはそのコンビニのロゴの入ったビニール袋を下げていた。

 横には阿部あべに置いてきぼりにされた辰巳 亮太たつみ りょうたの姿も見える。


「――――シノ」


 蒼は静かにその名を呼んだ。


 砂那は声をかけてきた人物が篠田とわかり、少し緊張した面持おももちで二人を見ていた。


「ひっさしぶりだな。やっぱり来てたか」


 篠田が気軽く話しかけてくるが、蒼は少し硬い表情だ。


「あぁ、………お前も来てたんだな」


「まぁな。だけど、こんなところで再会するとは、世の中って狭いよな」


 篠田はそう言って楽しそうに口元をゆるめて八重歯やえばのぞかせる。


 その台詞に、蒼も少しだけ笑みをこぼし、肩の力を抜いた。


「狭いと言うより、すごい偶然だな」


 砂那は少しまずいなと、心配そうに蒼の顔を見ていた。


 昨夜に蒼たちが八坂神社に行って翠と会ったことも、そこをこぐろが見張っていたのも、篠田は知っているはずだ。

 しかし、蒼と砂那が何をしようとしているかは知らないだろう。


 だから、万が一に蒼が口を滑らすと、翠を手伝っている篠田と、それを阻止しようとしている自分達は敵対関係になってしまう。


「ハルは仕事か?」


「依頼でな。………お前のほうも、総本山の仕事か?」


「違う。総本山がBクラスの俺に仕事なんぞよこさねーの知ってるだろ」


 蒼のその台詞に、篠田はわざとらしく顔をしかめて、両手両肩を挙げた大げさなリアクションをとった。そこで砂那は、驚きの声を上げる。


「Bクラスって、――――あなた、あの囲いで〈ぶん〉なの?!」


 砂那は目を大きく開き、信じられないように篠田を見ている。そんな彼女に、篠田は冗談じみたように言った。


「あぁ、俺はBクラス、総本山ではまだまだだ」


 総本山の中にはくらいがある。


 こく〈C〉から始まり、分〈B〉、秒〈A〉、AAダブル〉、こつAAAトリプル〉、ごう〈S〉、雲耀うんようSSダブルエス〉と言うように位が上がっていく。


 これはときを割った読み方で、秒を十で割ったものをを十で割ったものをこつ徐々じょじょに速くなっていく。


 過去に接点があったかは不明だが、これは薩摩の方で栄えた剣術の、示現流じげんりゅうと全く同じで、示現流じげんりゅうは剣の速さ、囲い師は多角な囲いや、囲いの速さにより上位とされているからである。


