第75話

 ジギィナの森に、冒険者たちの勝鬨が響き渡っていた。


「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!」」」


 冒険者たちが拳を天に突き上げる。

 地面には、飛甲蟲の死骸でいくつも山が築かれていた。


「うげぇ。あれ数百匹じゃききませんよね?」

「数千匹はいたみたいだな。でも死者も出さずに全滅させるなんてよ、マジで妖精の祝福はバケモノ揃いだな。おれたちももっと強くならなきゃな」

「蒼い閃光のみんなならまだまだ強くなれますよ。俺から見ても伸びしろしかありませんしね」

「腕利きの商人様に認められるなんざ、嬉しい限りだねぇ」

「あはは、だから腕利きなんかじゃないですって」


 巣の駆除を見届け、呑気に会話をはじめる俺とライヤーさん。

 そんな俺の頬を、パティがぺしぺしと叩いてきた。


「どうしたの親分?」

「……なあシロウ。お、終わったのか?」


 じっと事の成り行きを見守っていたパティの声は、不安と期待が入り混じっていた。

 俺は安心させるため、笑顔で頷く。


「ああ。終わったよ」

「そうか……終わったんだな」


 パティが大きく息を吐いた。

 心底安堵したと言わんばかりの、すっきりとした顔をしていた。


「よかったね親分。これでもう他の妖精たちが襲われることはないよ」

「……あ、ああ。そうだな」

「他の妖精たちに教えなくていいの? 飛行蟲をやっつけたぞーって。『これが飛甲蟲共の女王の首じゃー!!』って、女王の頭を掲げて会いに行ってみたら? 他の妖精たちは、飛行蟲のせいで洞窟の外に出れなかったんでしょ?」

「そ、それは……」


 パティが言葉に詰まる。

 本当は報告しに行きたいんだろう。いつもの調子でえっへんとしながら。

 けれどパティは里から追放された身。

 討伐を終えた報告とはいえ、里に戻っていいのか悩んでいるようだった。


「やっぱりあたいは――」

「……パティか?」


 不意に、誰かがパティの名を呼んだ。

 俺とパティは同時に振り返る。少し遅れて蒼い閃光の四人も。


「やはりパティか。これは何事だ?」


 そこには、老齢の妖精がいた。


「ぞ、族長……」


 パティが息の飲む。

 族長ということは、この老妖精がパティを追放した張本人というわけですか。

 やってきたのは、族長だけではなかった。


「うわっ!? 妖精がめっちゃいる!」

「すげぇ光景だなこりゃ」

「…………妖精がこんなにたくさん」

「驚きましたね」

「みんなちっちゃくてかわいーんだにゃ」


 木々の陰から、こちらを覗き見る妖精たちがいた。それもかなりの人数が。

 この場に集まった妖精たちは、冒険者の勝鬨を聞いたのだろう。

 洞窟に避難して閉じこもっていた妖精たち。


 これからどうしたものかと絶望する最中、外から何者かの雄叫びが聞こえくる。

 外の様子を知るため隠れていた洞窟から出てみれば、飛行蟲の巣があった場所には冒険者が出入りしているときた。

 そりゃ驚くよねー。


 木に隠れる妖精たちは、顔だけ出してこちらをチラチラと。

 なかには飛行蟲がいないとわかり、隠れるのをやめた妖精もいた。

 たくさんの妖精たちが見守る中、族長がパティに話しかける。


「パティ、追放したお前がどうして只人族なんぞと一緒にいるのだ? いや、それよりもなぜ飛行蟲の巣に只人族の群れが……」


 族長は山と積まれた飛甲蟲の死骸と、遺跡に出入りする冒険者たちを交互に見ては警戒した眼差しを向ける。


「パティ、説明せよ」

「……ぞ、族長には関係ないだろっ!」


 説明を求められたパティが、拒絶するように言い放つ。

 さっとお腹の紋様を隠したのは、無意識の行動だろう。


「あ、あたいは里から追放されたんだっ。族長、もうアンタに従う理由なんて、ないっ!」

「パティ……」


 一瞬、族長の目に哀しみの色が浮かんだ。


「み、見えるだろっ? 飛甲蟲はみんな死んだぞっ。ポコポコ手下を生む女王も死んだ! これで妖精の里はいままで通りだ! もう洞窟に閉じこもらなくてもいい! よ、よかったじゃないかっ」


 強い言葉を放ちながらも、パティの目には涙が溜まっていく。

 俺は「ふうふう」と荒い息をつくパティを、手で包むようにして撫でるた。

 落ち着かせるためだ。

 パティはくしゃりと顔を歪めると、族長から隠れるように俺の手にすがりついた。


「族長さん、パティさんの代わりに説明させてください」

「……只人族のお前が?」

「ええ。俺の名は士郎尼田。俺の肩にいる、」


 視線でパティを示し、続ける。


「パティ・ファルルゥさんの頼みを聞き受けて、俺たちは飛行蟲を駆逐しにきました」

「……パティの頼みとな?」

「ええそうです。パティさんの頼みです」


 ここは「パティの頼み」という部分を全力で強調させてもらう。


「……どういうことだ?」

「言葉通りの意味ですよ」


 俺は肩をすくめる。


「里の近くに巣を作った飛行蟲に、里のみんなが困っているから助けてくれ、と頼まれたんです」

「なんだと!? パティがか? それは本当かっ?」


 驚く族長。ざわつき出す妖精たち。

 里では忌み嫌われ、追放までされた者が同胞を救いに戻ってきたんだ。

 驚くなと言うほうが難しいだろう。


「本当ですよ。ね、親分?」


 話を振られたパティは、散々迷ったあと観念したように頷いた。


「あ、ああ。あたいがこの只人族に――シロウにお願いしたんだ」

「……」


 族長が言葉を失う。


「そこの只人族」

「俺ですか?」

「うむ。お前のことだ。只人族のお前がなぜ……パティの頼みを?」

「簡単ですよ。俺はパティさんに命を救われました。その恩返しというわけじゃありませんが、こうして仲間と協力して飛行蟲の巣を駆除しに来たわけです。もっとも、パティさんが頼まなかったら俺たちがここまで来ることはありませんでしたけどね」


