あたしが任されたクラスの生徒の名前は何かが変わってる

 夕方の職員室。やることをほとんど終え、そろそろ帰ろうかと思っていたとき、一年二組の担任である、二宮にのみや先生があたしに話しかけてきた。


四月一日わたぬき先生、四組の生徒の名前はどうでした?」

「……はい?」


 いきなり何を言い出すのだろう。正直、言っている意味が分からない。

 あたしが返答に困っていると、二宮先生はあたしの心境を察したのか、今日あったことを詳しく話してくれた。


「……つまり、一組の生徒は名前はパッと見普通なのに、読み方が変わっていて、二組はよくある名前なのに漢字がやたら難しく、三組は名前がみんな回文になっていたということですね」

「はい。四月一日先生のクラスはどうでした? 変わった名前の生徒はいました?」


 そもそもあたしの名前が変わってるからなぁ。いたとしてもインパクトに残りにくいんだよね。

 あたしは机の引き出しから出席簿を出し、一人ずつ名字を確認していく。


「う~ん。特に変わった名前の生徒はいませんね。自己紹介聞いた時も、読み方は普通だったし、そこまで難しい漢字の生徒も……あ、回文の生徒はいましたね」

「本当ですか!?」


 二宮先生は身を乗り出し、目を輝かせてあたしを見た。そこまで喜ぶこと?


「え、ええ。確か、三園みぞののぞみという生徒でした。でも、その子だけです。あとは本当に普通の名前でしたよ」

「そうですか……あの、よろしかったら、思い出した生徒の名前をフルネームでここに書いてもらえますか? もしかしたら、まだあるかもしれません」

 

 いやないって。あたしは面倒だと思いながらも、二宮先生のノートに名前を書き綴っていった。下の名前の漢字は、音しか聞いていないので全部推測で書いた。


 宇草うくさたすく

 伊坂いさかたかし

 野中のなか花音かのん

 生田いくたさつき

 阿南あなん奈々なな

 浦田うらたわたる

 色石いろいし詩織しおり

 綾瀬あやせ沙弥さや

 鮎田あゆた克也かつや

 阿智江あちえ啓太けいた

 浦城うらきひかる

 奈良なららん


「今、フルネームを思い出せたのはこれだけです。まあ、多少変わった名字の子はいますけど、そこまで変わってないでしょ?」

「そうですね。ただ、少し気になる点が一つ」

「なんです?」

「ここに記されている十二人のうち、野中さんと奈良さんを除いた十人の名字が、あ行で始まってるんですよね。これ、不思議に思いません?」


 言われてみればそうだ。先頭が『あ』なのが四人、『い』と『う』が三人ずつ。偶然……ではないかもしれないけど、ヒントにはならなさそう。

 

「二人とも、何話してるんですか?」

「あ、三木みき先生」


 一年三組担任の三木先生が、カ○リーメイトを片手に訊いてきた。


「四月一日先生のクラスの名前について調べてたんですよ。一二三ひふみ先生(一年一組の担任)や、三木先生のクラスみたいに、名前に何か特徴がないかなと思って」

「特徴、ちなみにどういう名前なんですか?」

「これに書いてます。全員ではありませんけど」 


 三木先生はノートを受け取ると、小声で名前を読み上げていく。そして、二宮先生に向いて言った。


「すみません。これ、少し書いてもいいですか」

「何か気付いたんですか?」

「まだ確証はないんですが、まあ、見ててください」

 

 三木先生はそう言ってノートを机に置き、名前の横にすらすらと書き始めた。


 宇草祐(UKUSATASUKU)

 伊坂孝(ISAKATAKASI)

 野中花音(NONAKAKANON)

 生田皐(IKUTASATUKI)

 阿南奈々(ANANNANA)

 浦田亘(URATAWATARU)

 色石詩織(IROISISIORI)

 綾瀬沙弥(AYASESAYA)

 鮎田克也(AYUTAKATUYA)

 阿智江啓太(ATIEKEITA)

 浦城輝(URAKIHIKARU)

 奈良蘭(NARARAN)


「……やっぱりそうだ」

「これは……回文?」と二宮先生。

「はい。俺のクラスに今井いまい有海あみという生徒がいるんですが、彼女もこの十二人と同様に回文になってるんです」


 へぇ、今井有海。えーと、ローマ字にするとIMAIAMI……ホントだ。よく気づいたなぁ。


「これは有名な話ですけど、小説家の西尾維新さんも『NISIOISIN』で回文です。しかも点対称」


 三木先生の言葉であたしはハッとした。よく見ると、IMAIAMIの文字の列は線対称になっている。あたしのクラスは……うわっ、鮎田君惜しい! 『かつや』じゃなくて『たつや』だったらAYUTATATUYAで線対称だったのに。

 でも、なんか感動……はちょっと大げさだけど、回文の生徒がこんなにいるのはホント奇跡……いや、ここまで来たらもはや異常だわ。

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