第64話

 俺とアイナちゃんは、まず市場で捜すことにした。

 市場は町で一番人通りが多いからだ。


「すみません、ちょっといいですか」


「シロウさんじゃないの。どうかしたのかい?」


 声をかけたおばちゃんが足を止める。


「いま人を捜しているんですけど、こんな首飾りをした人に心当たりはありませんか?」


 そう言い、おばちゃんに一枚の写真を見せる。


「上手な絵ね」


 写真には写っているのは、パティの首飾りだ。

 顔も名前もわからないなか、唯一の手がかりは首飾りだけ。

 この前買ったカメラで撮影し、プリントアウトしたのだ。


「ん~、見たことないわねぇ」


「……そうですか。ありがとうございました」


 これで二七人目。

 しかし、いまのところ首飾りの持ち主を知る人はいなかった。


「しってるひといないね」


 アイナちゃんが気落ちしたように言う。


「いないねー」


「ニノリッチのひとじゃないのかな?」


「パティの話だと、ニノリッチに住んでるみたいなんだけどね。でしょ?」


 アイナちゃんのカバンから、ちょこんと顔を出しているパティに確認する。

 パティが頷く。


「アイツは『ニノリッチに』って言ってたぞ。絶対にここにいるはずだ」


「だってさアイナちゃん」


「そっか~」


「一度場所を変えてみようか?」


 俺がそう提案したタイミングで、


「シロウじゃないか」


 たまたま通りかかったカレンさんに声をかけられた。

 視界の端で、パティがさっとカバンのなかに隠れる。


「こんにちはカレンさん。町の見回りですか?」


「見回りなものか。その……人伝に蒼い閃光が戻ったと聞いてな」


 カレンさん周囲を確認。

 俺の耳元に口を寄せ、囁いた。


「蒼い閃光に同行していたであろう君が無事に戻ったか、確認の意味も込めてな。君に会いに来たのさ」


「な、なるほど。それで市場ここに。わざわざ……あ、ありがとうございました」


「あまり心配させてくれるな」


 カレンさんがため息交じりに言う。

 本気で心配している顔だった。


「本当にすみませんでした」


「謝らなくて言い。だが、せめて次からはひと言ぐらい欲しいものだな」


「あはは、覚えておきます」


「ン、約束だぞ」


 そう言って笑うと、カレンさんは俺の頭をポンポンと優しく撫でた。

 俺より一つ年上のカレンさんは、最近こんな感じにお姉さんぶるようになってきた。

 危なっかしい俺のことを、目の離せない弟ぐらいに想っていてくれてるのかもしれないな。


「シロウお兄ちゃん、お顔があかいよ?」


「それは――ち、ちょっと暑いからだよ」


 照れ隠しにわざとらしく手で顔を扇いでみたりする。

 アイナちゃんがじーっと俺を見上げている。

 ここは話を変えるべきか。


「そ、そうだカレンさん!」


 無意識に大きな声を出してしまった。


「なんだ?」


「実はいま人を捜してるんですけど、こんな首飾りをした人をしりませんか?」


 俺はカレンさんに首飾りの写真を見せる。


「……ほう。これは絵か? ずいぶんと綺麗に描かれているな」


 写真を手にとったカレンさんが感心したように言う。

 これまで知っている人がいなかったから、あまり期待はしてなかったんだけれど――


「どこかで……見たことがあるような気がする」


 思わぬ答えが返ってきた。


「カレンお姉ちゃんしってるの?」


「見たことがある、というだけだ。だが、どこで見たのか思い出せないな」


 カレンさんは口元に手をやり思案顔。


「「…………」」


 俺とアイナちゃんは、カレンさんの答えを待つ。

 カバンのなかでは、パティも息を殺して続く言葉を待っているに違いない。

 カレンさんはたっぷり二分かかり、


「…………すまない。思い出せない」


 と言った。

 ガクッとなる俺とアイナちゃん。


「期待させてしまったようだな。しかし、さっきも言ったがその首飾りを見たことがあるのは確かだ。君たちが望むならわたしの方でも捜してみるよ」


「いいんですか?」


「ああ。君には返せないほどの借りがあるからな。仕事の合間にでも探してみるよ」


「よろしくお願いします!」


「おねがいしますっ!」


 俺が頭を下げると、アイナちゃんも真似をして頭を下げる。


「カレンさん、よかったらこれ持ってってください」


 そう言い、カレンさんに首飾りの写真を渡す。

 多めにプリントアウトしておいたものの一枚だ。


「ン、借りておこう」


「首飾りのことがわかったら、俺かアイナちゃんに連絡ください」


「わかった。では、わたしはまだ行くところがあるのでこれで失礼させてもらうよ」


「ああ、お仕事ですか?」


「いや、冒険者ギルドだ」


「…………冒険者ギルド?」


「そうだ。冒険者ギルドだ」


 アレ?