 そして、砂那が驚いた箇所は、八坂神社の氏神様うじがみさまはそれほど強力に無いにせよ、彼は神様をおさえるほどの力量を持っているからである。


 それだけでも高い位を貰える力量だと思うし――――それにあの囲いだ。


 砂那の師匠に当たる華粧かしょうでさえ、あれほど綺麗な囲いを張ったところを見たことがない。


 なのに、彼は総本山では下から数えて二番目の位置の〈分〉である。これが本当なら、総本山の囲い師はどこまで凄いのか見当もつかない。


 総本山を目指している砂那だが、今の力量では、全く話にならないかも知れない。


 ちなみに華粧は昔から個人で祓い屋をやって居るので、総本山との繋がりは太いが所属はしていないので、位をもって無い。


 父親の善一郎ぜんいちろうは総本山に所属しているが、砂那には仕事の話を全くしてくれないので、彼女は父親がどの位に居るのかを知らない。


 解らない総本山の情報が、篠田を見ていると余計に解らなくなる。


「そう、あの囲いでBクラスなの………」


 砂那はショックを受けたように、何度も口走った。


 それを見ていた辰巳がしびれを切らしたように口をはさむ。


「いい加減にしろ、てめーがBクラスなのは不正な扱いだと、自分でも解っているだろ、ちゃんと教えてやれ。こいつ、篠田は上の連中に嫌われてるんだよ」


 後半の台詞は砂那に言ったものだ。その後、辰巳も篠田が好きでは無いのか、イラついたように顔をしかめると横を向く。


 篠田は苦笑いしていた。


「まぁ、俺の方は正式な仕事じゃないけど、その嫌われている偉いさんから頼まれてな。とっ言っても、俺の仕事はもう終わったんだけどな」


 そう言って篠田は頭を掻いた。その台詞で、蒼と砂那はお互いの顔を見合わせた。


「………終わった?」


 彼の仕事と言うと、こぐろからの映像を見る限りでは、翠の式守神しきしゅがみとの契約を助けていたのだろう。


 助けると言っても、式守神しきしゅがみとの契約自体は他人が手出しできないので、断食などで危険な状態にならないように、サポート役として彼女を見守っていたのだと思う。


 しかし、その仕事が終わったのなら、やはり翠は式守神しきしゅがみとの契約も諦めたのだろうか。


 二人の考えが解ったのか、篠田は首を振って言葉を続けた。


「あぁ、これ以上は無理だと判断して、俺はこの仕事を断ったんだ。しかし、彼女は諦めきれず、また行ってしまったよ」


「行ってしまったって、翠さん八坂神社に戻っちゃったの?」


 砂那の焦りの声に、篠田は頷いた。


「あぁ、何度も止めたが無理だった」


 その台詞に砂那は慌てて蒼を見る。


「蒼、急ごう!」


 急かす砂那に、蒼は口を閉じたまま、少し待つようにてのひらを広げ彼女を止める。

 彼は篠田から目を離さず、少しだけ真剣な瞳を向けていた。


「――――シノ、一つだけ聞いていいか?」


「ご自由にどうぞ」


「この辺りの氏神様うじがみさまを、すべておさえてたのはお前か?」


「えっ?」


「はぁ?」


 その台詞に、砂那と辰巳は同時に声を上げ固まる。


 蒼の言っている意味が解ったからだ。


 昨夜、砂那が蒼に教えてもらったのは、生け贄の最悪な状態は、この町のすべての人を犠牲にすると言うものだった。


 しかし、町全体となれば、現実的には無理な話だし、それをすればこの辺りの土地の守り神、氏神様達うじがまさまたちが黙っていないだろうとも言っていた。


 だが、その氏神様達をおさえればどうであろうか。


 生け贄の方法は解らない。しかし、翠がすべての人を殺していくのは不可能だろう。

 だから、契約した後に、|疫病《えきびょう》や呪いの様なものが現れるのか、暴れ神が直接手を出し、暴れまわるのかは解らない。


 しかし、それを止める氏神様うじがみさまがいないのなら、犠牲者は普通よりも多く出るだろう。


「お前っ!」


 辰巳も知らなかったのか、そう小さく呟き、驚きの顔で篠田を見ていた。


 しかし、当の篠田は全く悪びれている様子もなく、口の片隅を上げてあっさり頷く。


「あぁ、おさえてた。最初から彼女には無理だったからな。だが、この辺りの氏神様うじがみさま全てをおさえておけば、暴れ神の気持ちも変わるかも知れない。わずかにでも可能性が上がるのなら、そうするさ」


