第11話 怒りの果て

怒りの果てには何があるのだろうか。その答えは虚無感だ。


そんなことは分かりきったこと。取り上げる余地もない不変なこと。


だけど書かざるを得まい。自我を支えるために、気付きを忘れないために、先の指針を決める座標を留めるために、私が抱いた憤慨と無力を綴らざるをえまい。


きっかけは些細なことだ。上司との仕事の進め方について、言い合いになった。


常時ならば上げた拳の落とし所を冷静に探り、互いに和解へと導くのが大人のやり方だ。


しかし、それをするにはお互いに疲れすぎていた。私の部署は最盛期を迎えており、上司もろくに休めておらず、新人である私も17連勤が決定した状態だ。


部員を包む雰囲気は張り詰めた風船のように緊迫しており、右も左も分からない私は新人特有のストレスをも抱えていた。


そんな降りに振られた仕事のタイミングと進め方での相違で、私と上司の人としての激しい感情が噴出してしまった。


その結果は醜いものだった。仕事の話だったのが、互いの人格批判へとつながり、感情に任せるままの口汚い言葉の応酬と化した。


力の暴力と化しそうになった頃合いに同僚が止めに入ってくれたおかげで、何とか謝罪出きる冷静さを取り戻し、一先ずの決着が着いた。


そのおかげで互いの理解が深まり、距離感が近くなった気がして……少なくとも温かい気持ちで帰路へとつけた。


しかしだ、家に帰り、一人になったときに浮かんでくるのだ。明日以降起きるだろう変化の違和感が。それに耐えきれないであろう自分の姿が。


状況が好転する可能性もあるが、企業人としての資質が喪失したかもしれない可能性もあると、心が堂々巡りを始めるのだ。


しかし、巻かれたゼンマイはやがて回転を止める。その時に、何が起きても何も出来ない無力感を感じるのだ。


それは徐々に心を蝕み、人生を閉じてしまいたいという虚無感の呼び水になってしまった。


これは自身で折り合いをつけ、消化しなければならない滓なのは分かっている。


しかし、それがいつになるか分からないから、分かりやすい業務へと逃げてしまうのだ。そして、会社を辞めるまで同じ事を繰り返してしまうのだろう。


そこまで見えている。しかし、どうしようもない。


怒りの果てに見えるのはそんなもんだ。争いは理解を生むという話をどこかで聞いたが、一人になったときは起きた事実に心を痛め、虚しさをもて余すしかないのだ。


怒りの果てには虚無感しかない。いくら友好を取り繕っても、一人になれば言い表せない虚しさに踊らされる。


きっと誰でもそんなもんだ。


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