彼が任されたクラスの生徒の名前はみんなキラキラネーム

 日の暮れかけた職員室。僕は一人出席簿とにらめっこをしていた。


前田ぜんだ井口いのぐち木村もくむら……」


 今年の一年生は名前に特徴のある生徒が本当に多い。僕のクラスは漢字こそ難しくないが、読み方が特殊だから逆に覚えづらい。

 でも二組は漢字が難読だから一番つらいな。確か『翫』で『いとう』だっけ。こんなの読める人なんてごく少数だろう。

 はぁ、と自然にため息が出た。まだ入学式が終わったばかりなのに、一年間上手くやっていけるか不安しかない。


一二三ひふみ先生も苦労されてるようですね」


 突然声を掛けられ僕は思わず驚いてしまった。声の方を向くと、そこには五組を担当している五木いつき先生が立っていた。


「……その言葉を聞く限りだと、五木先生も苦労されてるんですか」

「ええ。正直今年は異常ですよ。一二三先生、キラキラネームはご存知ですよね」


 それだけで何が言いたいのか分かった。なるほど、五木先生のクラスは生徒の名前がみんなキラキラネームなのか。想像しただけでカオスだ。

 僕が首肯すると、五木先生は紙に何かを記して僕に見せた。そこには『新敦』と書かれている。


「これ、なんて読むか分かります? うちのクラスの生徒なんですけど」


 ふむ、普通に読むなら新は『あら』だ。敦はなんだろう。名前として違和感がないのは。


「そうですね……『あらのぶ』でしょうか」

「一般的に読むならそれが妥当だと思います。でも、これ読み方『にゅーとん』なんですよ」


 僕は絶句した。敦が『とん』と読むのは知識として知っていたが、まさか新が『にゅー』だと……!?

 意味を考えるとそう読めなくもない。けど、人名に使うのはいかがなものか。ニュートンが生きていたらきっと驚いただろう。


「多分、ニュートンのような科学者に育ってほしいという意図で付けたんでしょうね」

 

 だとしてもこれはキツイ。名前のせいで新敦君が科学嫌いになってしまわないか心配だ。


「あと、女子でこんな名前の生徒がいました」


『樹里』


「これは『じゅり』ですよね。よくある名前だと思いますけど」

「そう思うでしょう? でもこれ『じゅりえっと』と読むんです」

 

 僕は再び絶句した。樹里はどこからどう読んでも『じゅり』だ! 『じゅりえっと』は強引すぎる。

 

「うちの勝手な推測ですけど、全部漢字にすると長くなるから、漢字を『樹里』にして、読みを『じゅりえっと』にしたんじゃないですかね」 


 その可能性は高い。でも、個人的には『じゅり』で踏みとどまってほしかった。


「まあ、今挙げた二人は読み方を誤魔化せますからね。まだ良い方ですよ」

「それはつまり、読み方を誤魔化せない生徒もいるということですか?」

「いますよ。確かひらがなで『える』だったかな」


 ひらがなはどうやっても誤魔化せない。というか『える』って氷菓の千反田ちたんだえるから取ったのだろうか。デスノートのLもありうるけど、それならカタカナだよな。

 

「中々変わった名前ですけど、『にゅーとん』と『じゅりえっと』を見ると、『える』が普通の名前に思えてくるんですよね」


 五木先生の感覚が麻痺してる。ただ『にゅーとん』『じゅりえっと』『える』を比較すると『える』が一番まともだ。『にゅーとん』と『じゅりえっと』は日本人の名前には適していない。


「ほかにも、樹莉亜じゅりあ輝宝だいや助世芙じょせふ来安らいあん紗守美じゃすみん愛里亜ありあ瑠偉洲るいす毬鈴まりりん……数え上げたらキリがないですね」


 どの名前も個性的だ。瑠偉洲は全部で三十五画、樹莉亜も三十三画だから書くだけでも大変だ。輝宝は輝く宝石だから『だいや』なのだろうか。何にしても、キラキラネームであることに変わりはない。……よく見たら三文字の名前が多いな。しかも全部外国人だし。


「しかしこれ、名前で生徒がいじられないか心配ですね」

「多分大丈夫だと思いますよ。入学式が終わった後、教室で生徒に自己紹介をしてもらったんですけど、名前で笑った生徒は一人もいませんでした。むしろ、みんな名前で苦労してきたからか、意気投合してました」


 同じ境遇の生徒が集まるとそうなるのか。喜んでいいのか複雑だ。

 

「うちも名前で苦労しましたよ。別にキラキラネームというわけではないんですけど、漢字がね」

「どういう名前なんですか?」

「まさゆきで漢字はこう書きます」


『磨差癒樹』


 何だその夜露死苦よろしく的な名前の付け方は。しかも画数が瑠偉洲の比じゃない。えーと全部で……六十画!? 名字の五木も合わせれば六十八画。紙に名前書くとき面倒だろうなぁ。


「いやもうね、名前書くときはホントに大変なんですよ。しかも由来が『自分を磨き、人を差別せず、人を癒し、樹木のような大きな人に育ってほしい』って……初めて聞いたときはドン引きしましたね」


 なんでも詰め込めばいいってもんじゃないだろう。あと最後の「樹木のような大きな人」は正直要らないと思う。樹木は小さいものでも三メートルは余裕で超える。もはや怪物級だ。

 

「学生の頃は親を恨みましたよ。なんでもっと簡単な漢字にしてくれなかったのか……」


 確かにそうだ。磨差癒樹……これは違う意味ですごいキラキラネームだな。

 


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