第69話

 宴がはじまり、すでに六時間ばかり。


「あんな美味い酒を豪勢に振る舞うなんて、さすがあんちゃんだな」


 ライヤーさんがそう言ってきたのは、宴もたけなわになった頃。

 狂乱の宴も終わりが近づき、いまじゃまともに動ける人の方が少ないぐらいだ。

 脱ぎ出す冒険者が現れはじめたところで、ステラさんにはアイナちゃんを連れて帰宅してもらった。


 アイナちゃんは残りたがっていたけれど、子供が見てはいけない大人の世界もあるのだ。


「…………シロウのお酒おいしい。こんなお酒ははじめて」


「ボクもボクもーっ。故郷の母ちゃんと父ちゃんにも飲ませてあげたいぐらいなんだにゃ」


 本日の営業は終了しましたとばかりに、蝶ネクタイを外し椅子に座った俺。

 同じテーブルには、ライヤーさんの他にネスカさんとキルファさんもいる。

 あとはロルフさんもいれば『いつものメンバー』、と言えるんだろうけど……残念なことに、ロルフさんは酔い潰れた人たちに解毒の魔法をかけてまわっていた。


 スピリタスに挑み、敗北した冒険者は床のあちこちに転がっていて、なぜかその中にはエミーユさんの姿も。

 もともと一人酒しちゃうような人だったから、今日もぐでんぐでんになるまで飲んでしまったんだろうな。


「しっかし、いくらあんちゃんの店が儲かってるからってよ、今回の大盤振る舞いはさすがのあんちゃんでも懐が寒くなったんじゃないか?」


 ライヤーさんが訊いてくる。

 気に入ったのか、その手にはメキシカンビールが握られていた。


 日本から持ってきたお酒はどれも好評を博し、三〇〇万円分のお酒が一夜で消費された。

 どれほどの盛り上がりだったか、わかるというものだ。


「確かに痛い出費ではありました。けれどこれでよかったんですよ。だってこれでここの冒険者たちは、俺が今後お酒を販売したら飲まずにはいられなくなるでしょう?」


 俺がそう言うと、ライヤーさんは呆れたように笑った。


「もう味を覚えちまったから、ってわけか。かぁーっ。しっかりしてやがる。抜け目ないな、腕利き商人さんよ」


「あはは。腕利きじゃないですって。でも、半分ぐらいは冒険者たちのストレス発散も兼ねてますよ? いくら冒険者の日常と聞かされてはいても、慣れていない俺からすると目の前でケンカされると怖いもんですよ。それに、ここにはアイナちゃんも納品に来たりします。だから……やっぱりねぇ」


「うんうん。ここにはアイナも仕事でくるもんね。子供に怖い思いをさせちゃダメなんだにゃ。シロウってばやっさしーっ!」


「いったー!?」


 キルファさんがバシバシ背中を叩いてくる。

 酔っているからか、けっこー痛い。


「にゃははっ。シロウってば大げさにゃ。ボクそんなに強く叩いてないよ?」


「いや、めっちゃ痛いですよ? 絶対アザになってるレベルですっていまの!」


「うっそだー」


 再びバチコン。追加ダメージが入る。

 それを見てまたみんなで大笑い。

 ひとしきり笑ったあと、ライヤーさんが小声でこう訊いてきた。


「で、ホントの目的は達せられたのか?」


 その顔には、お見通しだぜと書かれている。


「冒険者たちのストレス発散、酒を飲ませてその味を胃袋に教え込む、そんで――」


 ライヤーさんが指を一本、二本と立てていき、三本目でこう言ってきた。


ちびっこい嬢ちゃんパティの人捜し。違うか?」


「……気づいてましたか?」


「まーな。酒が飲めるって聞けば、冒険者なんざホイホイ集まるだろうからな。それで……いたのか?」


「それは本人に訊いてみないとわかりませんね。せっかくだし訊いてみますか」


 俺は立ち上がり、バーカウンターの端に置いていた木箱を持って戻ってくる。


「親分、親分の友だちはいたかな?」


 木箱に小声で話しかける。

 なにを隠そうこの木箱にはパティが入っていて、空けた穴から慰労会の様子をずっと見ていたのだ。

 返事があるまで、ちょっとだけ間があった。


「……いなかった」


 パティの声にいつもの覇気がない。


「……そっか。となると親分の友だちは冒険者じゃなさそうだな」


 俺が冒険者を集め、慰労会を開いた本当の目的。

 それは、パティの友だちを捜すためだった。

 森で会っていたということは、パティの尋ね人が冒険者の可能性もある。

 そう考えた俺は、冒険者が一同に集まるこの慰労会を企画したのっだった。

 結果は、残念ながら空振り。


「悪かったな。その……ボ、ボーケンシャってのを集めるのも大変だったんだろ?」


「そこは気にしなくていいよ。半分は俺のためでもあったしね」


「そんでもう半分はおれたち冒険者のためだろ?」


「正解! だから親分、ホント気にしないでね」


「本当に……わ、悪かった」


「謝らなくていいって。むしろ、冒険者じゃないってわかっただけで収穫だよ。これで捜すのを住民に絞れるしね。大丈夫。きっと見つかるよ」


 パティは、最後まで「ごめん」と謝っていた。

 あたいのためなんかにごめん、と。

 それは、優しさに慣れていない者の言葉だった。

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