第5話 約1000文字のハードボイルド

――暴力。 他者を傷つけ破壊する力。 対面したら逃げるか抗うしかない絶対的で強制的なもの。 誰もが忌避するもので、歓迎する奴なんていやしない。


しかし、こんだけ人間がいるんだ……わざわざ暴力に晒されないと生きられない異分子が世界中にいる。 幸か不幸か俺もそうだ――



「タロウ、本当に良いんだな?」


Prof.リーが何度も聞いてくる。 返事をするのも面倒くさいから、軽く頷いたた。 


「マジメに聞け。 昔のお前じゃないんだ。 ムリをしたら最悪命に関わる……いや、確実に死ぬぞ! お前の身体は腐りきっているんだよ! 知らねぇとは言わせねぇぞ!」


「くどいぞリー……今さら引き返せるかよ」


「引き返せる。 今だって引き返されるよタロウ。 何の見返りもないじゃないか? 引き返すんだよ」


リーの顔面を突き破る勢いで拳を突き出す。 リーは寸止めされた拳を目を丸くして見ている。 


「見返りがない? あるじゃねぇか。 達成感と栄光がよ」


「歴史に残らない栄光や達成感なんてただの武勇伝じゃねぇか」


「そいつを重ねて生きてきたからな……リー、おしゃべりは終わりだぜ。 4開戦ボーイがお戻りだ」


白いベンチコートを着た男が歩いてくる。 彼の腫れ上がった顔には苦悶が刻まれており、支えるスタッフは意識を途切れさせないように何度も彼の名前を呼んでいる。 


俺らの横を通り抜ける際に、4開戦ボーイに「よお」と呼びかけた。


「どうだったよ?」

「……思い出したくない」

「そうかい。 ……今幸せかい?」


彼は小さく口角を上げて「くだらねぇこと聞くんじゃねぇよ」と答えた。 


「そいつは良かった。 身体、大事にしなよ。 4開戦で終わったらつまんねーだろ?」

「レジェンドに言われたくねぇよ。 あんたも長生きしなよ」


彼は力なく拳を突き上げながら去っていった。 人混みに飲み込まれて消えるまで、俺はアイツの背中を見送った。 負けた男の背中ほど惨めなもんはねぇな。 勝負師の男ほど壊れやすいもんはねえな。 だから知ってるんだ。 


勝負師は壊れないことが必須条件だってことを。 勝負が出来るように用意し、勝負の中で死ねることを夢見て生きているってことを。


「さぁリー。 行くぜ」

「……限界だと思ったら止めるからな」

「……ありがとうよ、相棒」


ゲートが開くと熱気と体臭で噎せそうになる。 それでいい。 コーナーで少し身体を伸ばす。 そして、相手を睨みつけながら、いつものセリフで挑むのだ。


「特大豚ダブル。 アブラヤサイマシマシ、にんにく、カラメ、ナマギョクと肉を追加で」

「攻めるねぇ」

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