第8話 間章《蒼の部屋》
間章 《蒼の部屋》
「相変わらず狭いな」
ベネディクトは部屋に入るなり、そう呟いた。
それから、申し訳ない程度の玄関で靴を脱ぐと、我が物顔で
「えっ? 相変わらずって、ベネディクトさん、お兄ちゃんの部屋に来たことあるんですか!」
驚きの声を上げたのは、興奮状態で少し
彼女は青いリボンの付いたミュールを脱ぐ
「あぁ、自転車の受け渡しの時とか、何度かな」
ベネディクトは当然のように答えて、興味深そうに本棚を
以前来たときも思っていたが、一人暮しでこの大きさの本棚があるとは珍しい。
その本棚は、幾つかの集めている漫画の単行本の他に、お
「おぉ、
ベネディクトは本を手にとると、ペラペラと流し読みして本棚に戻した。それから唇を
「
「解っています! 別に何とも思っていません」
静香は言い返すと、「私ですら初めてなのに……………」などをブツブツと文句を言いながら部屋を見渡した。
キッチンとユニットバスが付いている、六畳一間のワンルームは、多少乱れているものの、整理が行き届き、蒼の几帳面さが
ここで株を上げておきたかった静香は、自分の部屋よりも片付いている部屋を見て素直に敗けを認めた。
それから、
「へぇー、お兄ちゃんって料理本なんて読むんだ」
現在
「あぁ、あいつの作るパスタは中々だぞ」
「ベネディクトさん、……少し黙っていてもらえます」
自分の独り言に、勝手に加わるベネディクトに対して、静香は結構本気の殺意を向けて睨み付けた。
ベネディクトは彼女に見えないように顔を背けると、いたずらっ子の様に口元をゆるめる。
その様子からして、どうやら解っていてやっているらしい。
そこで、本棚の片隅に数冊の雑誌を見つけ、手を伸ばし無造作にページをめくる。
「ほぅ、この手の雑誌はベッドの下が定番と思っていたが、こんなのまで本棚とは、あいつも
「何ですか?」
ベネディクトの驚きの声に、静香も横から覗き込む。
「肌色満載だな」
ベネディクトは率直な意見を述べた。
「ちょ、なっ、何を見ているんですか!」
静香は慌てて顔を逸らす。
「目に止まったんだ、仕方ないだろ」
「仕方なく在りません。見なければ良いのです。お兄ちゃんの、プッ、プライベートを
静香はベネディクトの手を押さえつける。
「解ったよ。たしかに同性者を見ても余り面白くもない、早く用件を済ますか」
ベネディクトは本を閉じると、元あった場所に戻す。
その時、ベネディクトの手元の奥の物が目に入り、気になったのか静香は離れていくベネディクトをチラっと盗み見してから、コッソリとそれを手にとった。
ベネディクトはベッドの下の引き出しを開けて、蒼の衣服を
目的の物はすぐに見つかったのか、余り荒らされることなく済んだようだ。
「おっ、あった、あった。なんだ、あいつ、なんだかんだ言って結構使っているじゃないか」
ベネディクトは、自分が買い与えた自転車用のジャージを引っ張り出すと、まだ探し物があるのか、キョロキョロと辺りをうかがう。
そこでコソコソしている静香を見つけた。
「静香っ、私にあぁ言った割にはお前の方が興味深々だな。でもな、中学生がそんなにマジマジと見る物ではないぞ」
今までの自分の
静香は慌ててそれを閉じてから、しばらくしてベネディクト言っている意味を考え、内容を理解したのだろう、頬を赤らめてさらに慌てて否定した。
「ちっ、違います! そんなの見ていません!」
「じゃ、何を見ていたんだ?」
ベネディクトは静香の手元を覗き込む。静香は
「アルバムって、お前、………あっ、」
そこで何かに気付いたのだろう、ベネディクトは重い溜息を吐いた。
「まるで嫉妬深い恋人だな。探し物は最近の写真か?」
「ちっ、違います! そっ、そりゃー、兄妹ですからね、お兄ちゃんがもてるのかなーとか、付き合っている人がいるのかなーとかは、気にはなるでしょう? ねっ、変じゃないですよ」
慌てて聞いていない理由を
「私は姉妹しか居なかったのでね、兄妹の感覚は解らないが、お前たちの状況をみれば変とは思わない。そう言った感覚は人それぞれだと思うしな。ただ、陰でコソコソ探るのはあまり感心しないぞ」
先ほど蒼のプライベートを、妹にまで見せつけていた人間の言葉とは思えない感想を残し、しゅんとしている静香に対してベネディクトはため息交じりに伝えた。
静香がただ自分の欲望の為だけに、それを探しているとは思えなかったからだ。
「私の知る限り、蒼が付き合っている形跡はないよ。どうだ、安心したか? ――――それとも、心配したか?」
「………………どちらでもないです」
複雑な表情の静香に対して、ベネディクトは少し意地悪しすぎたかと考え、彼女の頭を
蒼の言った通りだ、静香は純粋すぎる。それゆえの苦しみなのか。
「全く、お前はかわいいよ。まぁ、今は深く考えるな、成るようにしか成らん」
「………解っているつもりです!」
静香の苦しそうな答えに、ベネディクトは彼女の頭を抱き寄せ、頭のてっぺんにキスをした。
この辺りは外人なら当たり前の愛情表現だが、日本人の静香は未だに慣れない。
静香は顔を真っ赤にして、くすぐったそうに体をくねらせた。
「さっ、早いとこ車に積み込んで帰るとするか。静香も欲しい物は早目に積み込め」
「なっ、無いですよ!」
「有るだろ、歯ブラシとか、パンツとか。黙っていてやるぞ」
「有りますけどしません! それは犯罪です!」
ベネディクトは内心で「有るのか」と思ったが口には出さなかった。
もうすでに先ほど、ベネディクトが声を掛ける前に、アルバムから写真を一枚抜いていたことも。
「あぁ、そうだ、帰りは静香が鍵を掛けろよ」
「えっ――――、私、それ余り得意じゃないのですが」
「だからだよ。作る事も覚えとかなくちゃ、私の姉のようになるよ」
静香は「うぅ――――」と、困ったように眉毛を下げながら、アルバムを本棚にしまう時にその角があたり、隣の雑誌が床に落ちた。そして、その拍子に雑誌が開き、又もや蒼のプライベートが
二人して再び肌色満載の雑誌を見つめ、今度は静香は青筋を立ててベネディクトを睨んだ。ベネディクトは誤解だと言ったように首を振る。
「本当に
「あぁ、当たり前だ。これを私に振られても困る」
珍しく
静香はアルバムをなおし、その雑誌を拾い上げると、親の
「たっ、……確かに未成年が見る本じゃ有りませんね。お兄ちゃんも未成年だし、処分しておいた方がいいですね! ねっ、ベネディクトさんもそう思いですね!」
「そこは私に同意を求めないでくれ」
静香は怒りで肩を震わせながら叫んだ。
「お兄ちゃんは、……………変態です!」
「いや、それは外人に対しての差別だぞ」
ベネディクトの小さい声は静香には届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます