抽選券をください

@karaokeoff0305

第1話【完】

「お父さん、抽選券の配布が始まるよ!早く早く!」



今年で中学2年生になった娘が、私の袖を引っ張る。

娘曰く、広島カープの今季主催公式戦を観戦するのに必要な

抽選券が、マツダスタジアムで配布されるのだと。

「絶対に抽選を当てて、入場券をゲットするけん」

と、一週間前からとても張り切っていた。


「うわっ、何じゃこの人だかりは」


娘に言われるがまま、マツダスタジアムへと向かった。

すると、そこには唖然とするような光景が広がっていた。


5000人、6000人、いやもっと多い。

数え切れないほど多くの人達。

「列に割り込まないでくださーい」「一歩ずつ前へ進んでくださーい」

20代前半~後半と見られる若い男性の声が聞こえてくる。

ある程度人はいるだろうと予想はしていたが、まさかこんなに人が多いとは。



「な、なあ彩花。今から並んだところで、ちゃんと抽選券は手に入るのか?」


「大丈夫よ。11時までに並べば、全員に抽選券を配布しますってHPに書いてあったもの」



不安になり、娘に尋ねるとすました表情でそう返事が返ってきた。

うーん、それなら大丈夫か。そう思い、誘導係の指示に従って列へと並んだ。



「予想以上に人が殺到しましたので、ここで抽選券の配布を打ち切らせて頂きます。

誠に申し訳ありません」



並び初めて2時間ほど経った時。

場外から衝撃のアナウンスが聞こえてきた。



「えっ?途中で抽選券配布打ち切り?これはいったい、どういうことだ?」



目を白黒させ、アナウンスが聞こえた方向に耳を傾ける。

隣で並んでいた娘も、驚きと不安の表情を浮かべていた。



「11時までに並べば、全員配布するゆうたじゃろうが。

ありゃあ嘘じゃったんか。どういうことね!?」


「モタモタせんと、はよう抽選券配れや!」



会場内に、怒号の声が飛び交う。

2時間も並んで、抽選券がもらえなかったのだから怒るのは当たり前だよな。

なんてことを思いながら、ぼんやりその光景を眺めていた。



「・・・仕方がないことのような気もするけどね」



娘の不穏そうな表情が、徐々に変わっていく。

そして、予想外の言葉を口にした。


「仕方ない?それはどういう意味だ?」


「だってこんなにたくさん人が来るなんて、抽選券を配布する人も思わなかったんじゃない?

もらえなくても仕方ないよ」



その言葉に、数秒ほど押し黙る。

どんなに予防や対策を練っても、想定外のことが起きることもある。

抽選券を配布する側も、このような非常事態は想定していなかったに違いない。



「抽選券は諦めて、家に帰るか。また来年、チケットを買いに行こう」


「・・・せっかく市内まで来たんだし、広島風お好み焼き食べて帰ろうよ」


「そうだな。お父さんもお腹ペコペコだ。なんか食べて帰るか」



空を見上げると、暗雲の雲が立ち込めていた。

「こりゃいかん。雨が降りそうじゃ」

そう言いながら、鞄の中に仕舞っていた折り畳み傘を取り出す。

不意に、冷たい雫が頬に触れる。

一滴や二滴だけではなく、何滴も。

カープの公式戦が観れることを期待して、ずっと並んでいた人の悲しみの涙かもしれない。

そんなことを思いながら、そっと娘の肩に手を添えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

抽選券をください @karaokeoff0305

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