第58話

 翌日。


「それでな、このジギィナの森にはあたいたち妖精族の他にもいろんな種族がいるんだ。ゴブリンだろ。オークだろ、あとおっかないオーガなんかもいるぞ。他にも――――……」


 俺とパティは、川の上流を目指して川沿いを歩いていた。と言っても、歩いてるのは俺だけ。

 パティは俺の近くを飛び回り、たまに肩に座ったり、勝手に頭の上に寝転がったりと、それはそれは自由に過ごしていた。


 曰く、親分だから当然の権利とのこと。

 一方で飛ぶことが出来ない俺は、草木をかき分け道なき道を征くのみ。

 地面の起伏が激しいからか、歩くだけで体力がゴリゴリと削られていった。


「あとはずーっとあっちにいくとエルフの里があるな。あいつら自分たちの里にだけ結界を張ってるんだぞ。ずるいと思わないか? 結界の外にはめったに出てこないんだけどな、前にあたいがあいつらの里の近くを通ったときにさ――――……」


 危険なモンスターがあちこちにいる森だというのに、パティは移動中ずーーーっと話し続けていて、


「……歩き疲れたからちょっと休んでいいかな?」


「またか? し、仕方ないな。ちょっとだけだぞっ」


「ありがとオヤビン」


「お、や、ぶ、ん! ほら、そこの木で休めそうだぞ。……でなでな、バブーナの花の蜜は変な味がするんだ。あたい前に一度だけ間違って舐めちゃったことがあってな――――……」


 休憩中もやっぱり話し続けていた。

 これは妖精族特有のものなのか、それともパティの個性なのかはわからない。

 ただ、俺と話しているときのパティはずっと楽しそうな顔をしていた。


 会話をすることで収穫もあった。

 おそらくは冒険たちも知らないであろう情報。

 森に生息するモンスターの種類や、森に里を持つ種族。

 なにより俺たちが『大森林』と呼んでいたこの森が、『ジギィナの森』という名だったことには驚いた。


 なんでも、パティが生まれるずーっと昔は森なんかなく、『ジギィナ』と呼ばれる国があったそうだ。

 その国が滅び、長い年月をかけて草木がボーボーの森になり、その地に住み続けた種族たちに『ジギィナの森』と呼ばれるようになったらしい。


 古代魔法文明時代の国かなと訊いてみたけれど、「生まれる前のことあたいが知るわけないだろっ」、と怒られてしまった。

 パティの見た目は一四歳ぐらいだから、滅んだ国のことを知らないの当然だし、なんなら森ができる前の伝承なんかも途絶えていておかしくはないか。


「うっし。また歩きますか。親分もいい?」


 立ち上がろうとしたところで、パティが人差し指を口元にあてる。

 静かにしろ、というジャスチャーだ。

 俺は口を閉じ、物音を立てないようじっとする。


 ――――ガサガサガサッ。


 数メートル後ろを、大きななにかが通り過ぎていく。


 ――――ガササッ。ガサササッ。ガサガサガサッ。


 息を殺し、ぎゅっと目をつぶる。

 三〇秒。

 ……一〇〇秒。

 ………………五分。


「……もういいぞ。通り過ぎた」


「っぷはぁ」


 空気を吸い込み、後ろを振り返る。

 踏まれた地面が、足跡のような大きなくぼみを作っていた。


「……なにが通り過ぎていったか訊いてもいい?」


「やめておいたほうがいいぞ。知ったら怖くて一歩も進めなくなるかもしれないからな」


「そ、そうですか」


「でもお前がど、どうしても! って頼むのなら、お、教えてやってもいいけどなっ」


 すまし顔のパティが、チラッチラッと俺の反応を伺ってくる。

 どうやら話したいみたいだ。しかし、俺は首を振る。


「やめとくよ。一歩も進めなくなったら困るからね」


「そ、そうか。なら早く立て! 日が暮れちゃうだろっ」


「へいへい」


 立ち上がり、再び歩き出す。

 自慢するだけあって、パティの危険察知能力は凄かった。

 いまみたいに危険なモンスターの存在を察知すると、近づく前に隠れてやり過ごすのだ。

 パティと一緒じゃなければ、無事に森を進む事なんてできなかっただろう。


「親分がいなかったら、俺一〇回は死んでたよ」


 冗談めかしてそう言ってみたら、


「なに言ってんだ? 一〇回ぽっちで済むもんか。あたいがいなかったらシロウは一〇〇回は死んでるぞ」


 との答えが返ってきた。

 パティが冗談を言っている様子はない。つまり、パティがいなかったらマジで一〇〇回は死んでたってことだ。

 パティに出会えてよかった、心からそう思った。


「さあ行くぞ。シロウの仲間が心配してるぞっ」


 パティに急かされ森を進む。

 丸一日歩き続け、ひたすら上流を目指す。

 そして夕暮れに差し掛かった頃だった。


「シロウ、なんか来るぞ。隠れろ」


「オッケー」


 パティに指示され木陰に隠れていると、


「おーーーーーい!! どこにいるにゃーーーー!!」


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「いまのは……キルファさん?」


「私達の声が聞こえるなら返事をしてくださいっ!」


「どこだあんちゃーーーーん!! 死んでたら承知しないからなーーー!!」


「…………『死ぬ』とか言わない」


「わ、悪ぃ」


「…………生きてる。絶対に生きてる」


 聞こえてきたのは、大切な仲間たちの声。

 心の奥底から、こみ上げてくるものがあった。


「ロルフさん……ライヤーさん……ネスカさん……みんな……みんな……っ」


 気づくと俺は立ち上がっていた。

 すぐにパティが止めにきた。


「バ、バカ。なに立ち上がってるんだよっ」


 焦るパティ。そんなパティに、「大丈夫だから」と伝える。

 パティは数秒の間を置いて、


「……シロウの仲間か?」


 と訊いてきた。


「ああ。俺の大切な友だちだよ」


「……そうか。よかったな、友だちが見つかって」


 パティは、まるで自分のことのように喜んだ。

 でもなぜか、少しだけ寂しそうな顔もしていた。


 ◇◆◇◆◇


「ここでーーーす!! 士郎はここにいまーーーーーーす!!」


 木陰から飛び出し、声を張り上げる。

 五〇〇メートルほど先に、蒼い閃光の四人がいた。


「っ!? シロウ!! ふにゃ~~~ん!! シローーーーーウッ!!」


 五〇〇メートルもの距離を僅か十数秒で走り抜けるキルファさん。

 オリンピック選手もびっくりな速度。

 全力疾走で駆け寄ってきたきルファさんはそのまま――


「シローーーーーーウ!!」


「キルファ――んぷっ」


 弾丸のような勢いで抱きついてきた。


「シロウ――シロウ!! よっかたにゃあ! よかったにゃぁぁぁ!!」


 キルファさんが生み出した運動エネルギーはかなりのもので、男とはいえ日本育ちのもやしっ子が受け止めきるはずもなく、


「シロウシロウシロウ! もう離さないにゃ! 絶対に離さないにゃ!! ボクずっとくっついて―――ッ!?」


「いったん落ちつ―――ッ!?」


 ――――ボチャンッ。


 抱きつかれた俺は足を滑らし、再び川へ。

 こんどはキルファさんと一緒になって流されていくのでした。

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