たぶん、大丈夫。
おととゆう
どこにでもある話。
ドラえもんみたいな街だなぁ。
そう言われて言いえて妙だと関心してしまった。長い間、演劇の世界にいるだけはある。
自分のことは基本めったに話すことはないのだけれど、酔った勢いなのだろうか。
それともこの人が聞き出し上手なのか。
何杯目かのビールが、喉の奥にゴロゴロと転がっていくのも、そろそろ飽きてきたあたりでそんな風に呟かれたものだから。
じゃぁもう今日はこの辺で、と切りあげることが難しくなってしまった。
威勢は良くとも、もはや言葉じゃねぇなっていう“らーしゃっせーーー!!”が響く店内。
連なる座敷に、背もたれにもならない衝立だけが、こんな軽々しい場所で重厚な雰囲気を醸して鎮座する。
押せば倒れるくせに。
偉そうに。
サシノミの相手は、今回の舞台で一緒に仕事した脚本家だ。
自分より3つほど年上の彼は、いつも穏やかな雰囲気で、俺の話を聞いてるのか聞いていないのかすらあやふやだ。そんなくせに、ぽつり落とすひとことがやたら核心をついていた。
いや、違う。
えぐるのだ。
俺ん中の、隠してるはずのものを。
『ドラえもん?なんだそれ。』
『だってさぁ。幼馴染五人…だろ?それに、裏山があって。空き地があって。うち一人は金持ちで?まさにだろ。まさか、ジャイアンみたいなのはいたの?』
『あぁ、まぁ。横暴でも暴力的でもないけど。優しすぎる正義の塊はいたよ。』
『すごい言い回しだな。』
かはっと笑った彼は、日本酒をこくっと飲んで、下手くそな箸遣いでホッケの身をつついてる。
その汚い箸先を見ながら、そのジャイアンがものすごくきれいに魚を食うことを思いだした。
彼も酔いが回ったのだろう。
さっきまでの穏やかさに、若干の下世話さを纏いながらニヤッとした。
『んで??シズカちゃんは??いたの?』
本当にあの町は、ドラえもんのようだった。
大人になっても、コミックを全巻そろえているのは単なる郷愁だったのか、と妙に納得してみたりしながら。
『いないよ。男ばっか。』
『へぇ‥。マドンナ不在だと、脚本にしずらいな。』
『何考えてんの。』
『いや?なんか、ドラマにできそうな話だなぁってさ。』
『職業病でしょ。それ。』
『お前もだよ。オオハタ ケイゴくん。』
酔った眼がクッと細められたかと思うと、やっぱりにやりとして俺を見た。
『‥なんか一個仕事が終わるたび、そうやって振り返ってるってのは。』
傾けた徳利から、ほんの少しだけ日本酒が落ちた。
猪口の半分もないそれを、飲むことなくクルクル回す。その手元からなんでだか目が離せなくなった。
『役から抜ける作業なんだろ??昔の、出発点のことを思いだしながら、飲むってのはさぁ。』
役者は、何倍の人生を生きている。
って言ったのは誰だっけ。
そいつ、
バカじゃねぇの。
ドラえもんみたいな町で、俺は育った。
けど、ドラえもんはいなかった。
あんな不思議な道具で、アレコレ叶えてくれるような便利なロボットはいなかったし、シズカちゃんみたいなかわいいマドンナもいなかった。
いたのは男だけだ。
中学から同じ学校になった、やたら金持ちの家の風間くん。呉服屋の息子、菊元。
いつもぼーっとしてるのに、時々とんでもなく確信をつく大庭。幼稚園からの付き合いの星野。
そっか。
俺は実は、のび太なのかもしれない。
フツーの家で、フツーに育って。
特技も能力も、なんにも持ってない。
部屋で寝転がってゲームする。
それだけが楽しみだった俺、大畑圭吾。
なるほど。
『さぁ…どうだろうね。』
『なんだよ。違うの??』
『わかんないんだよね。俺。自分のことそんな突き詰めて考えたことねぇもん。』
ジョッキの底に残ったビールを飲みほした。
汚く散ったホッケも、ドレッシングに溺れたサラダの残骸も、脂身だけが残った唐揚げも。
役者として生きて役が離れた後の俺は、そんなもんと変わらない気がした。
何倍もの人生を、生きてるなんて嘘だ。
だったら二乗で俺の人生もっともっと豊かになってなきゃおかしい。
演じた分だけ、肥やしになって。
演じた分だけ、楽にならなきゃ。
『…じゃ、なきゃ。おかしいでしょ。』
ジョッキの中に呟いた、つまらない一言は、反射してまた俺の体に戻っていった。
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