第7話 囲い師でも結び師でも無い者



 しばらく経ち、校舎から出てきた砂那さなは、半泣きの顔のままそうの隣を歩いている。


「まぁ、なんだ、――――無事で良かった」


 蒼は簡潔かんけつに感想を述べた。


 浄霊は砂那の圧勝で、蒼の十体に対して、彼女はほぼ倍の十九体だった。


 蒼も手を抜いたわけではない。それだけ砂那の浄霊は凄まじかったのだ。


 しかし、もっと胸を張って良いはずの砂那は半泣きで、蒼は彼女をたたえるわけでなく、少し気まずい雰囲気ふんいきを漂わせ、彼女から目線を外していた。


 途中までは良かったのだが、最後の最後が悪かった。






 二人が建物に入って五分後、砂那は教室に飛び込み、すかさずダガーを投げて悪霊を囲っていく。


 とっとっとっとっとっと、リズミカルにダガーが床に刺さっていき、直ぐに五つ囲いを完成させる。


 幾度となく繰り返した作業だ、一連の動作は速い。


 そこから、左手を前に出して握りしめた。


かえりなさい!」


 囲いの中の霊は、中心に吸い込まれて浄霊は終わる。


「これで二体目!」


 砂那はダガーを素早く引き抜くと、直ぐに教室を飛び出した。


 本気で走っているのであろう、細い肩を上下にして肩で息をしている。


 先程と違い、その口元はゆるみはなかった。


 理由は余裕がないからだ。


 確かに囲いは、相手が動いている限り、閉鎖的な空間では不利になる。


 囲いの結界が小さくなると、発動までの僅かな隙に、霊が囲いの外に出てしまうからだ。


 しかし、それを踏まえても砂那は良くやっている方だ。


 囲いの速度は早いし、ミスはなく的確に進めている。


 自分でも今まで以上に早く浄霊して居るのが解る。


 しかし、それでも――――


「追い付かない!」


 砂那は一瞬顔をしかめた。


 勝負が始まってまだそんなに経っていない。こちらの二体の浄霊も、けして遅く無かったはずだ。

 しかし、少し離れた場所では七体目の気配が消えた。


 これは、祓い屋はらいやではなく壊滅師かいめつしの早さである。


 砂那たち囲い師や結び師の、祓い屋と言われる者達は、結界を張って、霊を元の霊界に還して浄霊している。


 しかし、壊滅師と呼ばれる者たちは、文字通り霊を壊して滅ぼしていく。こちらの遣り方は、霊に敬意を払わないので砂那は好きではなかった。


 ちなみに式守神しきしゅがみの攻撃も壊滅師と同等の意味だ。


 しかし今回は悪霊、敬意は要らない。砂那は自分の背中の方に意識を集中する。


「お願い、八禍津刀比売やがまつとひめ出てきて!」


 砂那は自分の式守神しきしゅがみにお願いすると、まだ完全に現れていないのに、顔は前を向いたまま、直ぐに右手の教室を指差した。


「そこ、二体お願い!」


 形を現せたばかりの式守神しきしゅがみは、直ぐに砂那の元を離れ教室の中に消える。


 これでこちらは四体になるはず。八禍津刀比売やがまつとひめを出せば負けを取り戻せる。


 砂那は階段を駆け上がる。そして、二階に着いたとき二体をほうむった式守神が砂那の元に帰ってきた。


 何かに手こずっているのか、蒼の方の数はあれから変わりはない。


 今がチャンスと踏んだ砂那は、式守神しきしゅがみを悪霊に放ち、自分は別の方向に走り、悪霊を囲いに向かった。


 その様子を、黒い仔猫が物陰から見守っていた。







 蒼は床に手を着けて床の感触を確かめた。


 別に、この校舎の、抜けかけの床の感触を確かめている訳ではない。


 この辺りに霊が七体も溜まっていたのだ。


 この場所はこの建物いおいての鬼門に当たるし、霊の通り道かも知れない。


 蒼は床から手を離すと立ち上がり、腕を組んだまま、少し頭を傾けた。


「やっぱり、阿紀神社あきじんじゃからの龍脈りゅうみゃくがここまで続いているが、ここで切れている臭いな」


