第13話 エリートでない囲い師
「納得は………
「なぜ、彼女はそこまでして、
それから蒼の横に移動して、さきほどの彼と同じように、テラス戸から足を出して座り、月に顔を向けて、少しだけ遠くを眺めるように目を細めた。
蒼も外に顔を向け、二人して月夜の空を眺める。
「この町で囲い師は、わたしと翠さんの所しかなかったの。だから、昔からよく翠さんと話はしたのよ」
砂那はそう話してから、蒼の方を向き、少しだけ笑顔を見せる。
「よく話したと言っても、翠さんはわたしより二つ上で、学年が違ったから会えば立ち話をする程度だけど。………それでも、わたし達はよく話ししたよ。囲い師のことや、霊能力のこと。その頃の翠さんは霊能力が無いって思っていて、囲い師になる方法を探していた。でもそれは、おじいさんに強制されたからじゃないわ。翠さんはある時に見た囲い師が、
なるほどと蒼は頷く。
その内容から、砂那が翠に肩入れしている理由もわかったし、翠の気持ちが理解できた。
蒼も翠と同じで、飛びぬけた才能を持った囲い師、
しかし、蒼には祓い屋としての才能が全くなく、何とか祓い屋になる方法を
そして、蒼は魔法と言う力を手に入れた。
翠の場合も同じだろう。
これは、今まで欲しかった、自分が望んでいる者になるチャンスなのだ。
それが
それとは別に、翠がおじいさんに強制されている場合でも、華粧さんが説得したところで、その老人は耳を貸さないだろう。
老人にとっては、代々囲い師をやってきた一族を、自らの手で
その彼が
その好機を簡単に手放すわけがない。
どちらにせよ、説得しても簡単にはいかないだろう。
そこまで考えてから蒼は答えを出した。
「説得は無理かもな………」
「うん、わたしもそう思う。だけど、納得させないと、翠さんの体が危ないし、万が一に暴れ神が翠さんの声に耳を傾けて、生け贄を要求したら大変なことになるよね?」
「その翠さんが、生け贄を提供すると言えばの話だぞ。まあ、さっきは大袈裟に言ったが、生け贄をささげると言っても、暴れ神が暴れ出したところで、この町の全ての人をどうこう出来る事はない。確率は低すぎる話だ」
「………でもゼロじゃない」
砂那はその台詞を吐くと、覚悟を決めたように蒼を見つめる。
睨み付けるように強く。
その瞳は、先ほどの弱々しいものではなく、いつもの勝気な光が戻っていた。
「それなら翠さんが納得しなくても、するしか無い方法を選択するわ。………蒼、暴れ神を祓ったら、どんな支障が出るか教えて」
蒼は砂那のその台詞に、彼女らしい真っ直ぐさを感じた。
「――――暴れ神を囲う気か?」
砂那は当たり前のように頷く。
「えぇ。翠さんが失敗すると決まったわけじゃない。口で言って解らなかったら、囲うわ。翠さんには悪いけど、今回は諦めてもらった方が良いし、別の
自信ありげに
「まぁ、わたしも囲い師としては、まだまだ努力不足だけど………」
蒼は、彼女の少し濁したような台詞に対して微笑み、先ほどの問われた答えを返す。
「暴れ神は乱暴な神様だが、結ぶだけで、祓わずにいるところを見ると、この辺りの重要な役割の霊体なのかも知れない。下手に祓うと、この辺りの神様たちの
「祓った後に、代わりは立てられない?」
「立てることは出来るが、あこまで力の強い神様はそういないし、代わりの神様がどこまで力を出せるのかが問題だ。阿紀神社のような大きな神社に
囲い師において、囲いのスピードや正確さは必要だが、多角な囲いも重要である。
強力な悪霊が相手だったり、
もちろん多角な囲いの方が、固くて強力だ。
蒼の問い掛けに、砂那は戸惑ったように目線を泳がせた。
「………えっと、コートに収容できるダガーが十六本有るから、コートを二つ用意して、一度だけ三十二囲いまではした事が有るけど………」
「三十二囲いって………」
想像していたよりも大きな答えが返ってきて、蒼は少し目を見開いて砂那を見る。
彼女の年齢で三十二もの囲いを使える者は少ない。
しかも、その口調からすると、それで限界を感じていない様子だ。
砂那は、蒼が思っているよりも、すごい人物かもしれない。
「それだったら、最初の方に行った小学校跡地は、校舎ごと囲えばよかったのに」
「えっ?」
「いや、ほら、あの時、ナイフは十六本しかなかったけど、八坂神社の時のみたいに、石でお札が飛ばないように固定すれば、三十二枚置けるし、大きく囲えば校舎ごと囲うのは可能だろ?」
「三十二っ……あっ!」
蒼の答えを聞いて、砂那は今しがた気付いた様に、大きく口を開けてから真っ赤になった。
全く考えもつかなかったが、たしかに三十二囲いなら、校舎ごと囲うことが出来る。
これでは、完全にパンツの見せ損ではないか。
それから砂那は何かに気付いたのか、座って少しだけ乱れている、淡いピンクのワンピースの裾を、蒼から見えないように伸ばしていた。
