第63話
「……ロ……お……ちゃ……」
誰かが体を揺らしている。
「……ロウ……ちゃん」
半分寝たまま、まぶたを開けると、
「起きて。シロウお兄ちゃん。起きて」
目の前にアイナちゃんの顔があった。
「アイナ……ちゃん?」
「やっとおきた! おはようシロウお兄ちゃん。もうお昼だよ」
「……え? マジで?」
「うん。ほら」
アイナちゃんが窓を開ける。
昇りきった太陽の日差しが、ソファで寝ていた俺をじりじりと照らした。
「おおう……眩しい」
「はい、お水だよ」
「ありがと。……んく、んく……ふぅ」
水を飲んだら一気に目が覚めてきた。
昨夜、店に戻ってきた俺は蜂蜜酒を作るパティを眺めてて……あれ?
そこから――思い出せない。
まさか……
「……現在に至る、というわけか」
「ねるときは服をきがえないと、メッだよ」
アイナちゃんが叱ってくる。
アウトドア装備から着替えることなく寝てしまったものだから、ソファがかなり汚れてしまっていた。
お掃除担当大臣として、見過ごせなかったんだろうな。
「一休みのつもりだったんだけどね。気づいたら寝ちゃってたみたいだ」
「かぜひいてない?」
「大丈夫。この服ね、見た目よりずっと温かいんだ」
「ならよかった」
ほっとしたようにアイナちゃん。
「そういえばアイナちゃん、どうしてここにいるの? 今日は休みにするってステラさんには伝えておいたはずだけど……?」
「おかーさんがね、シロウお兄ちゃんがお腹すかせてるかもしれないから、ごはん持っていってって言ったの。はいシロウお兄ちゃん、おかーさんがつくったごはんだよ」
アイナちゃんが「はい」と、お弁当箱を渡してくる。
「ステラさんに気を使わせちゃったな」
「ほんとはそれね、朝ごはんだったんだよ?」
「お昼ご飯にしちゃってごめんね」
お弁当箱の中身は、芋とソーセージを使った料理だった。
この芋の名前は忘れちゃったけど、ジャガイモに似た食感で美味しいのだ。
「いただきます」
合唱し、一緒に入っていたフォークで食べはじめる。
「ステラさんの作ったお弁当、美味しいなぁ」
「でしょ? おかーさんのつくったごはんおいしいでしょ?」
「うん。めちゃんこ美味しいよ」
「おかーさんね、ほかのおりょーりもおいしいんだよ。シロウお兄ちゃんこんど食べにきて!」
「いいの?」
「いいの!」
そんな会話をしながら食べていると、おずおずといった感じで、アイナちゃんがこう訊いてきた。
「……ところでシロウお兄ちゃん、」
アイナちゃんがソファの背もたれを指差し、続ける。
「そのちいさい女の子、だあれ?」
「……」
アイナちゃんの指先を追う。
そこには、
「くかぁぁぁ……くかぁぁぁ……」
酒造りを終えたオヤビンが、背もたれの上で大の字になり爆睡しているのでした。
◇◆◇◆◇
「紹介するね、この妖精さんはパティ親分」
隠れるどころか、ぐーすか寝ててあっさり見つかったパティ。
目覚めた直後はばつが悪そうな顔をしていたけれど、
「よ、よろしくなっ」
いまは開き直って堂々としていた。
俺の肩の上で、本日もえっへんとしている。
「ようせいって……あのようせい? えほんにでてくる?」
「うん。たぶんその妖精」
「ふわぁぁぁっ!!」
アイナちゃんの顔がぱーっと輝く。
目をキラキラさせてパティを見つめているぞ。
「ようせいさんはパティちゃんていうの?」
「ちゃ、ちゃん?」
「うん! パティちゃん!」
「……お、おいシロウ! この子供はなんなんだっ?」
「この子はアイナちゃん。俺の店の店員さんだよ」
「そうなの。アイナはてーいんさんなんだよ」
「な、なんだぞれはっ?」
「店員というのは……親分、『店』ってわかる?」
俺の質問にパティが首を傾げる。
あ、知らないのね。
「妖精族には『商売』ってないの?」
こんどは逆方向に首が傾く。
商売も知らないと。
「んー、ちょっと妖精族について教えて欲しいんだけど、いいかな?」
「い、いいぞ」
「ありがと。それじゃ、例えば妖精族の里にいる親分が、どうして必要なものがあるとするでしょ? で、その必要なものを他の誰かが持っていたら、どうやって手に入れるの?」
「あ、あたいは自分で探すぞっ。あ、あたいは一人でも生活できるからなっ。お、親分だし!」
