第60話

「そういえば、あのモンスターはどうなったんですか?」


 ひとしきり再会を喜んだあとは、互いの状況確認へ。


「きっちり返り討ちにしてやったぜ。と言っても、あんちゃんの炎を噴くアイテムで数を減らしてなきゃ、やばかったけどな」


 ライヤーさんの話によると、俺が流されたあとなんとか全滅させたそうだ。


「しっかし、あんちゃんこそよく一人で無事だったな。おれたちはここまでに来るのに何回もモンスターと戦ったんだぜ」


「そうにゃそうにゃ。手強いモンスターなんかもいたんだにゃ」


 ライヤーさんの言葉に、キルファさんがうんうんと同意する。


 「それなんですけど、運よく助けてくれた人いまして」


「「「「助けてくれた人?」」」」


 四人が聞き返してくる。


「ええ、あそこにいます」


 俺がちょっと離れた場所を指さす。

 四人は俺が指し示した先を視線で追う。

 そこには、


「っ……」


 木陰から顔を半分だけだしたパティが、こちらを伺っていた。

 まるでグループで遊んでいる子供たちに、「いーれーてー」が言えない恥ずかしがり屋の子供みたいだった。


「「「「っ!?」」」」


 パティを見た四人の目が見開かれる。


「……あ、あんちゃんよ」


「なんでしょう?」


「おれの目の錯覚かもしれないけどよ、あの女の子……え、えらく小っちゃくねぇか? そのとも手前の木がとんでもなくデカイのか?」


 ゴシゴシと目を擦りながらライヤーさんが訊いてくる。


「そりゃ妖精族ですからね。背丈もこんぐらいしかありませんし」


 俺は手を使ってパティのサイズ感を伝える。

 だいたい三〇センチほど。


「「「「……」」」」


 俺の手幅を見た四人がまた黙り込む。


「実は川から助けてくれたのも彼女なんですよ。いま紹介しますね。おーい! そんなとこで見てないでこっちおいでよー!」


 俺はパティを手招き。


「うぅ……あ、あたいもそっち行っていいのか?」


「じゃないと紹介できないでしょ。みんないい人だから緊張しなくて大丈夫だよ」


「……わ、わかった」


 ゆっくり、ゆっくりと近づいてきたパティ。

 散々迷ったあと、俺の肩に降りた。


「紹介します。こちら俺の命を助けてくれた、パティ親分です」


「「「「親分?」」」」


 蒼い閃光の四人が、同時に首を傾げる。

 角度がまったく同じなのは仲良しの証だ。


「そんで親分。この人たちが俺が探していた仲間ね。はじからライヤーさん、ネスカさん、ひとつ飛ばしてロルフさん」


「……なんでボクのこと飛ばすにゃ?」


「軽いジョークですよ。親分、こちらの猫獣人ケットシーの彼女がキルファさんね」


「そ、そうかっ。よよよ、よろひゃくな!」


 緊張からか、噛みながら挨拶するパティ。

 挨拶された蒼い閃光の四人は、なんと返していいか悩んでいる様子。


「…………シロウ、説明を求める」


 とネスカさん。


「説明、といいますと?」


「あんちゃん、妖精族ってのはな、めったに他の種族の前に姿を現さないんだ。幻の種族って呼ばれるぐらいにな」


「そうなの親分?」


「まーな。そもそもあたいたち妖精は、掟で里から出ることが禁止されてるしな」


 しょっちゅう里を抜け出しているらしいパティが、あっけらかんとした顔で言う。

 その顔には、まるで悪びれた様子がなかった。

 きっと俺の親分は妖精界隈のアウトローなんだろう。


「…………妖精族はとても珍しい種族。それがいま、わたしたちの目の前にいる」


 ネスカさんがちょっと頬を高揚させている。

 予期せぬレア種族との会合に興奮しているようだ。


「そうだったんですか。ギルドの名前が『妖精の祝福』だから、もっとあちこちにいるもんだと思ってましたよ」


「なんであたいたち妖精が只人族ヒュームを祝福しないといけないんだよ?」


 パティが不服そうな顔で訊いてくる。

 俺は肩をすくめて答えた。


「さあね。どっかの妖精が祝福したのがはじまりとかじゃないかな?」


 そんな思いつきを口にすると、蒼い閃光の四人は目をパチクリ。

 きょとんとした顔でこっちを見ているぞ。


「あんちゃん、知らないのか?」


「な、なにをですか?」


「こりゃマジで知らねぇみたいだな」


「驚いたにゃ」


「…………シロウの知識には偏りがある」


「ボクが教えてあげるにゃ。ええとね、妖精の祝福ってゆーのはね、もともとお酒の名前なんだにゃ」


 キルファさんが説明をはじめた。

 いつもは知らないことがあるとネスカさんが教えてくれるから、ちょっと新鮮。


「妖精族だけが作ることができるお酒に『妖精の蜂蜜酒フェアリーミード』ってゆーのがあってね、そのお酒のことを妖精の祝福と呼ぶこともあるんだにゃ」


「…………妖精の祝福は、フェアリーミードの別称」


「フェアリーミードはほっぺたが落っこちるほどおいしいって話にゃ」


「…………いつか飲んでみたい」