「話がそれたから戻すけど、暴れ神ごと、あの山の頂上部を囲うなら、三十二よりも多角な囲いが必要になるぞ。それを、囲えるか?」
「………多角な囲いね。あれなら五十囲いぐらいはいるかな?」
砂那は思い出しているかの様に、少し上の方を見ながらすぐに答えを出した。
やはり
砂那は、祖母の
戦術的な囲いを考案した、華粧の囲いの
目の前の悪霊を
それにより早く祓うことを第一に考えている。
たとえば、五つ囲いで祓える悪霊に、六つ囲いや、八つ囲いを使っていては、お札を張り付ける為の、余分な時間がかかるし、お札もばかにならない。
小さなことのように感じるが、それで何体も囲っていくと、そのわずかな時間でも大きく違ってくる。
確かに、華粧のその考えは合っているし、速さに関しては、囲い師においては最速だろう。
だから、いち早くその最適な囲いを見極める
「五十囲いか。砂那は出来そうか?」
「………五十囲いは、今までやったことがないから解らないわ。………後で一度試してみる」
砂那はそう言ってから、何が楽しいのか口元を緩めた。
「まぁ、それが出来れば祓うことは出来るかもしれないが………どうかしたのか?」
その様子に気づいた蒼は、言葉を止めて砂那をみた。
しかし、とうの本人は気付いていないのか、不思議そうに見つめ返して来る。
「………なに?」
「いや、笑っていたから」
そこでやっと気づいたのか、砂那は
「うん、………何だか、嬉しかったから」
「うれしい?」
蒼は砂那の顔を真剣に見続けている。
それが解って恥ずかしかったのか、砂那は蒼を見ようとはしなかった。
「実は言うと、わたしも翠さんと同じなのよ。小さい時は何も出来なかった。………極端に体が弱くて、囲い師がどうのこうの言う前に、体力が全然無くて駄目だったの」
そこでようやく、砂那は蒼の方を向いた。
「貧血ですぐ倒れたし、しんどくなって、良くもどしていたのよ」
彼女は寂しそうに目を閉じた。
「………蒼はわたしのお父さんが、東京の総本山に勤めていることは知っているでしょ? わたしはそんな状態だから、東京に着いていくことが出来ず、奈良に居て、おばあちゃんの元で、体力を付けたり囲いを習ったりしていたの」
彼女は簡単に話しているが、その話は今でも簡単で割り切れていない話だと、蒼にはわかった。
それは砂那の表情が語っていたから。
彼女は薄っぺらな笑顔を作り、辛そうな瞳を向けていた。
「だからわたしは、自分一人でも祓うことが出来るようになったと、証明しないといけないし、今まで出来なかった事が、出来るようになっていくのが嬉しいの」
そう言って、乾いた笑いを漏らした。
それが、砂那の願い。
蒼はその話で、彼女の今までの態度も理解できた。
一人で頑張っていたのも、強がっていたのも、すべては………認められたいから。
その話から察するに、多分、囲い師の父親に。
最初は、有名な囲い師の
そんな人物のように見えたのだが、そうではなかった。
砂那も蒼と同じ。
腕の傷や傷跡からも読める通り、彼女は必死に努力して、自分の力で囲い師と言う場所に立とうとしている。
蒼はそんな砂那に、これまで以上に好感が持てたし、少しだけ、
蒼は砂那を見ると、やさしく微笑んだ。
彼女を守ってあげたい感覚。
年も静香と同じくらいか、それよりも年下かもしれない少女。
その感情は、静香に向けてと同じようではあるが、静香とは少しだけ違う感覚。
しかし、その感情に戸惑いを見せずに、蒼は平常心のまま答えた。
「わかった、それならリーダーに従うよ。…………暴れ神を囲おう。祓った後は俺も一緒に対策を考える」
蒼は力強く答える。砂那はその台詞に驚いた声を上げた。
「手伝ってくれるの? でも、契約は終わったんでしょ?」
「あれは、
少しおちゃらけた蒼の台詞に、砂那は急いで首を横に振った。
今回の件は、彼が居なければここまでわかるのには、もっと数日かかっただろう。
砂那一人では、翠さんが救急車で運ばれるまで気が付かなかったかもしれない。
「だったら、俺も気になることもあるし………砂那、まだ俺をチームの一員として手伝わさせてくれないか?」
「それは嬉しいけど、わたし、あまりおこずかい持ってないよ」
彼女は蒼を
蒼はいらないと首を振りかけたが、何か思い付いたのか、そのまま困った顔をした。
「だったら、お金の代わりに、一つだけ提案していいか?」
「ていあん?」
蒼は立ち上がると、砂那と向きあった。
「砂那、俺と魔法の契約しよう」
ただの感覚ではあるが、そう言った彼の後ろで、不細工な月が、少しだけ笑った気がした。
それが一瞬の出来事で砂那の脳裏に焼きつく。
突然の提案に、砂那は驚きの顔のまま、その姿をながめ続けた。
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