12.人ならざる者達(1)

 ***


 ギルドへ帰還後、もう慣れたようにギルドマスターへの報告を済ませた私は本来の持ち場である相談室へと戻ってきていた。

 ――のだが、明らかにドアの前で出待ちしている二つの影に思わず足を止める。

 どうしてもこの部屋に戻って来なければならないので、このドアの前では多種多様な人物が出待ちしている事があるもののやはり慣れない。この手法を使って来るのは仲が良い誰かか、関わり合いになりたくない恐い人かのどちらかだからだ。


 今回については――そこそこ親しくもあるが、それ以上に恐い人達である。なにせ、あのルグレとアリシアのコンビだからだ。アリシアはともかく、何故ルグレまでいるのかは全く理解が出来ない。

 ――こっわ・・・・・・。でも無視する訳にもいかないしなあ、それこそ何されるか分からない訳だし・・・・・・。

 深呼吸して声を掛けようとした、その瞬間。絶望的なタイミングの悪さでニヤニヤと美しい容に笑みを浮かべたアリシアが先に言葉を発した。


「よう、シキミ。待ってたよ」

「先程ぶりですね」


 ――まさか神隠しエンドフラグじゃないよね?

 そんな事をされる程の仲ではないはずなのだが、如何せん相手は人外。今までの行動をどういう風に受け取り、どう思っているのか心中を察する事が出来ない異次元の存在である。

 自分の顔が引き攣っているのを自覚しながらも、無理矢理笑顔を浮かべて挨拶に応じた。


「・・・・・・さっきぶりです。どうかしたの?」

「まあまあ、たまには私達とお話しようぜ? 取り敢えず、立ち話も何だから中に入れてよ」

「それは私が言うべき台詞では? ううーん、分かりました。開けます」


 言う通りに相談室のドアを開ける。もし、万が一、彼女等にロックオンされていたとして。ゲームプレイの経験上、そこから失踪を回避するのは不可能だ。万能超人と化したヒロインでさえ不可能だった事が、一介のモブである私にどうこう出来るはずもない。

 半ば運命を受け入れる心境で、外の二人を中へ招き入れる。どうしようもないのでどうにでもなれの精神だ。


 私が相談室カウンターの奥に、アリシアとルグレが仕切りの向こう側に。相談員と相談者のスタイルに早変わりする。尤も、彼女等の目的は相談などではなさそうだけれど。


「えーっと、それで、どうしたんです?」

「そう慌てるなよ。お前、閉店してからいつもせっかちだよな」


 ――いや、せっかちなのではなく、長時間あなたと話をしていると何が起きるか分からないので恐がっているだけ。

 本人を前にそうハッキリ言えればこんな事にはなっていない。日本人特有の曖昧な笑いでその場を受け流した。

 やがて本題を話始めたのは意外にもルグレだった。彼は彼で、アリシアとは正反対でありながらも胡散臭い笑顔を浮かべている。そう、アリシアとルグレは常に対照的で、それでいて公式で決まっているパートナー関係なのだ。


「そう恐がらないで下さい。僕達はただ、貴方の耳に入れておいた方が良い情報を持ってきただけですよ」

「情報?」

「ええ。今回のクエスト、急に僕達が同行するなどと言い出して大層驚かれていたようですから。理由をお伝えしておこうかと思いまして」

「それは・・・・・・確かに気になるかも」

「そうでしょう?」


 一層笑みを深めるルグレに代わり、アリシアが口を開く。


「実はさ、オルヴァーの奴に留守の間シキミを手伝ってやれってお願いされてたんだよ」

「ええ? オルヴァーさんがそんな事を言ってたんですか?」

「そうだよ。そうじゃなかったら、私はともかく――ま、ルグレは付いて来なかっただろうさ。とはいえ、コイツは何の役にも立たなかったけれど」

「嫌だな、応援していたでしょう? 地下の床が汚れていなければ、物理的にも手伝っていましたよ」


 そういえば、地下は血の塗料でベタベタだったし、汚れていると言われれば確かにそうだ。とはいえ、汚れているだとかそんな感想以前の問題が山積みではあるが。

 床の話になど興味が無かったのか、2体の人外はすぐにその話を止めた。が、ニヤついた笑みのアリシアは楽しそうにオルヴァーの話を続ける。


「いやあ、うちのオルヴァーがパーティのメンバー以外にそんな親切な事をするなんて、そうそうないぜ?」

「そうですねえ、かなり珍しいパターンですね。シーラの時には同郷というか、同胞だからという理由がありましたけど・・・・・・。シキミさん、存在感はともかく人間である事には変わりが無いですし」

「――え? はあ、オルヴァーさんには今度お礼を言います。えーっと、それが用件?」


 オルヴァーの件は吃驚だが、なんだかんだ仲良くはなっているようで何よりだ。しかし、立ち話で済みそうだっただけに疑問は拭えない。怪訝そうな私の表情に気付いたのか、はっはっは、とアリシアが快活な笑い声を上げた。


「ま、そういう訳さね。シキミ、お前もなかなかオルヴァーが大好きだったよな? 推し? が、どうのとか言ってただろ。未来は明るそうで何よりだ!」


 もしかしてお見合いおばさん系の話題にしようとしている?

 それは私の専売特許のはずだが、悲しい事に最近はベティとデレクのルートを見守るだけの存在になりつつあるのもまた事実だ。

 だがしかし、アリシアの不用意な一言で拗らせオタクの魂に火が付く。


「あ、それは解釈違いなんで・・・・・・。確かに私はオルヴァーさんが推しだし、心の底から幸せを願っているタイプのオタクですけど、自分とどうこうなりたい訳じゃないんですよね。うん。というか、絵面が汚くなるのでNGです」

「えっ? 訳が分からん」


 とはいえ、私自身も心ある人間であり、この世界は最早ゲームの中だけの世界ではなく現状は現実だ。攻略対象の誰かと個人的に仲を深め、そういう関係になるのであれば――それはきっと拒絶できないだろう。何せ、仲を深めた記憶がある訳でゲームキャラとはお付き合い出来ませんは心情的に無理。

 ただオルヴァーにはアリシアという私の中で地雷且つトラウマである横恋慕方式の対象がおり、そこに私が入り込む余地は微塵も無い。

 加えて私など前世はオタク、今世もただのギルド事務員だ。そこから気持ちの向きを変えさせるような、高度なコミュニケーション能力は持ち合わせていない。話を聞くのが関の山である。

 以上、諸々を加味した上で答えは――


「そもそも私とオルヴァーさん、最近ようやく友達になったかもしれないくらいの仲なんですけど」


 である。

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