 キルファさんとネスカさんが、目をトロンとさせて言う。


「ああ、親分がくれたあの蜂蜜酒ですか。確かにめっちゃ美味しかったですね」


「だろ? あたいが作ったんだからとーぜんだけどなっ」


 この発言に四人が再び固まった。


「…………シロウ、『フェアリーミード』を飲んだの?」


 ネスカさんが訊いてくる。なんか目が怖い。

 俺は戸惑いながらも頷く。


「え? ええ。親分がくれたんで」


「「「「っ!?」」」」


 四人が一斉にパティを見た。

 急に視線が集まったパティは、首をぶんぶん。


「も、もうないぞ! シロウとあたいで飲み干しちゃったからな!」


 慌てたように言っていた。


「シロウだけずるいにゃ! ボクも飲みたいにゃ!」


「マジかあんちゃん! フェアリーミードってのはな、一杯で城が買えちまうぐらい価値がある酒なんだぞ! 確か最後にフェアリーミードが競売にかけられたのは……」


「ギルドの資料によると、およそ二〇〇年前と記されていましたね」


 ライヤーさんの記憶の抜け落ちた部分を、ロルフさんが埋める。


「そうそう! 二〇〇年だ、二〇〇年。二〇〇年間だーれも飲んだことのない伝説の酒を、あんちゃんは飲んだってのかよ!?」


 ライヤーさんが興奮したように訊いてきた。

 その顔には、「おれにも飲ませろ」と書かれていた。


「の、飲んじゃいました。それもわりと豪快に……」


「「「「……」」」」


 俺の言葉に、四人が言葉を失う。

 代わりに、


「シ、シロウはあたいの子分だからな! だから特別だったんだぞ! こ、子分だからあたいの蜂蜜酒をわけてやったんだからなっ」


 何故か、パティが必死になって弁明してくれていた。


 ◇◆◇◆◇


 俺は蒼い閃光の四人に、パティと出逢ったいきさつを話した。

 話し終えると、


「なるほどな。そういうことだったのか」


「…………妖精族に助けられるなんて驚き」


 四人ともびっくりしていた。


「つーことは、そっちの妖精の嬢ちゃんに礼を言わないとだな。パティ‥…って呼んでいいか?」


「い、いいぞっ」


「パティ、あんちゃんを――おれの大切なダチを助けてくれてありがとう。礼ってわけじゃないが、おれたちに出来ることがあったらなんでも言ってくれよな」


「あ、それならライヤーさん、ニノリッチに戻ったら人捜しを手伝ってくれませんか?」


「ぁん? 人捜し?」


「です。親分が只人族の友だちを捜しているんですよね」


 俺はライヤーさんたち四人に、パティが探している人の特徴を伝える。


「目と髪が青ねぇ。人探しする特徴としちゃ弱いな。誰か心当たりあるかか?」


 ライヤーさんの問に、他の三人が首を振る。

 心当たりはないらしい。

 モンスターを狩るため森に入っていたとらしいから、ひょっとしたら冒険者かもと思ったんだけどね。残念。


「ま、おれは人の顔と名前を覚えるのは苦手だし、そもそもおれたち冒険者仲間以外との交流はそんなないからなぁ」


 と、頭をかきながらライヤーさん。


「ふーむ。となると住民の可能性もあるわけですね」


「しっかし、なんだってそんなヤツをあんちゃんが捜してるんだ?」


「親分には命を助けられましたからね。お礼にお手伝いをしようと思って」


「ああ。そゆことか」


「ええ。そゆことです」


「妖精の手伝いだなんて、あんちゃんは面白ぇことしてるな。吟遊詩人の詩に出てくる英雄みたいだな。ったく、一人だけ楽しい人生送っててズルイぜ」


「あはは、自分でも愉快な人生送ってると思いますよ」


 ライヤーさんはひとしきり笑ったあと、パティに顔を向ける。


「わかった。あんちゃんを助けてくれたお返しに、そいつを捜すのを手伝わせてくれ」


「い、いいのか?」


「おうよ。いくらでも手伝わせてもらうぜ」


「だそうです」


 パティの顔に喜びが広がった。

 きっと、友だちが見つかったらもっと喜ぶんだろうな。


「それじゃ、無事合流できたところでニノリッチに戻りますか!」


 そう言い、蒼い閃光と一緒に歩き出す。

 一〇歩ほど進んだところで違和感に気づき、足を止める。


「……親分、なんで離れてついてくるの?」


 振り返ると、パティは俺たちから数メートルほど距離を置いていた。

 戸惑ったような顔でこちらを見ている。


 「そ、そのっ。あ、あたいもシロウたちといっしょに行っていいのかわからなくて……」


「一緒にいていいに决まってるでしょ。ニノリッチに連れてくって約束してんだからさ。こっちに来なよ」


 俺は自分の肩を指差す。

 ここに座ってくれとジャスチャーだ。


「シロウ……」


「それともいまみたく距離置くほうがいい?」


「ダ、ダメだぞ! 距離置いちゃダメだぞ!」


 即答だった。

 こうして俺は、パティを肩を乗せニノリッチを目指すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る