「……生き様を教えて欲しかったわけじゃないんだけどね。じゃあこうしよう。親分以外の妖精ならどうするのかどうするのかな? 普通の妖精族ならどうするかを教えて欲しいんだ」
「他の……ヤツらか。ほ、他のヤツらは根性がないからな。同じぐらいの価値のものと交換するんじゃないか?」
「なるほどね」
どうやら妖精族の社会には商売という概念がなく、物々交換で成り立っているようだ。
「じゃあさ、他種族とも交換したりするの?」
「他の連中と交換したって話は聞いたことがないな。そもそも妖精族は、多種族との交流を禁止してるからなっ」
「そういえばそんなこと言ってたね」
じゃあなんで只人族と友だちになったのかは、いまは訊かないでおこう。
そもそも掟で禁じられてるのに、里の外に出ちゃうようなアウトローだからね。
「ふんふん。となると、自分とこの種族だけで成り立ってるわけか」
「お、お前たち只人族は違うのか?」
「違うよ。ただこれは説明しはじめるととても長くなるから、こんど時間があるときに教えるね。たぶんネスカさんが」
こういうのはネスカさんが得意なんだ。
授業料の代わりにチョコを献上すれば、喰い気味に引き受けてくれることだろう。
「只人族の文化を学ぶよりも先に、親分にはやらなくちゃいけないことがあるでしょ?」
「そ、そうだな!」
「シロウお兄ちゃん、パティちゃんのやることってなーに?」
俺は肩に座るパティに視線で問いかける。
意図を汲んだパティが、いいぞと頷く。
「アイナちゃん、青い目と髪をした男の人に心当たりはないかな? 親分の大切な友だちらしくて、親分はその人に会うためニノリッチに来たんだよね」
「男のひと? んと……アイナわからないなぁ」
「ほ、ホントに知らないのか? 背はシロウより高くてな、シロウよりずっとかっこいいんだ! こ、声も訊くだけで心地いいんだぞ! シロウと違って!」
比較対象としては悲しい限りですわな。
「あと――」
パティが首元の首飾りをつまむ。
「これと同じ――大きさは違うからなっ――同じ色と形の首飾りをしてるはずなんだ! み、見たことないかっ?」
アイナちゃんは首を振る。
「アイナ知らない」
「そ、そうか……」
パティがしゅんと肩を落とす。
「ごめんねパティちゃん」
「まぁ、俺もアイナちゃんもニノリッチの住民全員の顔を覚えてるわけじゃないしね」
「たくさん只人族がいるから、だろ?」
「そゆこと。ニノリッチは住んでる人が多いんだ。でも小さい町だから、聞いて回れば見つかると思うんだよね」
「そ、そうだよな! 見つかるよなっ」
「そんわけで、いまから捜しに行こうか?」
「アイナも! アイナもいっしょにさがしたい!」
手をピンと伸ばし、アイナちゃんが同行を望む。
より強くアピールするためか、ぴょんぴょこ飛び跳ねていた。
俺はくすりと笑い、アイナちゃんの頭に手を置く。
「じゃあ、お手伝いしてもらおうかな?」
「うん!」
「あ、でも一つ気をつけなきゃいけないことがあってね、パティのことは他のみんなには秘密にしないといけないんだ。妖精が目の前にいたら、みんなビックリしちゃうからね。守れる?」
「ん、まもれる」
アイナちゃんが頷く。
両手がぎゅっと握られているのは、真剣さの表われだ。
「ありがとう。それじゃ捜しに行こうか。と、その前に……パティはどこに隠れてもらおうかな」
俺のリュックでもよかったけれど、事あるごとに後頭部をパシパシ叩かれるからな。
他にいい物はないかなと捜していたら、
「シロウお兄ちゃん、ここはどうかな?」
後ろを向いたアイナちゃんがそう言ってきた。
その背中には、青いカバンが背負われている。
店員として働くことになったアイナちゃんの服を買いそろえたときに、セットで購入したものだ。
「おー、いいね」
カバンを空け、中を確認。
革でできたカバンは頑丈で容量も大きい。
ここならパティもゆったりとくつろげそうだ。
「どうかな親分?」
「んー……」
中を確認したパティが、満足げな笑みを浮かべる。
「ここにするぞっ」
「だってさアイナちゃん。パティのことお願いしていいかな?」
「うん!」
こうして俺たちは、人捜しをはじめるのだった。
アイナちゃんのカバンに、パティを忍ばせたままで。
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