第12話 捜査終了



 八坂神社で悪霊が出ないように囲い直した後、家に戻った二人は祖母の華粧かしょうに報告した。


「なるほど、原因は上高井かみたかいだったかい」


 華粧はしばらく腕を組み、何かを考える素振りをしていたが、納得したのか一人頷く。


砂那さな、上高井さん所の話は知っとるね?」


「うん」


 砂那は頷くと、この辺りの事情を知らないそうの為にか、顔を彼の方に向け、かいつまんで要るが詳しく話しだした。


「八坂神社で会ったのは、上高井 翠かみたかい みどりさんと言うの。わたしの家と同じくらい古くからの囲い師で、昔は上高井さんの家の方が凄い囲い師だったわ。だけど、さっき言ったように、三代前に霊能力が途絶とだえて衰退すいたいしていて、今は饅頭屋さんをやっているのよ」


 砂那の話に、華粧は首を振った。


「砂那、それは少し前の話なんだよ」


「えっ?」


 驚いた砂那は華粧へと顔を戻す。


「私も聞いた話だがね、最近、上高井の孫の翠に、霊能力が有ると解ったみたいだよ」


「翠さん、霊能力があったの?」


 砂那は、少し腰を浮かし机に乗りかかるように前のめりになった。


 華粧の話を聞いてようやく蒼は納得する。


 式守神しきしゅがみの契約の儀式をしていたのだ、そうしか話が合わない。


「上高井のじいさんはえらい喜んだと聞くが、その話からすると本当だったみたいだね。………あの老人、焦ったね」


 華粧は少しだけ目を細めた。


 三代と言うと、ちょうど上高井のおじいさんの代で霊能力を無くしたのだろう。


 今まで歴代の祖先が、祓い屋として栄えてきた上高井家を、霊能力の無くなった自分か閉ざした。


 彼にとって、孫に霊能力の有ったということは何よりの喜びで有ろう。


 しかし、昔の威厳いげんを早く取り戻すため、上高井の老人は孫に、力の強い暴れ神を式守神しきしゅがみにするようにさとしたのか、翠本人が囲い師の力として、暴れ神を式守神しきしゅがみにしようとしているかは解らない。


