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きっかけは何だったっけ。

風間が天体望遠鏡を持ってるとか、そんなことだったと思う。


それとも夏休みの宿題だったからか。


“夏の大三角形”


見開きのカラーページに、やたら食いついたのは大庭だった。何でも楽しく美味しくいただくタイプの彼は、めんどくさい宿題のそんなページにまで興味を持ったようだった。


『ねぇ。宿題やった??』


炎天下の空き地の、一本だけそびえてた木の下で、食べ終わったパピコを噛みながら大庭が言った。

住宅地の真ん中にぽつんと開けていたここは、古い家が解体された後は更地になっていた。

夏の間はこれでもかと草が茂るけれど、一応売地だからか、時折整備されている。

おかげでいつも居心地はよかったが、誰も買い手がつかないのか、俺らが子どものころの数年その景色は変わらなかった。


『オレ、まだ数学終わってない。』


同じくアイスを食べ終わった棒で、地面に落書きしてる星野がボソッと言う。

この人が言う、まだ、は当てにならない。


おそらく、数学どころかまるでなんにもやってない、というのが正しいのだろう。

8月も、中盤になるって言うのに。

宿題は提出しなくてならない、という約束事は彼にはまるで意味がない。


『全部終わったけど。』


と、菊元が帽子を脱いでブルブルっと頭を振った。汗が飛んだ先にいた風間が、

『おい!キク!』

と怒鳴ったから慌ててごめん!!ごめん!とハンカチをとりだした。

あの時の俺らの中で、綺麗なハンカチをポケットに常備してるなんて菊元だけだ。


『え?全部??全部って全部??』


目をキラキラさせた大庭が、キクの方を向く。

『え?うん。』

『じゃあアレも!?』

『なんだよあれって。』

『星だよ星!!夏の大三角形、見つけたの?』

『はぁ?あんなの、資料ってだけだろ?』


大庭のキラキラした目を、めんどくさそうに眉間にしわを寄せてキクは見てる。

それがおかしくて、俺と星野は目を見合わせてちょっと笑った。



中学入って最初の夏休みは、小学生のころのように工作とか自由研究とかそんなのはなかったけれど、どっさりと渡された冊子の中ほどに、見開きで夏の星座が載っていたのだ。

それはキクの言うように、分厚い宿題の息抜きとして載った小話ページでしかない。

俺だってスルーした個所だ。


『えーー!だって探してみましょうってかいてた!見てみなきゃ分かんないじゃん!行こうよ見ようよ!』


めんどくせーってキクがげぇっと舌を出している。

それでも。ねー見よーーよぉぉ!っと騒ぐ大庭に、風間が腕組みをして言った。


『どこでも見れるじゃん。今夜庭にでも出て、空見りゃいいじゃん。』

『オレんちマンションなの!!風間の家みたいに広い庭なんかないの!ぐるっと空見上げるとか!できないの!!』


うるっせぇ、と口では言いながら星かぁ、なんてもごもご言ったのが聞こえたのだろう。

この暑い中、しゃがみこんでアイスの棒で地面に絵を描いてた星野は、やいやいしてる三人をふいっと見上げていった。


『裏山。』

『あ?』

『裏山いこ―よ。家より高いとこから星、見えんだろ?』


星野のひとことに風間がニヤリとした。その顔を見て、キクがふふって笑った。

風間の企み顔がキクは大好きだ。


『俺、天体望遠鏡持ってる。』

『まじか。』

『星野くん、一緒に見る?』

『はぁーーー!?!俺はぁぁぁ???』

『キクもね。うん。いいけど。』

『はいはーーい!オレも!』


ピシッと手をまっすぐに上げた大庭の手から、持っていた散々噛まれたパピコの空が飛んで、星野の髪に刺さった。風間はくはって笑って、キクもなんだそれって笑って。

ごめん!ごめん!って慌てた大庭に向くことなく、ひょいっとそれを取った星野は、やっぱりニマリとして、しゃがんだままの俺に目を合わせて言った。


『お前もだよ。圭吾。』

『え?』

『みんなで行くよ?五人で。』







約束したのは、午前二時。

そんな時間に、家を出ることは今までなかった。起きてることはあっても。


きっとみんなそうだ。

だから、ちょっとドキドキするその約束は、途端に夏休みの最重要行事に格上げされた。

週末のプールより、今日の夕飯より、やり始めたゲームのクリアできる目途よりも。


『じゃぁ、俺。ラジオ持ってく。』


んっしょっと、と立ちあがった俺に、4人がニッと笑った。

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