幕間
パティ・ファルルゥ。
その意味は、古い妖精族の言葉で『運命を切り開く者』。
不憫なパティを見かねた族長が、せめてもと授けた名だ。
けれど、妖精族の里ではパティの名を呼ぶ者のは誰もいなかった。
そう、実の両親すらも。
他の妖精は皆、パティのことをこう呼んでいたからだ。
忌み子。
災いを呼びし者。
呪われ子。
森に愛されぬ哀れな娘。
そして――――――呪持ち。
パティの腹部には、生まれつき奇妙な紋様がある。
妖精族に『災厄を招く』と伝わる紋様は、呪と呼ばれていた。
伝承がそう言っているのだ。
当然、呪を持つパティは他の妖精から忌み嫌われた。
『近寄らないでもらえるか』
『……忌み子が』
『さ、触らないで! 向こうへ行って!!』
『なぜ族長は呪持ちを里から追放せぬのだ……』
妖精の里にパティの居場所はなかった。
パティはそれが辛くて、辛くて辛くて……月のない夜ついに里を飛び出した。
妖精の掟は里から出ることを赦してはいない。
けれど仕方がないだろう? パティには居場所がなかったのだ。
――誰もあたいのことなんか気にしちゃいないんだ。あたいがいなくって気づきもしないだろうよ。
そううそぶき、あてもなく森を彷徨った。
そのうち里に戻ればいいだろう、と考えて。
只人族に出逢ったのはそんなときだ。
『君は……妖精かい?』
只人族はそう訊いてきた。
パティに向けられる目には、いつだって悪意や恐れに満ちていた。
……それがどうだ?
この只人族の瞳には、優しい光りが宿っているではないか。
それも、笑みまで浮かべて。
次いで只人族は、妖精に――パティに会えて嬉しいと言った。
この瞬間、パティは救われたのだ。
会ったばかりの只人族に、パティの心は救われたのだ。
『そ、そういうお前は只人族だろっ?』
そう返すのが、精一杯だった。
『妖精さん、君の名前を教えてくれないかい?』
只人族に名を訊かれたパティは大いに慌てた。
誰かに自分の名を呼んで欲しかった。
一度も呼ばれたことのない名を、ずっとずっと呼んで欲しいと思っていた。
けれど、
『あ、あたいの名を知りたいのか? しょ、しょうがいヤツだな。じゃあ……も、もっと狩りが上手くなったら――お、お前が一人前ってやつになったら、そ、そのときに教えてやるよっ!』
そんなことを言ってしまった。
だって名前を教えてしまうと、それっきりになってしまうかもしれないからだ。
――これっきりになるぐらいなら、名を教えてとせがむアイツと……ずっと一緒にいれたほうがいい。
――ずっと……誰かと一緒にいたかったんだ。……側に誰かがいて欲しかったんだ。
そんな想いを胸に秘めたパティは、只人族の前で強がってしまったのだ。
しょちゅう里を抜け出すパティと、狩りをしに森へやってくる只人族。
いつしか互いに『只人族』、『妖精さん』と呼び合い、暖かな関係が続いた。
森で見つけた綺麗な石を、只人族にあげたりもした。
綺麗な石を受け取った只人族は、数日後に首飾りを作ってパティへと贈った。
『見てよ妖精さん。君と僕でおそろいの首飾りを作ったんだ』
『ふーん。只人族のくせにやるじゃないか。じゃ、じゃあ、この首飾りをあたいとお前の……ぁ……ゆ、ゆーじょーの証しってヤツにしようじゃないか』
『受け取ってくれてありがとう。頑張って作った甲斐があったよ』
首飾りを着け、只人族と妖精さんは笑い合った。
只人族と妖精さんは友達になったのだ。
それからいくつも季節が巡り、ひょろ長かった只人族も少しは逞しくなった。
狩りだって上手くなったのだ。
やがて、フォレストウルフをも狩ってみせた只人族は、意を決してこう言ってきた。
『妖精さん、そろそろ君の名前を教えてくれないか?』
一人前になったら教えてやる、そう言ったのはパティ自身だ。
パティは迷った。
名前を教えてしまったら、この暖かな関係が終わってしまうような気がしたのだ。
『しょ、しょうがないなっ。約束だったもんな。つ、次会ったときに教えてやるよ』
だからそんなことを言ってしまった。
『次を楽しみにしてるよ。ああ、僕が先に名乗っておこうかな。僕の名前は……』
『い、いい! いまはいいっ!! 次だ! つ、次に会ったときに名前を教え合おうじゃないか。そ、それでいいよなっ?』
『……わかったよ』
只人族は嬉しそうに笑い、頷いた。
出逢ったときと同じ、暖かくて優しい笑みだった。
そしてそれが、只人族と妖精さんが共に過ごした、最後の日となった。
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