 その当たり前のように答える台詞に、砂那と辰巳は信じられない顔をする。


 しかし蒼の方は、その台詞が解っていたのか、ため息交じりに答えた。


「やっぱりか。相変わらず、目的の為なら手段を選ばない奴だな」


「仕事には手を抜かない主義でね」


 両手を上げて軽く答えてから、篠田は少しだけ睨むように目を細めて蒼を見た。


「――――まっ、お前よりマシだがな」


 今まで、どこか軽薄で、いい加減な態度だった篠田だが、その一瞬だけは怒りを面出(おもてだ)したように見えた。


 しかし、蒼から目線を外すと直ぐに表情は戻る。


 蒼のほうは目を閉じて、誰にも聞こえないように小さく「………かもな」と呟いた。


 二人の間に何があったのかは解らないが、砂那はそのやり取りに、戸惑っている様子だ。


 辰巳の方は、篠田を責めるように彼を見て顔をしかめているが、蒼と砂那の二人には責めているところを聞かれたくないのか、口を閉じたままだった。


「それより、君は折坂さんかな?」


 急に話を振られたので、砂那は慌てて頷いた。


 篠田はそれを見て、翠の家の中に入り、紙袋を引っさげて出て来る。


「これ、君のだろ? 折坂 善一郎おりさか ぜんいちろうが使っているのと同じ短剣だから解った」


 篠田は紙袋を砂那に差し出した。砂那は紙袋を受け取ると中身を確認する。


 そこには昨夜に八坂神社で使用した、十六本のダガーが入っていた。


「わたしのダガー、ありがとうございます」


 砂那のお礼に、篠田は照れ臭そうに笑う。


「いや、中々の囲いだった。おかげで切るのに苦労させられたよ。ハルが肩入れしてるのも納得できる」


 そう言って篠田は茶化したように蒼を見る。

 蒼はまたかとでも言いたげにため息を吐いた。


 篠田といい、ベネディクトといい、蒼の事を知り尽くしたように、勝手に好みを決めつける。


「そんなんじゃない、やめてくれ」


「まぁ、良いけどな。ともかく、俺はこの件からは手を引いたから手出しは出来ない。だから、急いでやってくれ。彼女の体力がもう持たないだろう」


 篠田の最後に放ったまともな意見に、蒼と砂那は大事なことを思い出したのか、頷くと慌てて自転車に跨った。


「悪いなシノ、もう行く」


「あぁ、またなハル」


 篠田と目線を交わし、蒼はロードバイクに跨ってスピードを上げる。


 篠田は二人が見えなくなってから、浅く笑った。






「おい、お前、何考えてやがる!」


 蒼達が見えなくなってから、辰巳は篠田につって掛かった。


 元々囲い師は、悪霊を祓ったり、悪い神様をおさえるために生まれてきた職業だ。


 なのに篠田は逆に、翠に暴れ神を式守神として憑かすため、その暴れ神が生け贄を差し出せと言いやすい状態を作ったのだ。


 これでは囲い師とは言えない。


 しかし、当の本人は全く悪びれている様子は見当たらなかった。


「色々と考えてるよ。だけど、ハルが行ったから、事は進んでいる」


「事が進んでるって、………もし、今の状態で、暴れ神が生け贄を要求したらどうするんだよ! 氏神様なんぞおさえやがって、事態が大きくなったら死人が出るぞ」


 その言葉で、篠田は今気付いた様に、辰巳を見た。二人の話はかみ合っていない。


「あぁ、そっち? そっちは全く問題がない」


「問題がないって、お前、問題あるだろ?」


「いや、問題はない。それより俺も八坂神社に行くけど、付いてくる?」


 いい加減なのか、自分の非を認めないのか、篠田はかたくなに問題ないと言う。


 辰巳はこんな者が囲い師をやっていること事態が心配になった。


 それは、総本山の上の連中も同じで、彼を嫌っているのではなく、危険を感じているのかも知れない。


「俺は、安部さんやお前の考えが解らない。だけど、これ以上危険がないかだけは見てやる。これでも囲い師の端くれだからな」


 そう、本来の囲い師はそれを止める方である。


「いい心がけだ」


 篠田は感心した様にそう言うと、翠の家の中に入りヘルメットを二つ取ってきて、一つを辰巳に渡した。


 そして、ヘルメットをかぶりながら呟く。


「――――だけど、本当に危険な存在は、野放し状態だがな」


 その呟きが聞こえなかったのか、辰巳はヘルメットをかぶりながら問いかけた。


「なにか言ったか?」


「いや、別に」


 篠田はしらを切った。

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