第76話

「パティちゃん……お家にかえっちゃうの?」

「じーじ――ぞ、族長が帰ってこいって言ってるからな」


 飛行蟲の討伐を終え、俺とパティは蒼い閃光と共にニノリッチに戻ってきた。

 追放を解かれたパティも一緒だったのは、アイナちゃんに別れを告げるためだった。


「……アイナもようせいさんのお家にいく。パティちゃんといっしょにいる」

「いけませんよアイナ。パティさんが困っているじゃないの」

「やだ! アイナ、パティちゃんといっしょがいいっ!!」


 涙を流し駄々をこねるアイナちゃんに、ステラさんも手を焼いているようだった。

 パティが里に帰ると言い出したのは、昨晩のこと。

 ずいぶん急だったけれど、見送るためステラさんの他に、蒼い閃光も俺の店にやってきていた。


 一人ひとり別れの言葉を言っていき、アイナちゃんの番になった。

 なかなか言葉が出てこないアイナちゃん。言葉よりも先に涙が出てきてしまった。

 あとはご覧の通り。

 アイナちゃんは、パティと離れたくないと、一緒にいたいと泣きはじめたのだ。


「親分、本当に帰っちゃうの?」


 俺は困り顔のパティに小声で問いかける。


「……あ、ああ。お前ら只人族は命が短いからな。すぐ死んじゃうようなヤツらと一緒にいたって、またあたいだけおいていかれちまうだろ?」


 茶化した感じに言っているけれど、その瞳には寂しさが宿っている。

 パティのただ一人の友人、カレンさんの高祖父を失った悲しみは言えることのない傷となって残っているのだろう。


「そ、それにあたいはさ、もともとアイツを捜すためにこのマチにやってきただけだしなっ」


 パティは強がると、涙を流すアイナちゃんを寂しそうに見つめた。


「そっか」

「そうだ」

「じゃあ、行っちゃうんだね」

「シロウには世話になったな」

「気にしなくていいよ。それは俺もだしね。お互い様ってやつだよ」

「そ、そっか」

「そうだよ」


 パティの決意は固い。


「あたいがいると、アイナが泣き止まないよな。しょーがない。そろそろ行くことに――」


 パティがそう言いかけたときだった。


 ――ガチャ。


 ノックもなく店の扉が開いた。

 現れたのは――


「よ、良かった。ま、まだいた……か」


 カレンさんだった。

 全力疾走してきたのか、ぜーはーぜーはーと呼吸が荒い。


「か、カレンさん? どうしたんです急に」


 そう訊くと、カレンさんは片手をあげた。

 ちょっと待ってのポーズだ。

 深呼吸して呼吸を整えるのに、一分はかかった。


「……コホン。待たせたな。パティのためにせめて家系図でもと思い、曽祖父の遺品を整理していのだが……こんなものが出てきたのだ」


 カレンさんがそう言って差し出したのは、一通の手紙だった。


「それはなんですか?」

「曽祖父の遺言によると、この手紙は高祖父が残したものらしい。宛名には、ただ『大切な友だちへ』とだけ書かれている」

「それって……」


 俺はパティを見た。

 カレンさんの話を聞き、パティも手紙が気になっているみたいだ。

 アイナちゃんも顔をあげ、手紙とパティを交互に見ていた。


「アイツが――アイツが残したものなのかっ?」

「そうだ」


 カレンさんが頷く。


「この手紙の封は破られていない。家族に宛てたものではないからな。おそらくこの手紙はわたしの高祖父が友人宛に――つまり、君宛に書いたものである可能性が高い。どうだろうパティ、空けてもいいだろうか?」

「あ、空けてくれ!」

「わかった」


 みんなが見守る中、カレンさんは手紙の封を破るのだった。

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