第10話 真相
あの後も答えが見つからず、夕暮れが町の建物をオレンジ色に照らしだす頃、二人は行き詰っていた。
結局は小さな町だ。
砂那は蒼にスマートホンを借りて、不慣れな手つきで地図とにらめっこをしていた。
自分の記憶と地図を照らし合わせて、最近だけでなく、以前から怪しく思った場所を思い出しているのだろう。
しかし、眉間にしわを寄せ、あまり上手く行っている様子ではなかった。
その様子に蒼が話しかける。
「砂那、昨日の夜に
今まで調べて気にかかる事は二つあった。
砂那には否定されたが、後半に全く手がかりの
それと、本日、立ち寄った場所は、確かに悪霊は多かったものの、それでも警戒するものは少なかったことだ。
使われていない小学校などは、他の学校跡でも、あの程度の悪霊は普通にいるレベルだ。
もし病院跡ならもっと多いぐらいである。
砂那と出会った時のように、憑かれた動物など
彼女には言わなかったが、あの程度の悪霊なら、蒼達が
砂那のスマートフォンをいじっていた手を止め、考えるように
「あの犬? あの犬達は昨日の家の近所の山でよ。………でも、あの辺りは空気が
後半は蒼も彼女と同じ意見で、あの犬達は別の場所から来たものと考えていた。
砂那が言ったようにあの山に空気の
しかし、わざわざ砂那の家の近くのあの場所まで、移動して来た理由は解らないし、蒼も砂那も犬達がどこから来たのかもわからない。
犬から正解を探るのは無理だろう。
「それなら、これ以上は手掛かりが無いな。…………砂那、やっぱり………」
一度は却下されているので、言いにくそうにしている蒼の台詞を砂那は奪った。
「
そう言ってスマートフォンを蒼に返す。
「あぁ、もう一度見てみたいが、かまわないかな?」
「朝も行ったし、無駄足とは思うけどね。………だけど、正直、それ以外は思いつかないし、蒼の
砂那はぶっきら棒にそう言うと、桜色した自分のシティバイクにまたがった。
その様子に蒼は少しだけ口元をゆるめる。
彼女は何だかんだと言っても、ちゃんと蒼の意見を聞き入れてくれる。
二人は夕暮れ間近の時間に追われながら、阿紀神社に続く坂の手前までやってくると、自転車を止めて坂道を見上げた。
砂那の方は、顔をしかめた渋い顔を見せる。
坂を目の前にして思い出したが、阿紀神社に行くには、この坂を登らなくてはいけない。
さきほどを考えると、蒼は砂那よりも楽にこの坂を登っていくだろう。
それは体力も関係あると思うが、ギヤがついているなど自転車の性能も大きいと思う。
少しずるいと、砂那は蒼のロードバイクを
蒼の方は坂道を見ずに、別の道を見ていた。
阿紀神社に続く坂の前は、
今来た道と、阿紀神社に進む坂道、そしてもう一本の道。
朝は阿紀神社ばかりに頭が行き、その道を気にせずに坂を駆け上ったが、その道は山の
「砂那、これはどこに行く道になる?」
蒼はその、山の
「えぇっと、そっちに行ったら県民グランドよ。そこから、かぎろひの丘に抜けれるわ」
この辺りで有名な観光名所の名前が出てくるが、蒼が聞いているのはそう言った意味ではない。
蒼は阿紀神社に続く坂道を、もう一度見上げた。
ここから山を見上げたら、薄っすらとではあるが綺麗な結びが見える。
蒼は自転車のスマートフォンホルダーから、スマートフォンを取ると、自転車のアプリを起動して、さきほどから何度も見ている、こぐろの走った履歴を見てみた。
こぐろも阿紀神社の綺麗な結びが気になったのか、迷わず坂を登っている。
しかし、坂の上は道が途切れているので、同じ坂道を下り、元の道を引き返して別の場所に行っている。
そう、三叉路のその道は、こぐろも行っていない。そして、その様子からして砂那も見ていないようだ。
蒼は少しだけ目を細めた。
「――――なぁ、今度はこっちに行ってみないか?」
「………別に構わないけど」
そちらに行っても怪しい所はないのか、彼女は
二人は三叉路を、坂とは別の道を向かって進んでいく。
道は山の
「ここはね、夏に花火大会とか盆踊りもするのよ………」
どうでもいい情報を伝えながら、砂那も蒼と同じところをみて居た。
蒼の
「砂那………これ、」
「……うん」
蒼は砂那に目線を送る。砂那は頷いた。
この場所は、山の麓を回ってきたので、さきほどの阿紀神社のちょうど裏手に当たる。
そこに、この地域の
一つの山に二つの神社。
その集落集落に氏神様が出来るので、どこにでも良く有る話だ。そこは問題ではない。
「八坂神社か」
蒼は神社前に立っている観光客用の案内を読む。
記載されている地図を見る限り、こちらは阿紀神社とは違い、小さくて完全に地域の氏神様を祀って有る神社のようだ。
そして、その八坂神社に向かう為の、細い道が続いている。
こちらは山道の様な道で、一応舗装はされているが、アスファルトではなくコンクリートの舗装された道路で、作られてからは整備がされておらず、路面が荒れていて坂がきつく、自転車で登るのは困難だろう。
二人は自転車を降りて、山を眺め続けた。
蒼から見た山の中腹部には、黄色や赤色が数か所に渡って見える。
「どうして、」
いまだに目の前の現実が理解できないのであろう。