 小学校を建てるために、ここの山を削ることで、霊の流れ道の龍脈りゅうみゃくが途切れてしまっているようだ。


 龍脈りゅうみゃくは別の流れが出来て、流れを変えたのだろうが、この場所で切れたところはそのまま残っている。


 これは鬼門ではなく、龍脈りゅうみゃくが関係しているのかも知れない。


 それなら今までから霊が溜まりやすく、砂那が調べているものとは関係がなさそうだ。


 この場所はとっとと片付けて次にいこう。蒼は上を見上げると、口元をゆるめて呟いた。


「派手にやっているな」


 勝負を持ちかけるだけは有って、砂那はドンドンと浄霊を進めている。


 こぐろからの危険を知らせる連絡もないし、これといってのトラブルは無さそうだ。

 このペースなら後二十分と掛からないだろう。


「こっちも手を休めてられないな」


 二階は砂那に任して、三階から向かおう。


 蒼は階段に向かって歩き出した。


 それからしばらく経ち、一人で十五体の半数を超えた砂那は、得意気に残りも浄霊していく。


 ここからは勝ち戦だ。


 余裕をもって浄霊できる。すでに式守神しきしゅがみは戻し、囲いだけで浄霊を進めていた。


 砂那から少し離れた場所で蒼が悪霊を一体を浄霊したのか、気配が消えた。


 あとは砂那の目の前の教室にいる三体だけ。


 ラスト三体を浄霊して、有終ゆうしゅうの美を飾ろうではないか。


 砂那は迷いなく教室に飛び込んだ。


 初めは砂那の体重が軽かったので、本人は気が付かなかったのだが、その教室は古くなった木造の床の一部が腐っていたのだ。


 悪霊の最後の三体を同時に囲えず、その教室のその床で、ダガーを突き刺し三度囲いをした。


 いくら軽い砂那でもそろそろ限界が来ていた。


 砂那は運動神経と動体視力がいい。


 しかし、囲いの最後のダガーを投げるために踏み込んだ瞬間に床が抜けて、彼女にはなす術はなかった。


 ズボッと腰まで埋まり、そのまま身動きが取れなくなった。


 焦った砂那は、這い上がろうとして、両手で踏ん張るが、周りも腐っているので、力を入れるとメリメリと不気味な音が上がる。


 今は腰辺りで何かが引っ掛かって止まっているが、もっと崩れれば下の階まで落ちてしまうだろう。


 青い顔のまま動きを取れなくなった砂那を見て、慌てたこぐろは蒼に危険を知らせる念波ねんぱを飛ばし、自分は少女の姿に戻って彼女を引っ張っていたが、蒼が現れるまでその状態だった。


 ちなみに最後の悪霊は逃げてもう居ない。


 息を切らした蒼が現れた時、こぐろに腕を引っ張られていた砂那は、床に埋もれたその姿のまま強がって見せた。


「じっ、自分で何とか出来たんだからね!」


 蒼には、昨夜の失敗を見られている。だから、それ以上に情けない姿は見られたくは無かったのだ。


 しかし、そんな意味の解らない彼女の台詞に、蒼は何度も頷く。


「もちろん解っている」


 それから彼女を助け出そうと、足を踏ん張れる場所を見つけて、彼女の両手を持って引っ張った。


 その時にブチッと不審ふしんな音が聞こえたのだ。


 床に埋もれる瞬間にロングコートは捲れ上がったので、穴の中に入らず上の床に広がって要る。


 だから現在、穴の中の砂那はスカートとTシャツ姿。


 その中で腰あたりの何かが引っ掛かっていたのだ。そして、それが音を出した。


「あっ、ちょ、ちょっと!」


 焦っている砂那を無視して、蒼は力任せに引き上げる。


 砂那は両手を持たれているので、パンツ丸出しの姿を隠せないまま引き上げられた。


 蒼は安全な場所まで連れて行くと慌てて手を離し、バツの悪そうにそっぽを向く。


 彼女は顔を真っ赤にして、パンツ姿をロングコートで隠し、急いで穴を覗き込むが目的の物はそこに無く、蒼を涙目で睨んでから、その姿のまま下の階までスカートを取りに走る羽目になったのだ。


