第7話 約680文字のラブストーリー

仕事というのは他人の役に立つこと。


生活のために稼ぐことは作業で事足りる。


けれど、情熱を注げるものが仕事になれば幸せだろうか?


好きなものを熱中してやっても、それが誰かのためにならないと飯は食えない。


往々にして芸術家という生業はヤクザな世界である。 


万人受けするものを書けと言っても、書ける作家は中々いない。


だからこそ編集者がいるのだ。 時流を読み、万人が求めているものを出来そうな作家に書かせ、時代を編んでいく。


画廊だってそうだ。 画家が書いた所在不明の価値を固定化し、唯一の価値を有すると定義づける。


作家個人で産んだものを商品化するのはいつだって他人。 価値を付けるのもいつだって他人だ。


そもそもが芸術作品なんて他人の評価を恐れては出来ない。 自分の内面を紡ぎ出して結晶化したものが芸術だと思うから、作家は自分がやりたいことをやれば良い。 ただ、それで飯は食えないと自覚すべきだが。


いつも迷っている。 大衆に阿って食えそうなジャンルに手を出すか、自らが好きなスタイルで貫徹するか迷っている。


そんなわけでひとつ書いてみようと思う。 全世界が大好きなラブストーリーだ。 しかし、設定は違う。 自分自身に恋に落ち、幸せになっていく展開だ。


そんなものを考えたけどすぐに止めた。 何だそりゃ? わけが分からないよ。


どうすれば自分自身を幸せに出来るんだろう? それすらも分からなくなってきた。 そんな奴が誰かの心を動かす話を書けるもんかよ。


自分自身を好きになって幸せにしたいだけなのに……それを考えるとそればっか。 何も考えられなくなる。


あぁそうか。 ある意味恋に似ている。 ボクはすでにラブストーリーの中にいた。

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