砂那は解けなかった問題に、
彼女は、この山は阿紀神社の結び師によって守られていると思っていた。その先入観があるから今まで調べなかったのだ。
しかしそれは、少しでも拝み屋をかじった人なら当たり前のことで、誰もがそう考えるだろう。
だが、いざ視てみると、ここが問題場所だと解る。
「とにかく行ってみよう。理由が解らない」
蒼の声に、砂那は慌ててロングコートを
二人して八坂神社に向かう、ギリギリ車が通れるぐらいの細い道を歩いていく。道の
その様子から、この時期は参拝人がいないのが解った。
その為、夕日が草木に遮られ、道には申し訳ない程度の街灯が有るだけで、夕方なのにもう薄暗い。
気温はこの道に入っただけで、二、三度涼しく感じられた。
二人が坂を上がっていると、突如、ガサッと真横の草むらが揺れ、草と草の間に瞳だけが見えた。
蒼は二歩下がり、間合いを測ってから左手を前に差し出し、砂那は素早くロングコートからダガーを取り出して、その状態のまま器用にお札を突き刺し、それを両手に握った。
ガサッ、ガサッと、それはゆっくり、草をかき分けながら、腕だけを使い、
髪の長い女性。着ているものは汚れている
少し、背筋に寒気を感じ、体中の体毛が逆立つ。
実体は無いが、霊視しなくても分かるほどハッキリ見える悪霊だ。
しかも
草むらから出てきたその女性は、―――腰から下は無かった。
バサバサの長い髪の毛を引きづり、爪を地面に食い込ませながら、腕だけを使い、ズルズルと道に出てくる。
下から見上げる暗い瞳だけは決して蒼を離さない。
そして、道に出た途端、映像の早回しのように腕だけを使い、スピードを上げ蒼に
蒼はさらにバックステップしながら、彼の持つ魔法、ターンイービルの
少しまずいなと、左手で右腕を触ったその瞬間、ドスっと、上半身だけの女性に、一メートル四十センチの大剣が突き刺さった。
上半身の女性は腕を伸ばした状態のまま、蒼の手前で動きを止めた。
「―――砂那すまない、助かったよ」
蒼は礼を言って砂那を見るが、彼女は助けたつもりはないのだろう、蒼を見ていなかった。
「わたしをほったらかしとは、いい根性ね」
砂那は近寄ってくると、少し怒りの表情で悪霊を見下ろした。
その悪霊は、生前に男性に対して恨みを持つ様なことがあったのだろう。
だから、蒼を狙って来たと思うが、砂那にしてみれば、祓い屋として優れている、悪霊からすれば危険な方を先に狙ったと思ったのだろう。
だから彼女は怒っている。
「
砂那はそう言って、振り返ると草むらを睨む。
その瞬間に、ガサッガサッガサッと草が擦れる音をたてながら、山から道を越え、
砂那の
砂那は手前の二体を囲っていた。
蒼の前で上半身だけの女性は、ゆっくりと薄れていく。
「砂那、あまり深追いするな」
山を下っていく悪霊を追いかけようとする砂那を、蒼は止める。
今はこの辺りの、
悪霊ばかりを
砂那もそのことが解っているのか、そのまま追いかけずに足を止めた。
「もう、逃げちゃった」
「かまわない、今は原因を見つけよう」
「………そうね」
砂那は
結びは消えたわけではない。きっちりと存在している。
だと言うのに、山に登っていくにしたがい、ドンドンと悪霊は増えていく。
普通なら逆だし、本来は山を上がっていくたびに、悪霊たちは減らないといけない。
暴れ神を抑えつつ、その霊力で周りも浄化している。
それほどこの山の結びは素晴らしいはずだ。
参道には赤く塗った手創りの
八坂神社は、ご神木の杉の木の近くに
小さいながらも立派な作りの神社だ。
その中で異様なところは、境内の片隅にある、祭りなどの決め事で地元住民が集まる社務所だ。
入り口の
二人はその様子から目を離せず、ようやく分かった答えに息を飲みこんだ。
阿紀神社から伸びてきた結びは、社務所の後ろで結界が切られていて、結界の切れた穴を埋めるように囲いの結界が張られていた。
結びの結界が壊れたから、継ぎ足しのために囲いの結界を張ったとは考えにくい。
何か
それに、これも何か理由があるのか、社務所自体も囲いの結界の中に飲み込まれていた。
「………………砂那、この町に折坂家以外の囲い師はいるのか?」
「えぇ、居ることは居るけど、三代前に霊能力が
それなら、今この町で囲いが使えるのは、砂那と、砂那の祖母の
「なら、この町以外から来た部外者か……………」
しかし、こんな器用な囲いを張るのは、それなりの熟練者で有るのは間違いないはずだ。
ただ、熟練者のわりには、切った結びの結界の穴と、囲いの結界の大きさが合っておらず、いくつもの隙間ができているなど、いい加減さが気になるのだが。
蒼は頭の中に二人ほど思い当たる人物を思い描いたが、この町にはいないと頭を振り払った。
この結びは暴れ神を抑え込むものであるが、そういった力の強い神様なら、他の霊も寄ってくる。
暴れ神のように負の要素が強い神様なら、負の要素の強い霊たちも。
要は、その穴から悪霊たちが出てきているのである。
龍脈をつたい、廃校の小学校や
そう、今回の真相は囲い師による人災であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます