第65話

 久しぶりのお風呂を堪能した俺は、押入れをくぐり店へと戻ってきた。

 いまじゃ日課になりつつある、夜空を眺めるためだ。


「ロッキンチェアを取り出してっと」


 裏庭にロッキンチェアとテーブルを運んでいると、


「おーいあんちゃん、いるかー?」


 店の前からライヤーさんの声が聞こえた。

 俺は裏庭から顔を覗かせる。


「いますけど、どうしたんですか?」


「お、いたかあんちゃん」


 俺を見つけ、ライヤーさんが「よう」と片手を上げる。

 その頬には、きれいな手形が赤く刻まれていた。


「……そのほっぺはひょっとして?」


「町長にちっとばかし引っ叩かれてな。ま、殴ってくれってのは言ったのはおれだから別にいんだけどよ」


 冒険者ギルドでなにがあったのかを雄弁に語る、見事な手形だった。


「それよりこれからギルドの酒場で飯にするんだけどよ、あんちゃんも一緒にどうかと思ってな。誘いに来たんだ。アプサラの花を売ったカネもまだ渡してないしな」


「あー、そうでしたね」


 今日は一日人捜しをしていたからすっかり忘れていたぞ。


「儲かりました?」


「バッチリだ。ほら、あんちゃんの分だ」


 ライヤーさんから革袋を受け取る。

 革袋のなかからチャリンと音がした。


「全部で金貨一一枚になった。あんちゃんの取り分は金貨三枚だ」


「俺だけ多くないですか。五等分て言いましたよね」


「迷惑かけちまったからな。その分だよ。受け取らないってのはナシだぜ」


「えー」


「頼むぜあんちゃん。町長にもキツ目に言われちまったからよ」


 ライヤーさんが苦笑する。


 「あー、カレンさんに。……わかりました。ありがたく頂戴します」


 そう言い、金貨をサイフにしまう。


「それで、一緒に飯行くか?」


「行きます!」


 ライヤーさんとお喋りしながら冒険者ギルドへと向かう。

 道中での会話の九割が、カレンさんは怒るとめちゃくちゃ怖いからあんちゃんも気をつけろよ、という内容だった。


 ◇◆◇◆◇


 冒険者ギルドの酒場は、四割ほどテーブルが埋まっていた。

 パティと同じ首飾りをしている人を捜したけれど、残念ながら見つからず。

 やがて、俺たちのテーブルに料理とお酒が運ばれてきた。


「ほんじゃま、乾杯といくか」


 ライヤーさんの音頭に合わせて、ジョッキをぶつけ合う。

 黄色い液体が飛び散るけど、気にする人がいないのが冒険者の飲み会だ。


「ひゃっふぅぅぅっ! 乾杯なんですよぅ!!」


 そしてやっぱりというか、今日もテーブルにはエミーユさんがいて、


「乾杯ですわ」


 あとなぜか、ギルドマスターのネイさんも同じテーブルにいた。

 この不思議な状況に、俺だけじゃなく蒼い閃光の四人も困惑している様子。


「ギルドマスターと一緒にエールを飲めるんなて嬉しんですよぅ! 最高なんですよぅ! ここで働いててよかったんですよぅ!」


 上司に向かって、全力でヨイショするウサ耳娘。


「うふふ。エミーユさん、年頃の女性がそうはしゃいではいけませんよ?」


 ヨイショされたネイさんも、まんざらではない様子。


「なに言ってるんですかギルドマスター! だってギルドマスターといっしょに飲めるんですよ? そんなのはしゃがずにいられないんですよぅ! ギルドマスターが酒場にいてくれるだけで冒険者たちの心は癒されるんですよぅ! アタシの心も癒やされまくりなんですよぅ!!」


「あらあら、仕方がない子ですわね」


 原因はお前だったか。

 以前、首根っこを掴まれて連れて行かれたエミーユさん。

 あのとき彼女は窮地を脱するため、何より減給されないために、必死になって上司をヨイショしたのだろう。

 ヨイショしてヨイショして、その結果が現在のこの状況なんだろう。


「エミーユに言われたのです。『ギルドマスターはもっと冒険者たちの前に姿を見せるべきですよ』と。美しいわたくしの姿を見れば、冒険者たちの日々の活力になると」


 ネイさんは照れたように笑い、続ける。


「あのときは減給を逃れたい一心から、口からでまかせを言っていると思いました。ですが、エミーユの瞳には強い意思が宿っていましたの。わたくしのような立場にいると、その者の瞳を見ただけで真実か否かを見抜くことができますわ。そしてあのような瞳を持つ者が、嘘をつくはずがありません」


 断言するネイさん。

 待って待って。その強い意志って、減給されたくない一心から来たものですよきっと。


「アタシはギルドマスターを一目見たときからずっと思い続けていたんですよぅ! あ、美人だって。すっごい美人がきたって! そんな極上の美女が近くにいたら、冒険者はみんな元気バリバリでビシバシやる気になるんですよぅ! ね? ライヤー! ね! ライヤー!」


 ライヤーさんに向けて、バチンバチンとウィンクするエミーユさん。

 調子を合わせてくれ、というサインだ。

 どうやら本日の夕食は、かなり神経を使うことになりそうだった。

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