 暑さを我慢したロングコートが役に立つ一例でもあった。


 これが今さっき起こった現状だ。


「とにかく、勝負は砂那の勝ちだ。それに悪霊は綺麗に祓ったし、良かったよ」


「………一体、逃がしたけどね」


 蒼のフォローの言葉に、砂那は落ち込みながらそんな台詞をはいた。


 多少汚れてドロドロになったが、怪我はなかったし、スカートはホックが外れただけで、壊れていないのが助かりだ。

 もし破れていたら目も当てられない。


「そう悪いことを引っ張るな、あれ一体ぐらいなら問題はない。浄霊は早かったし、気持ちを切り替えて次に行こうぜ、リーダー」


「そうね、これでしばらくは、ここも霊が溜まらないしね。次はどこが多い?」


 溜め息混じりなものの、気持ちを切り替えた砂那は、自転車の所までもどって来ると、蒼のスマートフォンを覗き込んだ。


「次の場所は山手の道沿みちぞいの神社だな、それか、川沿かわぞいの民家。こぐろに聞いたら、どっちもよく似たものらしい」


「それならここから近い、山手の方から行きましょう、昨日の氏神様の件もあるし、気になるわ」


 つぎの目的地が決まり、二人は自転車に跨った。







 山手の神社は、新しく開通した農免道路のうめんどうろの脇だった。


 少しやぶの中に入った所だが、神社の境内けいだいのほかに開けている場所も多く、囲いを使う砂那には格好の場所だった。


「ここは手を出さないで!」


 先ほどの件でムキになった砂那は、神社から離れた木々の少ない場所で、囲いを使い一人で浄霊を進めていく。


 ここも憑かれた者もいなく、悪霊だけなので簡単に浄霊できる。


 それに昨日の教訓も生かし、神社の方に行かないようにしている。


 そんな事もあり、蒼は砂那の意見に口答えせず、素直に従った。


 時間は正午に入り、ドンドンと温度が上がっていくので、砂那は額から流れる汗を、不衛生に腕に巻かれた少し汚れてきた包帯で拭った。


 大まかな浄霊は終わり、あとは囲いにくい木々の密集している数体だけだ。


 砂那は後ろを振り返りると蒼を見た。


 蒼は浄霊を砂那に任せ、道路を見たり、周りを見渡したり、神社に入ったり、地面に手を置いたりといろいろ調べている。


 蒼はこの場所に来て、少しだけ気になることがあった。


 落ち着いて自分の浄霊を見ていない蒼に対して、砂那は不審ふしんに思い声をかけた。


「どうかしたの?」


「あぁ、」


 蒼は地面に伸ばしていた手を離し、立ち上がると砂那に顔を向けた。


 その表情は眉毛をハの字にした、戸惑とまどいの表情だ。


「――――砂那、ちょっと気になったんだが、さっきの小学校もそうだったが、この辺りまで阿紀神社から龍脈が続いているが、ここで途切とぎれているんだ」


 蒼は手も使いながら砂那に説明する。彼女は当たり前のように頷いた。


「それは多分、道路を作った時に途切れたと思うけど、いずれ別の流れが出来るから大丈夫でしょ。だけど、それがどうかしたの?」


 蒼は周りを見渡す。


 道路は最近出来たもので、道路脇も整備されており草も刈り取られて綺麗だ。


 神社にいたっては石で出来た階段も基礎から見直し、農免道路から直接参拝さんぱいできるように新設され、こちらも綺麗に整備している。


 それがどうもにおちなかった。


「あぁ、綺麗なんだ………」


 蒼の場違いの様な台詞に、砂那も今気付いたように顔をあげ、周りを見渡した。


 確かにその通りだった。


 農免道路のうめんどうろの新設に当たり景観けいかんもよくするためか、草木が刈り込まれ、風通しがよく空気がよどんでいない。