 なんか嫌な予感がするぞ。


「……ぎ、ギルドへ依頼とか?」


「フフッ。依頼なものか」


「お、お友達のエミーユさんに会いに?」


「わざわざエミィに会いにギルドまで足は運ばないさ」


「じゃ、じゃあなんでかなー……?」


「なに。わたしの大切な住民を、わたしの許し無く森に連れて行った冒険者たちにちょっと会いに行こうと思ってな」


「いや、俺は自分の意思で――」


 俺が言い終わるよりも早く、


「では、な」


 カレンさんは昏い笑みを湛えたまま行ってしまった。

 俺は手を合わせ、どうか蒼い閃光の――具体的にはライヤーさんの無事を願うのだった。


 ◇◆◇◆◇


 俺とアイナちゃんは、カレンさんと別れたあとも首飾りの持ち主を探し続けた。けれど収穫はなし。

 現状では、カレンさんが思い出してくれることを祈るばかりとなった。

 そんな感じに捜索一日目を終え、パティはアイナちゃんの家にお泊りすることに。というのも、


「シロウお兄ちゃん! きょ、今日パティちゃんといっしょにねていいっ? おねがい!」


 とアイナちゃんが言ってきたからだ。

 ふんすふんすと鼻息を荒くするアイナちゃんは、どうしてもパティと一緒にお泊まりしたい様子。


 物語のなかにしか出てこない妖精と出逢えたわけだから、アイナちゃんは興奮は大きかったんだろう。

 あのネスカさんですら、パティを前に興奮してたぐらいだからね。


「アイナちゃんがこう言ってるけど、親分はどうかな?」


「あたいは構わないぞ。シロウよりアイナの髪の方が柔らかくて寝心地よさそうだからな」


「頭で寝る前提で話をするのはやめようよ。寝返りで潰れちゃうよ?」


「あたいはそんな柔じゃないやいっ」


「へいへい。アイナちゃん、親分もアイナちゃんと一緒に寝たいってさ」


「ホントっ!? パティちゃんアイナとねてくれる?」


「ね、寝てやるぞっ。『てーいん店員』とかいうのは、つまりアイナはシロウの子分ってことだろ? シロウの子分ならあたいの子分でもあるからな。子分の頼みを聞いてやるのも親分であるあたいの役目さ!」


「よっ! オヤビンかっくいー!」


「おやぶん!!」


 パティと一緒に夜を過ごせるということで、アイナちゃんは小躍りして喜んだ。


「パティちゃん、いっしょにねようねー」


 とニッコニコなアイナちゃん。

 言われたパティも、


「しょうがいないヤツだな。こ、今晩は一緒に寝てやろうじゃないか。言っておくけど、と、特別だからなっ?」


 なんだか嬉しそう。

 このツンデレ妖精さんめ。


「あ、シロウお兄ちゃん、おかーにはパティちゃんのこと言っていい? それともないしょにしてたほうがいい?」


「ステラさんも親分のこと秘密にしてくれるだろうから、言ってもいいよ」


「ん、わかった。おかーさんにもひみつにしてもらうね!」


 きゃっきゃうふふとはしゃぐ、アイナちゃんとパティ。

 俺は近くに置いてあったカメラを手に取り、タイマーをセット。


「アイナちゃん、親分! ここ見ながら笑って!」


 二人の背後に移動し、


「ピース!」


 ばーちゃん譲りのダブルピースをキメる。

 俺を見たアイナちゃんとパティも、


「ぴーす」


「こうか?」


 笑顔でダブルピースしていた。

 撮った写真をプリントアウトするのが、いまから楽しみだった。


 こうしてパティはアイナちゃんの家にお泊まりすることになり、俺も久しぶりにばーちゃん家自宅へ帰ることになったのだった。


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