第57話
自己紹介が済んだところで、今更ながら全身びしょ濡れなことを思い出す。
「ハーーーックションッ! うぅ、さすがに冷えてきたな」
すでに日は落ち、気温も下がってきた。
まだ暖かい季節とはいえ、濡れたままでは風邪をひいてしまう。
俺一人ならばーちゃんの家に帰って熱い風呂に入り、パジャマに着替えて布団に入って眠りにつくところなんだけど……。
さすがにパティの前で
「ど、どうかしたかっ?」
視線に気づいたパティが小首を傾げる。
「いや、ちょっと考え事してただけ」
「そ、そうかっ。そういえばクシャミしてたな。さ、寒いのか? いま枝を集めてきてやるぞっ。ここで待ってるんだぞっ」
「あ、ちょ――」
「いま薪を集めてきてやるからな~~~~~――――……」
止めるまもなく、パティはどこかへ飛んでいってしまうのだった。
◇◆◇◆◇
焚き火からパチパチと音が聞こえてくる。
あの後、パティは大量の枯れた枝を抱えて戻ってきた。
俺は枝を積み重ね、マッチを使って火を熾す。
予備のTシャツに着替えて、濡れた服は焚き火に当てて乾かし中だ。
「モンスターはあちこちにいるから気をつけろよっ。でも心配いらないぞ。あたいが一緒にいるからな!」
パティがえっへんとする。
親分として、か弱い子分を守ろうとしてくれているのかも知れないな。
「わぁーい。親分たのもしー」
「お、おい! 心がこもってないぞっ」
「あはは。ごめんごめん。でも頼もしいのは本当だよ? 俺一人じゃ……」
あたりを見渡す。
右手には見渡す限りの森。左手には死にかけた川。
前後も森で、あちこちにモンスターがいるという。
「途方に暮れてただろうからね」
「そ、そうかっ」
「うん」
上流に目をやる。
川に落ちてから、どれだけ流されたのかわからない。いや、それよりもみんなは無事だろうか?
俺を守る必要がなくなったから大丈夫だとは思うけれど、どうか無事でいてほしい。
俺の目線を追い、パティの目も上流に向けられる。
「……仲間のところに戻りたいのか?」
「そりゃ『仲間』だからね。いまごろ俺のことを探しているかもしれないし。親分が友だちに会いたいように、仲間も俺と会いたがってると思うんだ」
「そ、そうか」
パティは腕を組、「うーん」と悩みはじめる。
たっぷり悩んだあと、
「わかった。あたいは親分だからなっ。シロウのためにシロウの仲間を捜す手伝いもしてやろうじゃないかっ」
「え、いいの?」
「しょうがないだろ。あたいは親分なんだから」
パティの顔がちょっと赤いのは、焚き火のせいだけじゃなさそうだ。
「それより腹減ってないか?」
そう言うとパティは、
「ちょっ! 親分いまのは――」
「なんだ、シロウは空間収納を見るのははじめてか?」
「いや、はじめてってわけじゃないんだけど……親分は空間収納のスキルを持ってるんだ」
「妖精族はみんななにかしらスキルを持ってるぞ。空間収納だって妖精族じゃ珍しくない」
「マジか……」
妖精族すげー。
「シロウはあたいの子分だからな。特別にこれをやるよ」
パティはそう言うと、取り出したリンゴのような果物を俺の頬にぐいぐいと押しつけてくる。
「あとこれもやるから飲め。体が温まるぞっ」
リンゴ(?)に続いて受け取ったのは、ひょうたんみたいな果実だった。
軽く振ってみると、中からちゃぽちゃぽと音が聞こえた。
よく見れば、果実の先端がコルクみたいなもので蓋をされている。
「親分、これ飲み物?」
「あたいが作った蜂蜜酒だよ」
「へええ」
「は、蜂蜜酒は嫌いかっ?」
「飲んだことがないからわからないな」
「な、なら飲んでみろ! すっごく美味いんだぞ!」
「じゃあちょっとだけ……」
蓋を空け、ひと口分ごくりと。
「っ!?」
パティがくれた蜂蜜酒は、いままで俺が飲んだどんなお酒よりも美味しかった。
「マジか。……親分、これすっごく美味しいよ!」
「くふふ。だろ? まだあるからな。も、もっと飲んでいいぞ!」
「ありがと親分! いっただっきまーす!」
蜂蜜酒はアルコール度数がちょっと高め。
胃のあたりがポカポカと暖かくなる。
果物を肴に、パティと一緒に蜂蜜酒を存分に堪能する。
とても幸せな時間だった。
◇◆◇◆◇
「親分ごちそうさまでした!」
感謝を示すため、手を合わせ頭を下げる。
「よし。食べたら今日はもう休めっ。朝になったら上流に向かうぞ。お前たち只人族は飛べないんだから、しっかり歩くんだぞっ」
「でも見張りをする人がいないと危ないよね? 俺が見張りをするから親分こそ寝ていいよ」
「バカ言え。只人族なんかに見張りを任せられるか。あたいが見ててやるから、シロウはもう寝るんだ。お、親分の命令だぞっ」
「親分の命令?」
「そうだっ。親分の言う事はぜったいなんだぞっ」
「絶対?」
「そ、そうだっ。ぜったいなんだからな!」
「……」
「な、なんで黙るんだよっ?」
「親分の言うことはー?」
「ぜったい!!」
俺のフリに対し、パティが百点満点の回答をする。
まるで噂に聞く王様ゲームみたいなノリだった。
俺はくすりと笑う。
「わかったよ。なら親分のお言葉に甘えて寝させてもらうことにしようかな」
「親分の言うことはぜったいなんだからなっ。ぜったい! だからしっかり寝るんだぞっ」
「……親分」
「なんだ?」
「ありがとね」
「……あ、ああっ」
こうして俺は木にもたれかかり、妖精を肩に乗せたまま眠りにつくのでした。
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