 しかも、もともと通る人が少ないのか、ゴミも少なく汚れていない。


 一般的にこういった綺麗な場所に悪霊は寄り付かないものだ。

 もっと薄暗くて空気の溜まった澱んだ場所が溜まり易いはずだ。


 蒼は神社も見てきたが、氏神様うじがみさまも静かで、工事により怒らせた形跡もない。


 ただ、ここの氏神様は居ているのかと疑うほど希薄きはくだ。


 周りの住民の信仰心が薄いのか、力が余りない。


 だから悪霊もこの場に溜まることが出来たのだろうが、その悪霊はどこから来たのだろうか。

 こんな空気の澄んだ場所へ。


「ほんとだ。どうしてだろう?」


「さっきも言ったけど、考えられるのは、龍脈が切れている事に関係しているかもしれない」


 蒼の考えに、砂那は悩んだように答えた。


「それは、阿紀神社からここまで来たって言いたいの?」


「あぁ、関係があると思う」


「あんなに綺麗に結んであるのに? そこに悪霊が寄ってきて、そこからここまで流れてくるって言いたいの? それは有り得ないと思うわ」


 確かに普通なら彼女の言う通りなのだが、それ以外に悪霊がここに集まる意味が考え付かなかった。


「確かにそうなんだが………」


 蒼はあごの下に手をやり、未だに納得していないのか悩んでいる。


 しかし答えは出なかったのだろう、顔を上げると、残った悪霊を浄霊しに行こうとする砂那い言った。


「――――砂那、早めに次の場所も調べたいから、俺も手を貸して良いか?」


 砂那は自分の浄霊が遅いためかと、少しムッとしたが、良く考えれば蒼が浄霊をしているところを未だ見ていない。


 わずか半日で解ったことだが、彼は自身が言うような落ちこぼれではない。


 調査や捜査では砂那は敵わなかったし、先ほどの浄霊も、悪霊のかたまっている所に行ったとしても、最初は砂那より早かった。


「別に構わないけど」


 少し興味本意でそう答えてから、自分は式守神しきしゅがみを出す。


 遅いように言われたところだけは納得できない。


 蒼は頷いて前を向いた。


 それを見て砂那は少し考える。


 蒼は囲い師では無いと言っていた。しかし、祓い屋とも言った。


 残る祓い屋なら結び師となるが違うような気がする。


 囲い師や結び師に詳しくは有るが、あれほど早く浄霊出来るのなら、多分、壊滅師かいめつしなのだろう。


 それに、先ほどの小学校では「こぐろを使う」と言ってはいたが、式神を使って浄霊している訳ではないのか、今はこぐろを出して居ない。


 壊滅師なら武器エモノは、弓矢か拳銃の様な飛び道具が多い。


 だが、蒼は左手を前に差し出しただけで武器らしいものは皆無だった。


 よくよく考えれば、彼は何者であろうか。



 本当はお経や言霊を使う、ただの拝み屋なのであろうか。


 砂那は式守神しきしゅがみを出したまま、蒼を見つめていた。彼は集中するために目を閉じる。


「――――――力無きわれに剣を、知識無きわれに本を、法無きわれに外界の法を――――――」


 砂那は蒼のつぶやくような言葉に息を飲みこむ。


 それは、砂那は見たことが無いが、知識としてだけは知っていた。


 多分だが、それはとなえる言葉、詠唱えいしょうと呼ばれるものだ。


 祓い屋や拝み屋と呼ぶにはかなり怪しい、砂那の予想を一回りも二回りも超える現実がそこにはあった。


「正しい世界にかえれ――――ターン、イービル!」


 蒼は左手に力を込める。あわい光が悪霊を包み込みそのまま消えていく。


 砂那は一言だけ呟いた。


「――――魔法使い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る