 どちらにしても、浅はかな考えとしか言えないだろう。


「まぁ、上高井の孫に霊能力があったとしても、祓い屋になりたての者が、暴れ神を式守神しきしゅがみにするのは到底無理だろうよ」


 そう言って華粧は少し二人から目線を外した。この意見は蒼と同じだ。


「やっぱり無理なのかな?」


 少しだけ残念そうに砂那が呟く。


 本来の式守神しきしゅがみですら、よほどの鍛錬たんれんを積んだ祓い屋しかいてくれない。


 それほど式守神しきしゅがみとの契約というのは大変なことなのだ。それなのに他の神様となるとさらにハードルが上がるのは当り前である。


「まぁ、ここまで解ったなら上等だよ。後は、私から上高井の爺さんと、阿紀神社の神主に話してみるから、………あんた、ここまででいいよ」


「えっ?」


 砂那は華粧の言葉が、誰に対して言ったのか解らずに戸惑う。


「そうですね。………では、これにより契約を終わらせていただきます」


 蒼が頭を下げて答えたので、砂那は慌てる。


「ちょ、ちょっと待って、終わり? これで終わりなの?」


 思わずしがみ付きそうな勢いで、蒼の自転車用の長袖ジャージの裾を持つ。


 蒼はゆっくりと砂那の見た。


「砂那、契約は霊関係の理由を調べて解決するまでだったけど、その解決が霊関係でなく、人が関係してるなら、華粧さんに任せた方がいい」


「そうだけど………」


「それに、八坂神社はもう一度きっちり囲い直したし、前からあふれ出してた残りの悪霊も、俺が手伝わなくても、砂那一人でも十分だ。………だから、俺はここまでだ」


 蒼の答えに砂那は下を向き、渋々と言ったように彼の服を離す。


 朝はあんなに嫌がっていたのに、急な別れを惜しんだのであろうか。

 それとも、一人で祓うことに不安を覚えたのか。


「まぁ、今から帰るとなっても東京まで電車がないだろ。今日は泊まっておいき」


「ありがとうございます。助かります」


 蒼は華粧の言葉に甘えることにした。


 乗り換えに戸惑ったと言え、ここまで来るのに十一時間かかったのだ。

 今放り出されたら、どこかのホームで一夜を明かすことになりかねない。


「全く、これじゃ何のためにやってんだか………」


 話が終わり、ブツブツと文句を言いながら立ち上がる華粧と、その言葉を聞きながら少し目を細めて立ち上がる蒼。


 その中で砂那は一人、中途半端な結末に納得していない顔をしていた。







 ベネディクトに電話して結果を報告すると、帰りの予定を聞かれた。


 一晩、折坂家に泊めてもらい、明日戻ることをつたえると「解った」とだけ返答され、早々と電話が切られる。


 もう少し、こちらの内容など伝えたかったのだが、細かい話は明日にでも事務所ですればいいかと、やっと肩の荷を下ろす。


 それから好美さんに誘われ、出来たての食事を一度は断るが、彼女に、この時間には開いているお店が無いと不安をあおられ、朝と同じように押しに負けた形で、再び食事にあやかる。


 その後、お風呂を出てから、客室の雪見障子とテラス戸をあけ、脚を庭に投げ出して、夜風を部屋に招き入れながら、その風景を眺めていた。


 わずか一日と言う短い時間だが、田舎の良さを堪能できた。


 空気が都会よりもんでいて、草木や土のにおいが少しだけ強い。


 まだわずかに冷たい風が、お風呂上りの火照った体に気持ちがいい。虫が少ない今の季節だからこそ出来ることだ。


 庭の知識は無いが、それでも目の前には整えられた庭は立派で、植えられた黒松や、まだ時期ではないが、花水木はなみずきや本霧島のつつじをでていると、自然と気持ちが落ち着く。


 そしてその後ろには、もうすぐ半月を迎える月がたたずんでいた。


 庭は手前から奥にかけて、気持ち高台に成っている。それを考慮してか、手前と奥の枝の切り方を変えているので、奥行きが感じられ、広い庭がさらに広く見える。素晴らしい庭師の仕事だ。


 まるで、月も入れての、一枚の作品のように思える。


 そこで不意に何かを感じ取ったのか、蒼は突然目線を上げると、目を細め遠くの山を眺めた。


 最後の仕事だと、八坂神社を囲っていた人物を探るため、こぐろを残してきたのだが、こぐろから送られてきた念波の人物と、蒼が八坂神社で想像していた人物の一人が一致して、驚き大きく目を開く。


