11.地下室(3)

「いつまでそこにいるつもりですか? 1階へ上がってきてはどうでしょう?」


 頭上からルグレの声が降ってきた事で、するりとアリシアが離れて行った。

 コウモリ魔物と相対するよりも恐ろしい状況に巻き込まれた気がするが、頭を振って、一旦その記憶を消す。あまりにも恐すぎたので、精神衛生に良くない。

 相方の言葉に、アリシアが気怠そうに応じた。


「はあ? 階段どこだよ、探すの怠いなあ」

「穴から戻って来れば良いではありませんか、アリシア」

「じゃあお前が地下に来て、シキミ達の面倒を見ろよ。ヒヨコちゃんを放置して、どこかで死なれたらとんだお笑い種だぞ、勿論お前が」

「成程。ではこれで、階段をお探し下さい」


 意地でも地下に行きたくないのか、ルグレが右手で球体のような物を放った。それは地下の床に着弾、それと同時に光を弾けさせる。

 ――松明の役割を果たせる魔法の類いだったらしい。

 今まで薄暗かった地下の一室が、真昼の日光でも現れたかのように明るく早変わりする。そして、今まで見えなかった物が見えるようになった。


「な、なにこれ!? ええ!? オカルト屋敷だったの、ここ!」


 床一面の魔法式。全て繋がっているので、一塊の魔法である事が伺える。ただし規模が大きすぎて個人で使うような魔法ではないが為に、何をする為の魔法式なのかは不明だ。

 赤い塗料にて描かれているそれは不気味の一言に尽きる。こんな山奥の廃屋で何をしていたと言うのだろうか。もしかして、この魔法式によって喚び出されたのがDLC魔物達だったのだろうか?


 周囲を見回したアリシアがふーん、と興味が無さそうに鼻を鳴らす。


「間違いなく全てヒューマンの血をインクに描かれているな。19歳以下、女の血液だ」

「えっ、よくそんな事が分かるな?」


 ベティの怪訝そうな表情に対し、アリシアは悪戯っぽく笑った。


「なんか、味?」

「味って! 冗談にしてはブラック過ぎるだろ」


 ――冗談ではないのでは?

 そう思ったが恐すぎて言えなかった。多分、アリシアの言っている事は本当だろうし、これが人間の血を塗料に描かれた魔法式であれば一気に廃屋がホラー味を帯びてくる。

 何せこの量の血液だ。

 まず間違いなく、献血でも募って集めた訳ではあるまい。であれば、血の提供者達は――

 そこまで思考して考えるのを止めた。どう工夫しても好意的に受け取れそうにないからだ。


「――あ。あれ、階段じゃないの? さっさと地上に戻ろうぜ」


 血で描かれているらしい魔法式を平気で踏んづけながら、アリシアが部屋の隅にある階段へと足を向ける。あまりにも早い切り替えだ。スピード感に付いて行けない。


「うう・・・・・・。ちょっと気分が悪くなってきたかも」

「私もだよ、シキミ」


 ベティと二人、顔を青くしながら階段へ向かい、ようやく地上へと帰還出来た。

 床板の穴の前で微動だにせず待っていたルグレと、本当の意味での再会を果たす。彼は悪びれもせず柔和な笑みを浮かべて手を振っていた。


「いやあ、災難でしたね。靴でも洗ってから帰ります? まあ、水道から水がちゃんと出るのかまでは分かりかねますが」

「いや、そんな事よりこんな屋敷からは早く帰りたいです」

「おや、そうですか? 趣があって良いではありませんか。誰も住まないのならば、僕達が貰ってしまいましょうか。アリシア」


 ルグレの言葉に対し、肩を竦めたアリシアは嫌そうに目を細めた。


「交通の便悪すぎるだろ、絶対に嫌だ」

「そっち? アリシア達、恐いもの知らずだなあ」


 ――そりゃ、自分自身が恐いモノなら恐いもへったくれも無いでしょう。

 そんな事を言おうものなら強制的に失踪させられかねないので黙っておいた。しかし顔には出ていたのか、アリシアにニヤニヤと笑われてしまったが。


「さて、ギルドへ戻りますか」

「お前は何もしてないけどな、ルグレ」

「失礼な。ずっと応援していたでしょう?」


 何故か場を仕切っているルグレを見ていると、どっと疲れた。そんな中、ご機嫌なベティに肩を叩かれる。


「どうだ、シキミ、私、強くなっただろ!?」

「正直、信じられない速度で強くなったな、と思ったよ・・・・・・。いや、本当に」

「へへ、そうだろ!」


 もっと大々的に自慢して良い成長具合なのだが、上手く伝わらなかったらしい。

 何にせよギルドマスターへの報告もしなければならないので、ギルドへ戻るというルグレの提案に乗っかる形で屋敷を後にした。

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