第4話 約1000文字のときめき
――お姉さん、セックスしない
ストレートすぎる誘い文句に思わず振り向くと、若い男が立っていた。
赤いメッシュを入れたミドルヘアに、シンプルな白いシャツにジーンズ。 ビロードの黒いジャケットを着た20代くらいの男が微笑んでいた。
「ねぇ、セックスしない? 俺、上手いよ」
「なんであなたと……いやです」
「本当に嫌だったら立ち止まらないでしょ?」
「週末の7時の歌舞伎町よ? 普通に歩くだけでも立ち止まっちゃうでしょうよ」
「だったら無視すれば良いのに。 実はお姉さんもヤリたいんじゃない?」
「ばっ……!」
――バカじゃないの!? そう怒鳴るつもりだった。 それなのに、あまりにも失礼な物言いのせいで言葉がつまずいてしまった。 ダメだ、怒りで身体が熱い。 落ち着け。 こんなことで30すぎの女が取り乱したらみっともない。
「ねぇいいじゃん。 一杯だけ呑んでホテル行こう!」
男が私の肩を抱いて寄せた。
「ちょっと離してよ! 夫と映画行くから!」
そう言って男を突き放そうと手を突き出した。 男はひらりと交わして、私の右腕に自らの左手を絡みつける。
「またまた! 右手に指輪もしてないし、キレーな指してんじゃん。 絶対に家事とかしてないよねコレ」
「付けてない時だってあるでしょ!? 離して!」
「シャワー浴びるときに離すね。 バリアンで良いでしょ? レッツゴー!」
引きづられるように進み出す。 周りの人々はいつものことのように無関心だ。
――なんなのコイツ!? どんだけやりたいんだよ!
正直に言えばだ、ヤリたいって言ってくれる男なんて久しぶりは久しぶりで。 旦那にもこれほど求められてない。 久しぶりに感じる男の手の大きさと力に意識を持ってかれる。
歩きながらも私を褒め続ける男を徐々に可愛らしく思えてきて、私の中の女が鎌首をもたげた。 ヤバイ、このままじゃ抱かれる。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「……京子」
「へぇー。じゃあ京ちゃんって言うね……あ、ヤベッ! 京ちゃん今日ダメだわ! 今度会ったらホテルいこーね! バイバイ!」
突然、男は離れて早足で人混みに紛れて消えていった。 その後、大柄で体格の良いスーツ姿の二人の男が近寄ってきた。
「何もされてませんか?」
「……えぇ、あの」
「良かった。 宜しければ少しお話を聞かせてもらえないですか? あぁ、申し遅れました。 私たちは……」
私に何か聞きたいようだ。 だけど何も覚えていない。 覚えているのは、彼の背中が消えていくまでの景色と、男たちが履いているランニングシューズと着ているスーツが、あまりにも似合っていなかったことだけだった。
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