第13話 大根の葉

 昨日の夜から大根の葉を育てている。きっかけは30%引きで買った大根に、まだ育ちそうな程度に葉っぱがついており、鶏と大根の醤油煮を作った後に残った切れ端を見て、育てれば食えるかもしれないと思ったからだ。


 徳用サルサソースの空き瓶に、水を3分の1ほど淹れて切れ端を放り投げた。葉は真っ直ぐに生えていないから、瓶の縁に立て掛かかりながら漬かっている。だから、生え際である大根の切れ端は少し左に浮いている。 それを見て、多分ダメだろうと思った。値引きされていた上に、1週間も放置していたのだ。 青々しいのは見かけだけだろう。まぁ、育てば儲けものである。 そんなことを思いながら食事と雑務をこなして寝た。 床に着いて、カラカラと換気扇が回っている音に気が付く。 煮物の匂いを散らすために廻していたのであったが、眠気に耐えられずに放置した。


 翌朝、葉を見てみた。葉が開き、茎のよれが少なくなった気がする。いや、気がするではない。日が射す方へと全身を少し起こしているではないか。 水中に浮かべた切れ端も、少しだけ浮上している。


 植物の生命力には、大いに感心させられた。これが超回復力か! 刃牙でいうところの毒が裏返った後の食事だ! そのうち異常なほどの新陳代謝の末に起こる蒸気が、その全身から立ち上るのであろう! いや、すでに起きているかもしれない……私は、驚異の回復力を見せている葉の神秘の詳細が知りたくなり、深く観察するために顔を寄せた。


 そんなことをしなければ良かった。密接した結果、青々しい茎に、昨日までなかった黒い斑点が薄く生じていることに気が付いた。明らかに昨日まではなかった。


 葉は本体の大根がなくなったことで死に向かっていた。それは変わらぬ事実だが、私がスケベ心でいたずらに水に浸けたせいで、生き永らえる可能性を見つけてしまい、最後の生命力を絞って、明かり取りの窓から射す僅な陽光にすがっているのだ。そう思ったら困惑した。


捨てることも、活かすことも、延命させて育て上げることも……行うことすべてが生命への冒涜ではないだろうか? 水に浮いた大根は地に根差していると思っているのだろうか? 葉に栄養を送れと命じているのか? はたまた葉が花を咲かせ、新たな命を作ろうとしているのだろうか? 目の前にあるのは死体で、ただの生体反応に過ぎない現象かもしれない。 いずれにせよ、俺はどうすれば良いのだ……


換気扇はカラカラと音をたてて回っている。とうの昔に、醤油煮の匂いは部屋から消えていた。

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