「――――シノ! あいつ、来てたのか」


 そう小さく呟いたとき、|襖《ふすま》越しに声がかかった。


「蒼、少し良いかな?」


「砂那? あぁ、別に構わないよ」


 蒼が振り向き返答すると、襖が開き砂那が客間に入ってきた。


 彼女は蒼より先にお風呂に入ったはずだが、服装は寝間着ではなく、淡いピンクの花柄の入った、ノンスリーブのワンピース姿で、手には新しい包帯を持っている。


 言いにくい話でもあるのか、目線を合わさないように少しだけ下向き、襖を閉めてそのままその場所にたたずんでいた。


 蒼は気を使い、あえて目線を外すと、外に足を投げ出した格好のまま再び庭を眺めた。その様子を見た砂那は少し肩の力を抜く。


「ここからの風景は情緒じょうちょあるでしょ。………わたしは好きなの」


 砂那はそう話しかけてから、裸足で畳をきしませながらゆっくりと近付いてきて、蒼のかたわらに正座すると包帯を差し出た。


「………………えっと、巻いて貰える?」


「あぁ、かまわないよ」


 彼女なりの、話をする切っ掛け作りなのだろう。


 蒼は頷と砂那と向き合って座り、包帯を手に取った。


 砂那はお風呂に入った後に、消毒をして、ガーゼを当てただけの腕を蒼に差し出す。


 あんなに大きなダガーを投げている割には、彼女は少女らしい腕をしていて、肌が繊細で細くて華奢きゃしゃだ。


 それなのに細かな傷跡がいっぱいついている。


 そして今回の傷口のほうは、昼間に結構動かしていたのだが、綺麗にくっ付いて来たのだろう、ガーゼに血のにじみはない。


 蒼はその腕を手に取ると、几帳面な性格を前面に出した様に、きっちりと包帯を彼女の左腕に巻いていく。


 砂那はしばらく、蒼が包帯を巻いていく手元を眺めていたが、フッと目線を上げると彼の顔を見た。


 しかし、彼女の少しキツイ釣り目からは、いつもの勝気な様子がうかがえなかった。


「ねぇ蒼、………蒼は、これからどうなると思う?」


 話の流れからして翠のことだろう。砂那は弱気に聞いてきた。


 魔法使いは式守神しきしゅがみを使わない。


 だから、魔法使いの蒼に、その事をたずねるのは間違っているかもしれない。

 しかし、今日一日、行動を共にしていて、彼は自分よりも祓い屋としての知識を持っていることは解っていた。


 砂那の問いかけに、蒼は淡々と答えていく。


「多分だが、暴れ神は式守神しきしゅがみになってくれないだろう。結びの方は再び阿紀神社の神主が結び直して、悪霊を出なくして終わりだな」


 さきほどの華粧と同じ意見に、砂那は残念そうに目線を下げた。


「………やっぱり、暴れ神を式守神しきしゅがみするのは無理なのかな?……………ねぇ、それって、わたしが何か手伝っても無理かな? わたしに手伝えることは何も無いのかな?」


 人がいいのか、何か翠に想い入れがあるのか、砂那はすがるように蒼を見たまま、そんなことを口走ってきた。


 しかし、彼女は一度、自分の式守神しきしゅがみ八禍津刀比売やがまつとひめとの契約をしていて、そんなことは出来ないと百も承知なはずだ。


「砂那は知っているだろ。式守神しきしゅがみとの契約に、他人が手伝えることは何もないよ」


「それは解ってるけど………」


「それに、今回は無理な方が良いんだ」


「無理な方が良いって、暴れ神は危険だから? 式守神しきしゅがみにしても言う事を聞いてくれないの?」


 砂那は、なぜ良いのか解らないと言った顔で蒼を見る。


 蒼は包帯を巻きながら言葉を続けた。


「うーん、そう言うこととはすこし違うんだ。………これは契約時の話で、式守神しきしゅがみと契約した砂那なら解ると思うが、式守神しきしゅがみは基本的には、自分より霊能力が高いか、徳が高くないと憑いてくれない」


 そのあたりの内容はもちろん知っているのだろう、砂那はうなずいた。


「しかし、もう一つ、別の方法も有るだろ?」


「うん。それは式守神しきしゅがみの方から気に入ってもらうこと。――――わたしと八禍津刀比売やがまつとひめの時もそうだった」


 出会った時に蒼が思った通り、やはり砂那は式守神しきしゅがみに気に入られ憑いてもらっているみたいだ。


 式守神しきしゅがみとの契約で、術者の霊能力が高いか、徳が高いのなら無条件で式守神しきしゅがみをしたがえられる。


 しかし、その二つが低いときは、式守神しきしゅがみの方に自分を気に入ってもらって憑いてもらう。


 その式守神しきしゅがみに気に入られる方法は幾つかあり、最も一般的な方法は、式守神しきしゅがみの近くにしばらくいて、何度も話しかけることである。

 自分の事や様々な考え。


 ようするに自分を売り込んでいくのである。


 その間は殺生を嫌う神様のために、動物性タンパク質を控えたり、覚悟を見せるための断食が基本なのだ。


 さきほど翠がやっていたのも、丁度これにあたる。


「砂那みたいに式守神しきしゅがみに気に入られれば、式守神しきしゅがみが心を開き自分に憑いてくれる。しかしそれは、相性や式守神しきしゅがみの好みが大きく、気に入られなかったら、いくら一緒に居ても無視されてしまう。……はい、次は右腕」


