第62話
俺はパティを連れて、自分の店へとやってきた。
二日ぶりに戻ったけれど、隅々に至るまで掃除されている。
お掃除担当大臣のおかげだ。
「なーなーシロウ、ここはなんだ?」
「俺の店であり、家でもあるところだよ」
「これが家か! ……シロウの家はでっかいな!」
「そりゃあね。サイズが違うし。妖精族はどんな家に住んでるの?」
「あたいたち妖精族はな、木の上に家を作るんだ。たまに地面に作る変わり者もいるけど、地面はモンスターが出やすいからけっきょく木の上に作ることになるんだけどな」
「ふーん。やっぱり妖精の家は小さいの?」
「ひゅ、只人族が大きいだけだぞっ」
パティはむすっとした顔で言う。
自分は小さくないとばかりに、がんばって胸を張っていた。
「それよりシロウ、その……わ、忘れてないよな?」
「もちろん覚えてるよ。親分の友だちを探すんでしょ?」
「そ、そうだ! 里――ま、マチにはいっぱい只人族がいるからな。き、きっと見つかると思うんだ!」
「小さい町だからすぐ見つかるよ。明日捜してみよう」
「ああ!」
「とりあえず今日はもう寝よっか。ずっと地面の上で寝ててから身体中バキバキだよ」
「あれぐらいで痛いだなんて、情けないヤツだな」
「親分はずっと俺の頭の上で寝てたくせに、それを言うの?」
「くふふ。シロウの髪、ちょっと硬いけどふわふわしてて寝心地よかったぞ」
パティが俺の髪先に触れ、くるくると指で回す。
「褒められてるのかわからんなこれ」
「褒めてんだよ」
「へえへえ。そゆことにしときますよオヤビン」
「おやぶん!」
そんなやり取りをしながら、俺はパティを肩に乗せ二階へ上がる。
休憩室に入り、どかっとソファに腰を下ろした。
「あー、疲れた」
「なに言ってんだ。シロウは歩いてただけだろ?」
「その歩くので疲れたんだよ。はぁ、親分にもらった蜂蜜酒で一杯やれたら疲れも吹き飛ぶのにな」
あの蜂蜜酒、城が買えるぐらい高価なものだったらしいけどね。
「あたいの作った蜂蜜酒を、そ、そんなに飲みたいのかっ?」
「べらぼーに美味しかったからね」
「あたいが作ったんだからとーぜんだ!」
「あれだけ美味しい蜂蜜酒を作るのは、やっぱ大変なの?」
「材料があればそれほど難しくないぞ。むしろ簡単だっ。ただ、肝心の蜂蜜を手に入れるのが大変なんだよなぁ」
「蜂蜜って……あの蜂蜜? ハチの巣にあるアレ?」
「そうだ! そのアレだ! 蜂蜜を採るにはな、ハチの巣を割らないといけないんだ。でもハチの巣を割ろうとするとな、いっぱいのハチが襲いかかってくるんだ! こう、ぶわ~~って!」
パティが全身を使ってハチの脅威を伝えてくる。
羽をパタパタしたり、指を針に見立てて俺のお腹をチクチクしてきたりと、身振り手振りを交えて。
「ハチは小さいくせにブンブンまとわりついてきてな、魔法で吹き飛ばそうにも……あたいは魔力の調整が苦手だからさ。魔法を使うと巣まで吹き飛ばしちゃんだ。巣がないと蜂蜜が採れなくなっちゃうだろ? だから一匹ずつ潰してかないといけないんだけど、これがすっごくめんどくてさー。わかるかっ? だからあたいが言いたいのは――蜂蜜を手に入れるのは大変ってことなんだ! 大変っ!!」
真剣な顔で蜂蜜採取の難しさを語るパティ。
俺は頬をポリポリ。
「ならさ、ひょっとして……蜂蜜さえ作ればまた作れたりする? 例えばこの場所でも」
「できるぞ? 蜂蜜以外の材料はあたいが持ってるからな」
「マジか! じゃあ――」
俺はダッシュで一階のキッチンに行き、棚においてある瓶を掴んで戻ってくる。
「この蜂蜜で作ってくれないかっ?」
持ってきた瓶を開け、パティに見せる。
「これは……は、蜂蜜か?」
「ああ! 養蜂家直送、純度一〇〇%の蜂蜜だ!」
ばーちゃんは食パンに蜂蜜をつけて食べるのが好きだった。
その影響をモロに受けた俺も、食パンにはジャムよりも蜂蜜をつける派で、仕事の合間にアイナちゃんともよく食べていた。
「どうかな、これで作れる?」
「そうだな……」
パティが指先で蜂蜜をすくい、ひと舐め。
「っ!? う、うまい蜂蜜だな! これならとびきり美味しい蜂蜜酒が作れるぞ!」
「おっしゃきたこれ!! オヤビンお願いしますっ!」
「おやぶん! でもわかった! あたいに任せておけ!!」
パティは胸を叩くと、空間収納スキルでいくつかの果実とひょうたんみたいな入れ物を取り出す。
「どうやって作るか見てもいい? それとも妖精族の秘技だったりするのかな?」
「別にいいけど……見ても面白くはないぞ?」
「なら見学するよ。ついでに作り方も教えて」
「しょーがない奴だな。いいか? まずこのキラズクの実をな、」
パティはさくらんぼにしか見えない果実を手に取り、
「はむっ」
口の中に入れる。
そしてもぐもぐと噛み砕いていく。
「ひょうしえくひのなかへしゅりちゅぶしゅてな」
「なに言ってるかぜんぜんわからない」
パティがひょうたんに、口の中でドロドロになったさくらんぼを流し込む。
「こうして口の中ですり潰すんだ」
「まさかそれは……」
昔、どこかで学んだ遠い記憶が呼び起こされる。
パティは蜂蜜を口に含み、もぐもぐしてからひょうたんに「べぇー」っとする。
他の果実を口に入れてもぐもぐ、べぇー。
「……」
これはアレか。アレですか。確実にアレですね。
一部界隈で噂の『口噛み酒』ってやつじゃないですか。
「見たかシロウ? 果物と蜂蜜を交互に噛んで入れていくんだ。一〇日もすれば美味い蜂蜜酒ができるぞっ」
パティはノリノリだった。ノリノリで蜂蜜酒を作っていた。
伝説のお酒『
真実はときに残酷だ。
この事実は、俺の胸にだけしまっておくこととしよう。
「んぐんぐんぐ……んべぇぇぇぇ」
もぐもぐ、べぇーを繰り返すパティ。
伝説の蜂蜜酒ができる工程を、俺はソファから見守り続けるのだった。
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