幕間 前編

「ふぅ~。食った食った」


 お腹を膨らませたパティが、ベッドのぽすんと体を投げ出す。


「アイナもおなかいっぱ~い」


 パティに続いてアイナも体を投げ出した。

 クッションが効いたベッドはアイナの体をボヨンと弾ませ、同時にパティの体をも浮かせていた。


 士郎の店からアイナが帰ってきたのは、夕食前のことだった。

 最愛の娘を、母親のステラが笑顔で出迎える。

 いつものアイナならすぐにステラへ抱き着くのだったが……この日は違った。

 背負っていたカバンから、腕をそーっと抜くアイナ。

 首を傾げるステラに、アイナがこう言ってきた。


「おかーさん、いまから見せるのないしょにしてくれる?」


 それは、娘が久しぶりに見せる真剣な顔だった。

 娘にこんな顔をされてしまっては、母として応じないわけにはいかない。

 ステラはきりっと表情を引き締め、「わかったわ」と答える。


「ほんとにほんとにないしょにしてくれる?」


 念押しされてしまった。

 ステラは再び頷く。「もちろんよ」と言葉を添えて。

 こうなると娘のカバンからなにが出てくるのか、気にならずにはいられない。

 そういえば近所の母親が、「子供がしょっちゅう変なものを拾ってくる」とボヤいていたっけ。


 アイナは、どちらかと言えば大人しい部類に入る子だ。

 変なものは拾ってこないと信じているが、こうも念押しされると予想せずにはいられない。


 綺麗な花でも見つけたのだろうか?

 いや、それだと秘密にする理由がわからない。

 となれば雛鳥でも保護してきたのだろうか。ひょっとしたら、モンスターの幼体の可能性だってある。蜥蜴ならまだいいけれど、どうか蛙ではありませんように。

 顔には出さないように気をつけながら、ステラは娘がカバンから出すものを待った。


「じゃあ……あけるね」


「ええ」


 ステラが見守るなか、アイナがカバンの封を外す。

 中から出てきたのは――


「お前がアイナの母さんカカか? ふーん。顔も目の色もそっくりだな」


 カバンの中身は、物語の中でしか会ったことのない伝説の種族だった。

 理解を超えた状況にステラは硬直する。


「おかーさん、このようせいさんはね、パティちゃんてゆーんだよ」


「……」


「よ、よろしくなっ」


「……おかーさん?」


「……」


「アイナのカカ、固まってるぞ」


 ステラが挨拶を返せるようになるまで、少しだけ時間がかかった。


「この寝床……『べっど』だったか? 凄いな。こんなに柔らかくてふわふわした寝床は、あたいはじめてだぞっ」


「いいでしょ? このベッドはね、シロウお兄ちゃんがプレゼントしてくれたんだよ」


「シロウが?」


「うん。シロウ兄ちゃんね、『ひっこしいわい』っていってたの」


 パティとアイナが飛び込んだベッドは、士郎が日本の寝具店で購入してきたものだ。

 アイナは毎晩、母親のステラと一緒に寝ている。

 そのことを聞いた士郎は引っ越し祝いを口実に、ダブルサイズの高級ベッドをアイナとステラに贈ったのだった。


 当初はあまりの柔らかさと寝心地の良さに戸惑っていたステラだったが、


「アイナもおかーさんもね、もうこのベッドじゃないとねれなくなっちゃったの」


 母娘共々、いまではすっかり虜となってしまったようだった。 


「パティさん、アイナ、紅茶を淹れましたよ」


 ステラが寝室にやってきた。

 手に持つお盆には、紅茶のポットとティーカップが載っていた。

 ステラはベッドサイドのテーブルに、ティーカップを一つ、二つ、三つと置いていく。


「おかーさん、今日はなんのおちゃ?」


「シロウさんから頂いた果物の紅茶よ」


 ステラは優しく微笑み、ポットを手に取りティーカップに注いでいく。

 いま注がれている紅茶も士郎から贈られたもので、子供でも飲めるカフェインレスのものだった。


「パティちゃんのもう」


 アイナはティーカップを手に取り、パティへと渡す。

 それを見届けてから、ステラもティーカップを持ち上げた。


「パティさん、夕食のときに仰ってましたが、只人族の男性を探しているのですよね」


「ああ。シロウとアイナにアイツを捜してもらってるんだっ」


「どんな人なんですか?」


「髪と目がは空みたいに青くてな――」


「ああ、ごめんなさい。その……見た目ではなく人となりのことです。妖精のパティさんが森を超えてまで会いに来るほどですから、どんな人なのか気になってしまって」


 ステラの言葉を聞き、アイナがはいと手をあげた。


「アイナもききたいな」


「なんだ、アイナもステラもアイツがどんなヤツかしりたいのか?」


「ええ。とても」


「パティちゃんのおともだちのこと、アイナもしりたい」


 母娘にせがまれ、パティはやれやれと首を振る。


「し、しかたがないなっ。特別に教えてやるよっ」


 パティは紅茶をずずーとすすり、ティーカップを置く。

 アイナとステラが好奇の眼差しを向ける中、パティは語りはじめた。


「なにから話そうかなぁ……ああっ、はじめてアイツと会ったときのことを話してやるか。あれはあたいがはじめて里を飛び出したときに――――……」

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