第16話 間章《八坂神社でのやり取り》



間章  《八坂神社でのやり取り》





 篠田は社務所の中に入ると、直ぐに左手で空中に十六芒星ぼうせいを描いた。


 そこから、とんがりブーツを脱ぎ捨て、登り口の障子戸をあけて玄関から上がってくる。


 みどりは視界に入らなくても、そのガサツな足音から、篠田が帰ってきたことを理解した。


 篠田は翠の近くに座ると、コンビニのビニール袋の中からおにぎりを取出し、ビニールをがすとそれにかぶりついた。


 そして、行儀悪く食べながら翠に声をかける。


「ハルが来てただろう?」


「?」


 翠は顔を篠田に向け、解らないと言った様に眉間にしわを寄せた。


折坂おりさかと男の人が来てたけど、その人は名乗らなかったわ」


「折坂って、善一郎ぜんいちろう?」


「いえ、その娘よ」


「ふーん」


 自分から振った話なのに、篠田は興味なさそうに答える。


 折坂 善一郎に娘がいたことは初耳だが、全くと言って篠田には関係のない話だ。


 篠田はおにぎりを食べ終わると、今度はペットボトルのスポーツ飲料を取出し、キャップを開けると翠にさし出した。


 そこで翠は嫌そうな顔をする。


 彼女が今おこなっているのは、暴れ神に気に入られるように、覚悟を見せるために断食しているのだ。


 篠田のこの行動はそれに反している。


 翠は又かと言いたげにため息をついた。


 どういう情報から流れたのか解らないが、翠に霊能力があると解ってから、総本山の安部 智弘あべ ともひろと言う男が、暴れ神を式守神しきしゅがみにするように翠に話を持ちかけたのだ。