 蒼は左腕の包帯を巻き終え、右腕を出すように指示する。


 砂那は一言も聞き漏らすまいと、真剣に蒼の顔を見たまま、素直に従い右腕を差し出した。


「でもな、無視されている程度ならまだ良いんだ。悪いのは式守神しきしゅがみになる代わりに〈条件〉を出してくる時だ。とにかくこれがたちが悪い」


「条件?」


 砂那は式守神の、八禍津刀比売やがまつとひめに気に入ってもらって憑いてもらっている。


 だから、気に入られない時の内容は知らないのだろう。


「あぁ、これは俺も人から聞いた話だから確信はもてないが、質の悪い式守神しきしゅがみは見返りを要求してくる。しかも相手は神様だ。昔話や文献ぶんけんでよくあるだろ、質の悪い神様が要求するもの………」


 意味あり気に、蒼はそこでいったん言葉を止めてから砂那の顔を見た。


 砂那も真剣に見つめ返す。


「………条件、それは、すなわち――――生け贄だよ」


 そこでようやく、蒼が何が言いたいのか理解した砂那は小さく声を上げた。


「………生け贄………」


「上高井が式守神しきしゅがみにしようとしていたのは、暴れ神。その、暴れ神が質が良いか悪いかで言えば、確実に後者だ。そうでなければ阿紀神社の神主様に結ばれていない」


 砂那は頷いた。


「それなら、生け贄を要求される?」


「可能性は高い。だから、今回は無視されたままの方が良いんだ。まぁ、生け贄を請求してきても断ればいい話だけどな」


 砂那は前を向いたまま曖昧に頷いた。


「生け贄ってどれぐらい?」


「そうだな、その神様によってまちまちだ。一人二人ぐらいならまだマシだが、自分の力に箔を付けて、何十人も要求するかもしれないし、翠さん以外の、上高井家の血筋の人を要求するかもしれない。そして最悪は、この町のすべての人かもしれない。まぁ、この町全体となれば、現実的には無理だし、何より土地の守り神の、氏神様達が黙ってはいないだろうがな」


 そう言いながら、蒼は少しだけ頭をよぎった事が有った。


 この辺りの、すべての氏神様や山の神様を回ったわけでは無いが、砂那と出会った時に訪れた、忘れ去られていた氏神様以外の神社は、誰かに抑え込まれている様に、すべて神様の存在が希薄きはくだった。


 それが蒼の考えた通りなら、この町を生け贄にする準備は出来ている。


 しかしそんな大それたことは有りえないと、自分で自分の考えを否定した。


「………」


 砂那は今度は蒼の話をきいて、思い込んだように黙り込んだ。


「でも、最近やっと霊能力が有ると解った程度なら、彼女はそんなに霊能力が高くなさそうだ。それなら式守神しきしゅがみでも可能性が薄いのに、それ以上に難しい暴れ神なら、彼女の話を聞くはずもない。そもそも、その前に断食で彼女の体が持たないだろう」


 翠は断食により自分の体を支えるのがやっとの状態だった。


 その状態では、あと二、三日の間に辞めささないと命にかかわってくる。


「だから、力を手に入れたい彼女には悪いが、失敗した方が彼女の家族や、町の人にとっても良いんだ………はい、出来上がり。傷がしっかりくっ付くまでは無茶はするなよ」


 蒼は包帯を巻き終わると、余った包帯を綺麗に巻き直していく。


 砂那はその蒼の様子を目で追いながら呟いた。


「そっか、無理の方が良いんだ………翠さんは、そのこと知っているのかな?」


 蒼に尋ねても答えが解るはずもないのに、ついついそんなセリフが口に出てしまう。


 わずが一日であったが、蒼と行動していて、砂那は自分でも気付かないまま、知らず知らずに彼を頼っていたのだろう。


「それは解らないが、今回はやめさせた方が良いな。体の方も心配だ」


 蒼の台詞に砂那は頷いた。


「わたし、明日もう一度行って、翠さんに辞めるように説得してみる」


「それがいいと思うが、根本は彼女が納得するかだな」


 蒼は困ったように頬を掻いた。砂那は少しだけ顔をしかめた。


 翠が納得して辞めないと、こちらから無理やりに辞めさせたところで、再び同じ事を繰り返すだろう。

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