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キクの手際は良かった。


よくもそれだけ!と思うほど、小さなコンロやらヤカンやらをっ持ってきていて、


「はい。風間くん。」


次々と出来上がってくカップラーメンを配って行く。こんな真夜中でもジメッとして暑い中、ズルズルとすすったラーメンがやたら美味い。

星に感動もしたし、こんな時間にみんなで外にいるなんてことにもふわふわと浮遊感があって、なんでかみんなソワソワしていた。


「大庭ー!のびるぞ。」

夢中で星を眺め続ける彼に、風間がちょっと荒く声をあげる。やっと望遠鏡から目を離したかと思ったら、いつものはしゃぎ切った様子はまるでなくて、ぐっと奥歯を噛むように目を伏せた。


「あに?どうしたの?」

ラーメンをはふはふしながら、大庭に言う。曖昧に頬をあげた大庭は、ほれ、と渡されたラーメンにハッと我に返ったようだ。


「わ!なにこれ!新発売のやつじゃん!!」

「お前すきじゃん、このシリーズ。」

「すき!めっちゃうまいよね。キクちゃんさっすが!いい彼女になれるよ。」


暗闇の中でなら、見えないと思ったのだろうか。

大庭の見たことない表情に、つるんと麺をすすりきって口をぬぐう…ふりをして、風間くんをみた。

彼も気がついたのだろう。ラーメン食べてるくせに、眉間にしわが寄っている。


いつもと違う浮遊感は、ソワソワする。

ソワソワして、誰にも見せなくていい自分が、ぽろぽろと落っこちる。


「大庭…あの、


何かあったのか、なんてありがちすぎるセリフを吐きかけた時、ぽちゃんとスープが揺れた。

思わず空を見上げたら、はらはらと雫が舞っている。


「え?」

「雨!!早く!!!」


ガガっとラジオのノイズが鳴った。

慌ててラジオを拾って、木の下に避難する。あっという間に食べかけのラーメンやランタン、望遠鏡だってびしょぬれになっていった。

「あーあ。」

風間くんがぼそっと言って、別にまるで惜しくもなさそうに手に持ったラーメンをすすった。



しばらく待ってみたけど、止む気配もない。

「帰るか。」

キクがそう言って小雨のうちに、と荷物を持った。

荷物といっても一番多いのはキクで、風間くんは無造作に望遠鏡を担いだ。山道を、足元とられつつも駆け下りて、入り口についたときにはさっきより少し雨が強くなった。


「あぁ、やべ。」

キクの紙袋が雨で破けそうになって、やかんがおちそうだ。何せあの荷物。弱った紙袋には抱え切れそうにもない。


「俺一緒にもってくよ。」


大庭がそう言って、じゃぁなと手を振った。


雨がまた少し、強くなる。


そう言えば、星野はどうした?


急に一人にされた事に気がついて、一緒に行くよと言ったくせにこなかった星野へ意識が向いた。

さすがにこの雨の中で今更来ないだろうが。

でも万が一、のほほんとやって来たりしたら大変だ。仕方ない。もうこれだけ濡れたのだから大差ないだろうと、星野の家の方を回って帰ることにした。


あいつの家から、この裏山に来るまでに使うだろう道をたどっていって、家まで行っても合わなかったらそのまま帰ればいい。

どうせ寝てる。


大慌てで雨の中走っていく三人をもう一度ちらりと見送って、自転車にまたがった。

俺が家とは違う方向に進んだと、あいつらが気がつく様子はない。


シャッとタイヤが鳴る。

雨にスリップしないように、ハンドルに力を込めながらペダルをこいだ。

さっきは心地よく風を起こしたというのに、今はバシバシと雨を俺にたたきつける。なんか俺、悪いことしたっけ?と、やや最初の思いつきすら罰ゲームだったような気がしてきたころ、踏切に差し掛かった。

この時間、電車はまだ動いてない。


がらんとしたその光景は、少し前にやったゾンビゲームの街にも似て、ふっとこぐ足が止まった。


「あ。」


星野がいた。

びしょぬれで、傘も差さないでこんな真っ暗な中で。


「おい、なにやって!」

止めた自転車を、またこぎ出そうとしたとき、


「こっち、くんな。」


と星野の声がした。


「はぁ?」

「いいから。」

「なんだよ。」

「くんなって。越えんな、踏切。」

「何言ってんの?なんで来なかったんだよ。」


星野は、だんだん強くなってくる雨なんて、まるで感じてないかのようだった。

ただ、じっと俺を見ていていつものように、ほんの少し笑みを浮かべて。

なのに、吐く言葉は俺の前に大きな線を作る。


「あのさぁ。」


遠くの踏切が、カンカンと鳴った。もしかしたら、もう始発の時間なのかもしれない。

裏山の方を見たら、ほんの少しだけ日が差してきていた。


「…なに。」


でも。

星野の周りは、まだ夜だ。

まだまだ、深夜の闇だ。


「俺さぁ。」

「ん?」


「圭吾のこと、好きなんだよね。」


雨が、また強くなった。

カンカン、と鳴ってきた気がした踏切の音が遠くなる。


「…え?」


多分。

昼間の俺なら、「俺もお前が大好きだけど?」とか言って、いつもみたいにくすぐりあったりして、なんならキスの真似事でもして。

キクにやめろー!!って大笑いされて、風間くんがちょっと本気で、やめとけって!!って怒って。大庭が、にへにへしながら俺も―ってくっついて来たりして。


なのに。


「俺。圭吾が好き。」


もう一度言われたそれは、とてもそんなのじゃないって、わかる。

星野が、泣きそうになっていたから。


雨が、鳴る。

ザァァ、と風に揺られて。


俺は彼から目を離せなかった。

闇夜にポツンと立つ白いTシャツが、どんどん肌にへばりついて行って、髪からもポタポタと雫が落ちた。

なのに、俺を見つめる星野はまっすぐ立っていて。


フミキリの、こっちとあっち。


その数歩のはずの距離が、とんでもなく遠くなっていく。

ダメだ。

とにかくあっちに行かなきゃ、と足に力を入れたたら、ラジオが、ガガガっとノイズを鳴らす。予想外の音の大きさにハッとして、改めて星野を見て、もう足が動かなくなった。


あんな顔、初めて見た。

いつもと同じように、ほんのちょっと笑ってるのに全然柔らかくなくて。


あ、と声が出た。


あんなにぐちゃぐちゃに、雨に打たれてるのに。


あいつが腕で乱暴に拭ったのは、目元だけだった。


力が抜けて、ガシャンと自転車が倒れた。

あの手を、握ってやらなきゃって。

誤魔化しきれないで涙を拭ったあの手を、ちゃんと繋がなきゃって、なんでだかものすごい音で心臓が鳴る。


カンカンカン…


フミキリが心臓に呼応するみたいに鳴り出して、背中の方では、雨にもやもやとした朝日が見えてた。

踏切の赤い光が、けたたましい音とは少しズレて点滅していて。あっと言う間に、俺と星野の視線を遮断した。


雨で向こうがかすみ始めて、彼の表情が見えない。


俺は何をしようとしてるのだろう。

星野の気持ちに戸惑ってるのは確かで、でも、この手は何をつかもうとしたんだろう。


電車が、通り抜ける。


早く。早く。

よくわからないのに、早く星野のそばに行かなきゃと倒れた自転車を起こしてまたがった。遮断機が開けば、すぐにと。


けれど。


やかましい音が去って、空は白み始めて、彼が立っていたところもほんのりと明るくなったのに。


星野はもう、いなかった。




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