 式守神しきしゅがみを持った囲い師に憧れていた翠は、その話に乗って、暴れ神を式守神しきしゅがみにしようとしているのである。


 翠の祖父のほうは、それ以外にも何か安部と取引している様子だが、そちらの内容は知らない。


 今の翠は目の前の事で手がいっぱいである。


 そう、式守神しきしゅがみに憑いてもらい、目の前に居る、憧れていた少年に、少しでも近づくために。


 なのに、話を持ちかけて来た、安部と一緒に来たはずの篠田は、翠に囲いを強要して、彼女の囲いを見ると諦めることを進めた。


『無茶だ、やめておけ』


 首を振って、簡単に一言。


 一緒に来ていた安部や、名前が解らないが外人の男性が、何とか篠田をなだめて、渋々と言った具合に篠田は納得したのである。


 そして現在は、翠は篠田に見守られながら、式守神しきしゅがみに憑いてもらう契約を行っている。


 しかしその最中に何度も、篠田は翠に諦めることを進めた。


 だから今回もそうだろうと翠は思ったのである。


 彼は遠回しに、私に諦めることを進めていると。


 理由は翠にも解っていた。


 何度も暴れ神に声をかけるが返答もなく、このまま行っても、もし話を聞いてくれるなら、暴れ神は式守神しきしゅがみになる代わりに条件を出してくるに違いないからだ。


 翠は有る程度の条件なら受け入れるつもりでいた。


 上高井家の血筋の者全てぐらいなら。


 それは他人から見れば、ひどい人間に見えるかもしれないし、自分でもそう思う。


 しかし、自分は霊能力も少なく、囲い師の才能はの方だろう。だから、これを逃すと次がないこともわかっている。


 今まで霊能力もなく諦めていてから一転、かすかではあるが、自分の望んでいる者になれる魅力。


 若さゆえに、それを簡単には手放せない。


 それに篠田も、諦めることを進めるわりには、周りの氏神様をおさえ込んだりと、一番最悪になるケースの準備も、進めいるのだ。


 そう、この町の全ての者を生け贄にする準備さえ。


「篠田さん、言いたいことは解るけど、私はまだあきらめたくないから」


 その台詞に篠田は、今気付いた様に頷くと、翠の前にペットボトルを置き、自分は先ほどから飲んでいた微糖の缶コーヒーに口を付けた。


「あぁ、そのことか。怒るなよ」


 篠田は断りを入れてから話し出した。


「このまま断食して話しかけていても、暴れ神は式守神しきしゅがみになってくれない。絶対にだ。条件を出してくると思っているかもしれないが、神様はそこまで甘くない」


 篠田のその台詞で、翠は驚きで目を見開いた。


「このままいったら君が倒れて、救急車が来てそれで終わりだろう。なぜなら、君の考えが甘いからだ」


「甘い? 私は皆を犠牲にしても式守神しきしゅがみに憑いてほしいと、そう思ってるのよ!」


「出来れば犠牲はけたい、条件が来て、この町の人間すべてを犠牲にするくらいなら、あきらめよう。そう思わなかったか?」


 翠はその意見に黙り込んだ。


 確かにそうだった。


 篠田が周りの氏神様を抑え込んだと聞いた時も、そこまでしないと答えたのだ。


「神様は心を読むぞ。そんな中途半端な考えなら、絶対に話しかけてこない。だからこれはここまでだ」


「……………」


 翠は黙り込み、静かに涙を流した。


 もう、疲れて頭が回らないし、感情も高ぶってくる。


 理想の自分が目の前にあると思い込みたいが、そんなものは最初から、何処どこにも無いと知っていた。


 言われなくとも解っていた。


 誰かを犠牲にする条件を出されたら、自分は躊躇ちゅうちょすることも。


 だけど、最初から無理だと、あきらめたく無かっただけ。


 しかし、もう認めるしかない。


 最初から、自分は憧れた人物の様にはなれないだと。


「解っていたわよ、力がないって。それでも成りたかったんだから! 二年前に初めてあなたを見た時から、あなたの様に式守神しきしゅがみを持ったすぐれた囲い師に!」


 体の中の水分が少ないのか、悲しいはずだが涙は直ぐに止まった。


「だから怒るなと言っただろ。それに、俺は優れてなどいない。憧れてくれるのは結構だが、俺程度に憧れないで、もっと視野しやを広げた方が良い」


 篠田が謙遜けんそんでそう言おうが、出来ない者からすれば、どうしても上からの目線に聞こえる。


 だけど言い返せない。


 彼は無理だと解っていても、ここまで翠を見守ってくれていたから。


 だからこれ以上は迷惑を掛けれない。


 終わるしかないのだ。 


 翠はたたみの上に置かれたスポーツ飲料に口を付け、一口飲んだ。


 これで終わりだ。自分の覚悟も、成りたい者も。


 篠田は満足そうにその様子を見ていた。


「急に飲んだら体が驚く、ゆっくり飲めよ。それで、飲みながらでいいから聞いてくれ」


 翠は言われた通りに、ゆっくりとスポーツ飲料を飲みながら、篠田の顔を眺めた。


「だから今までは無理だと思ったが………」


 そこまで話して篠田は翠を見た。


 口元には薄く笑いを載せて。


僥倖ぎょうこうだ、成功するぞ!」


「えっ?」


 翠は慌ててペットボトルから口を離し、驚いたように篠田を見た。


「………成功するの?」


「あぁ、俺の考えが正しくて、ハルが来てるなら成功する。だから、どうする? 作業を進めて良いか?」


 戸惑とまどったように翠は頷く。


 ハルとは多分、さっき折坂が連れてきた男の人だろう。


 その人がどう関係するのか解らないが、助けてくれるのだろうか。


「解った、ならナインワードに手伝わせるから電話する」


 そう言って篠田は、ベルトループに付けるタイプの腰バックからスマートホンを取出す。


「それは良いけど、私、スポーツ飲料飲んじゃったのよ?」


 慌てている翠に対して、篠田はスマートホンの画面を見ながら頷いた。


「あぁ、問題ない。別のやり方をするから」


「絶食の他に、式守神しきしゅがみに憑いてもらう方法があるの?」


「あぁ、ちょっと変則へんそくだがな。………こっちから暴れ神に条件を出す」


 篠田の言葉に、翠はただただ混乱する。


 先ほどまでとは全く逆の立場。翠の霊能力からして、こっちは圧倒的に下な立場のはずだ。


 だから、今までは暴れ神にお願いしていたのに、今度は逆に、こっちから条件を出して式守神しきしゅがみになってもらう。


 翠には篠田の考えが理解できない。


 その篠田の方は、自分の台詞で大切なことを思い出し、スマートホンから目を離すと、翠の方を向いた。


「そうだ、忘れていた。上高井は今から暴れ神に向かってこう言ってくれ」


 翠はまだ理解できないその状況に、それでも眉毛をしかめたまま耳を傾けた。


「あなたが危なくなったら、私が助ける。だから、その時は私の式守神しきしゅがみになりなさい。と」


 それを聞いても、篠田が何をしたいのか、翠にはまるで理解出来なかった。


 こんなに強力な暴れ神が、危ない状況になる訳とは何なのか。


 しかし、一度は諦めた状況を、篠田が成功すると言ってくれたのだ。


 掛け値なしに信じても大丈夫な気がした。


「解ったわ、言ってみる」


「あぁ、それが終わったら家に一旦帰ろう。少しでも体調を立て直しておかないと、全ては明日に決まる」


 篠田はそう言ってから、やっとスマートホンから電話を掛ける。


 相手はナインワードという外人で、この場所の結びを切った張本人だ。


 翠は前を向くと正座をして、言われた通りの台詞を暴れ神に伝えると、乱れた衣装のまま、篠田とともに社務所を出ていく。


 あとから考えれば、確かに篠田の言った通りに、翠は自分の視野が狭いと解った。


 だけど、今までと同じように彼を憧れ続けた。

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