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オオハタケイゴ。

その名で役者をやっているのは、幼稚園の頃からの幼馴染だ。


中学の時、ネタのように受けたオーディションがきっかけで役者をやってる。


本人の意向か、単に売れてなかっただけなのか。それほど目立ったものではなかったのに、ここ最近割と大きな作品にも出るようになった。


無理に追いかけてきたわけじゃない。

それだけに、今までを費やしたわけでもない。


けど、高校進学を機にここからいなくなったオオハタケイゴは、俺の中では常に胸の奥でくすぶる何かだった。





中学に上がって最初の夏休み。

空き地の木の陰でなんとか涼んでた俺らは、持て余した時間を、なんとなく集まる事で潰していた。

それでもまだまだ有り余るせいだろう。大庭がドリルにあった「夏の大三角」を見てみたいと言い出した。

最初こそ嫌がってたみんなも、深夜に抜け出して星を見る、なんて提案にワクワクし始めて集まることになった。


俺は、圭吾が好きだった。


その『好き』が、どこに分類するかなんて考えたこともなかった。

ずっと双子のように一緒にいて、それが当たり前の毎日だったのに中学に上がった途端、最初にクジで班になった5人でいるのが当たり前になっていった。


嫌だったわけじゃない。

大庭は気が合うし、キクは可愛かったし、風間くんは何かとみんなの面倒をみてくれてた。


居心地良かった。


でも。


圭吾が遠くなった。

部活は大庭と一緒に野球部に入っていたし、美術部の俺といる時間なんかほとんどなくなった。


不思議だった。

当たり前が、ない。

いなくなったわけじゃないのに、ない。


そんなもんだろう、とも思った。

でも、ぺりぺりと剥がれ落ちてくみたいに痛かった。


半身を失ってく怖さは、日に日に、日に日に、

少しずつ積もっていったのだと思う。


星を見に行く話をしていても、なんとなくめんどくさそうな圭吾に、「一緒に行くよ」と念を押しながら泣きそうになっていた。


俺、何言ってんだろ。って。


「じゃぁ、裏山の入り口に‥‥2時?」

「なんでそんな遅いの!も少し早くてもよくね?」

「だってー!深夜と言えば2時じゃん!1番怖い時間に山登るのドキドキしない?」

「それ言うなら3時だろ。丑三つ時。」

「あー、でも3時から登ってたらもはや朝日だな。」

「でしょ!?だから2時ね!オッケー?はーい、決定!」


はしゃぐ大庭に、キクと風間くんは、ハイハイと返事をしながら「後でな」と、手を振って涼んでいた木陰を出た。


俺と圭吾もよっこらせ、と立ち上がって歩いてく。

暑さのピークは過ぎたのか、ちょっとだけ陽射しが和らいだ気がしてた。


「行くの?」


そう言いながら、同じ方向に歩いた。歩幅が、微妙にずれる。


「まぁ、行くけど。星野は?」

「うん。なんか、めんどくさいな。」

「お前がわざわざ言ったんだろ?」

「そうだけど。」

「‥‥星、なぁ。そんなもん、わざわざ見に行かなくてもさ、あるじゃん。ね?」

「ん?星?」


何のことかとキョトンとする俺に、は、はぁぁ!?と、少しムキになって言ったのだ。


「昔やっただろ!星!お前がお星様が欲しいって駄々こねて大泣きした時にさ!」


あぁ、と思い出して、あははっと笑ってしまった。

それは幼稚園くらいの話で、絵本で亡くなった人がお星様になって見守ってる、みたいなのを先生が読んだんだ。

父ちゃんも母ちゃんも、元気だったけどなんだか怖くなって大泣きした。

で、星が欲しいと言って泣いたんだ。

いつかもし、大好きな人が何処かに行ってしまっても、星が手元にあればいいと思った。


これがあれば、大好きな人はどこへもいかないと。


あまりに泣いたからだろう。

次の日、圭吾は小さな手で小瓶を握りしめて幼稚園に来た。

先生に見つからないように、俺の手にそれを握らせて言ったんだ。


「これ、おれの宝物だけどやる。星が入ってるんだぞ。だから、もう泣くなよ?」


星の砂だった。

そんなの初めて見た俺は、本当に星だと思ってたんだ。


これがあれば、大丈夫。

大丈夫、大丈夫って。


そんな小さい時の事を、覚えてると思わなかった。自分の半身が戻って来たみたいな気がして、途端に俺は浮かれたんだ。

なんだ、やっぱ圭吾は圭吾だ。


だから。


「あぁ。星、あるわ。うん。持ってる。」

「だろ?」


聞いて見たくなった。


「ねぇ。」

「んー??」

「あの星って、本物?」


ぶはっと、圭吾は声を上げて笑った。

ヒーヒーとお腹抱えて、手なんかパシパシ叩いて。

「ったく、あぁ、笑わせないでよ‥あはっ、もう。」

「だって、お星様だぞってくれたじゃん。」

「もー、わかってんでしょうよ!あはっ!あれ、ただの砂じゃねーか!」


けらけらと笑い過ぎたのか、目尻の涙を拭って薄茶色の目を細めてまた笑った。

俺の背中をパンッと叩いて、あー本当もう、って掠れた声で言った後、そのまま家の方へと歩いて行った。


パチン、と何かが割れた気がした。


そこからサラサラと、たくさん流れ落ちて溢れてく。


俺はなんだか、そこにいられなくなって無我夢中で家まで走った。

汗が吹き出て、息がぜぇっと鳴ったけど一瞬も休むことなく。

ただ、ただ。


ひたすらに走った。



逃げるように部屋に駆け込んで、ベッドに転がり込むとタオルケットを頭からかぶった。

泣くつもりなんかないのに、ボロボロと涙がでて止まらなくなった。

なんで泣かなきゃならないんだ、と頭では思うのにまるで別の生き物のように。

止まらなかった。





ひとしきり泣いて、そのまま眠ったらしい。


すっかり日は沈んで、家の中から物音がしない。ずいぶん寝入ってたのか、と立ち上がると足がふらついて、よろけた拍子に机に手をついた。

暗い部屋で、ガシャリと鳴った方を見ると何かがキラリと光った。


机のライトを点けてみると、棚にあったはずの小瓶が割れて砂が散っていた。

光ったのは、割れた瓶だ。

星じゃなくて、尖ったガラス。



「‥んだよ。やっぱ、偽ものか。」


これが本当の星だなんて、思っちゃいない。

ただ一瞬で浮かれた想いは、粉々になりながら自覚せざるを得なくなった。


この胸の中の、好き、はとんでもないほどの恋慕なんだと。







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