 俺の言葉を訊いた族長が黙り込む。

 しばし沈黙が続き、やがて、


「……そうか。私たちはパティに救われたのか」


 絞り出すようにそう言った。

 俺は頷く。


「結果的にはそういうことになりますね。飛甲蟲を駆除できたのは、パティさんが俺たちに頼んだからです」

「厄災を招くと伝えられてきた呪を持つ者に……救われることになるとはな。なんとも皮肉な話ではないか」


 自嘲気味に笑う族長。

 そのときだった。


「…………呪?」


 静かに事の成り行きを見守っていたネスカさんが、会話に入ってきた。

 知識欲の強いネスカさんのことだ。

 おそらくは『呪』というワードに興味を持ったのだろう。


「…………シロウ、『呪』とはなに?」


 ネスカさんが呪について訊てきた。

 答えたのは、紋様の持ち主であるパティだった。


「これのことだよ。あたいのお腹にあるコレが……『呪』ってやつさ。妖精族の間じゃ、災いを呼ぶ印と伝えられてるんだよ……」


 パティがお腹の紋様を指さす。


「…………妖精族は、『紋章』のことを呪と呼んでいるの?」


 紋様を見たネスカさんが首を傾げる。


「ネスカさんはこの紋様のことを知ってるんですか?」

「…………知っている。パティの腹部に浮かぶ――」


 ネスカさんが、パティの紋様を指でなぞる。

 くすぐったかったのか、パティはぷるぷると悶えていた。


「この紋様は、魔術師ギルドでは『紋章』と呼ばれている。…………強い魔力を持って生まれてきた者にのみ現れる、選ばれた者の証し」


 ネスカさんの説明を要約すると、ざっとこんな感じだった。

 強い魔力も持って生まれ来た者に現れる印――紋章。

 この紋章がある者は、魔力が強すぎるが故にコントロールできず、魔法を暴発させる者が後を絶たなかったそうだ。

 それが原因で不幸な人生を歩んだ者も多いとか。


 しかし、それはひと昔前の話。

 確かに強すぎる魔力は扱いが難しいが、基礎からじっくりと魔法を学べばコントロールできないものでもないそうだ。

 そして絶大な魔力をコントロールできた者は、高位の魔法使い――魔道士と呼ばれ、凄い魔法をバンバン使えるようになるらしい。


 いまでは紋章持ちはどこの国でも重宝され、金貨を積み上げ宮廷に招くのが当たり前なんだとか。

 そういえばパティは、魔力のコントロールが下手くそなだけで、威力自体は凄かったもんな。


「…………未だに未開の辺境や、一部の部族では紋章に対しての誤解や偏見が多い。紋章は忌避されるものではない。むしろ逆。言うなれば神からの贈物ギフト。優秀な者である証」


 これを聞いて族長はビックリ。他の妖精たちも驚いていた。

 妖精族が持ち続けていた価値観が、ぶっ壊れる瞬間だった。


「……そうか。伝承は誤りだったのか。私たちは……間違っていたのだな」


 取り返しのつかないことをしてしまったと、うなだれる族長。

 ことの深刻さに打ち震えているような顔だ。


「…………わたしは魔術学院で基礎から魔法を習っていた。パティが望むなら教えることもやぶさかではない」

「ネスカ……」


 驚いた顔をするパティに、ネスカさんが微笑で応じる。


「…………紋章持ちのパティが自分の意思で魔力を操れるようになれば、きっとあなたたち妖精族の力になることだろう」


 ネスカさんの説明を聞いた族長がため息をつき、次いでパティに頭を下げた。


「パティ、いままで苦しい想いをさせてすまなかった。そして私たちの里を救ってくれてありがとう。族長として――そしてお前の祖父として謝罪と感謝を」

「っ……」


 パティは瞳をぱちくりと。

 目の前で頭を下げる族長に、理解が追いついてない様子。

 というか、族長ってばパティのお祖父さんだったのね。


「パティ……本当にすまなかった」

「や、やめてくれじーじ! そ、それにあたいが追放されなかったらシロウと出逢うこともなかったしっ、こ、こうして里のみんなを助けることもできなかったろっ?」


 わたわたと焦りながらパティは言葉を続ける。


「だ、だからよかったんだよ! これでよかったんだっ。全部正しかったんだよ! じーじも、里のみんなも。な、なにも――誰も間違ってなんかないなかったんだ!」


 ――誰も間違ってない。


 パティはそう断言してみせたパティ。

 その顔に浮かぶ表情は、太陽のような眩しさだった。


「族長として伏して頼む。パティ、里に戻ってきてはくれないか?」


 こうしてパティの追放は解かれたのだった。

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