第56話
「妖精って……ええっ!? あの妖精っ? ……はじめて見た」
妖精といえば、古来より童話からロボットアニメにまで出てくる存在。
であればファンタジーな異世界に出ても、不思議ではない。
物語の中でしか会ったことのない種族が、いま目の前に。
まさか川に流されたことがきっかけで、妖精に会えるとは思いもしなかったぞ。
ニノリッチでも見かけたことがないから、戻ったらみんなに自慢しなくては。
まあ、無事に戻れたらだけどね。
「……そ、そんなに見るなっ。恥ずかしいだろっ」
「あ、ごめん。妖精を見るのははじめてだったから、つい」
大きさはたぶん三〇センチほど。歳は一四歳ぐらいかな?
肌は褐色。首元に黄色い石が付いた首飾りをしていて、お腹にぐるぐると包帯らしきもの巻いている。ケガではなさそうだから、お腹が冷えるのを予防しているのかな。
背中に生えた(?)半透明の光る羽をはためかせ、ふわふわとホバリングしていた。
「おい
「言うこと?」
妖精はむすっとした顔で頷く。
「そーだ。言うことだぞ」
「……はじめまして?」
「はぁ。只人族ってバカなのか? 挨拶より先に言うことがあるだろって言ってるんだ。そもそもなんでいまお前はここにいるのさ? 誰のおかげで冷たい水の中じゃなくて
「それは……」
川で溺れ、意識が途切れかけたときに誰かが俺の手を……ん、手?
よく見れば妖精さんの手が濡れていた。
つまり――
「ああーーーーっ!! ひょっとして川から俺を引上げたのはっ!」
「やっとわかったみたいだね。そうさ。お前はあたいが助けてやったのさ」
両手を腰にあて、称えよとばかりにどーんと背を逸らす命の恩人。
こんな小さな体で、どこに川を流れる成人男性を引上げる力があるのか不思議だけど、ここは異世界。
俺にとっての不思議があたり前の世界なんだ。
「君が俺を……。ありがとう。本気で助かったよ」
「そうだろそうだろ? あたいが見つけてなきゃ、お前はいまごろこの先にある滝から落っこちていただろうからな」
「滝? 滝って、あの高いところから水が落ちてるあの滝?」
「他にどんな滝があるのさ。この先にある滝はな、お前の背丈の何十倍もある滝なんだぞ。あたいが助けてなきゃ、いまごろあちこちぶつけてグッチャグチャ。滝壺にいる魚のエサになってたとこだぞっ」
そう言えば、耳を澄ますと下流の方から「ドドドドドッ!」って音が聞こえるな。
音の激しさは、すなわち落差の激しさでもある。
どう考えても危機一髪だったじゃないか。
「いろんな意味で助けられたのか俺は」
俺はぶるりと身を震わせた。
水に濡れた寒さではなく、死んでいたかもかもしれない恐怖からだ。
「それはそうとお前、」
妖精が俺をビシッと指差す。
「どうして流されていたんだ?」
「あー、それなんだけどね……」
「この森に只人族はいなかったはずだぞ。それともあたいが知らないだけで、只人族も住むようになったのか?」
「長くなるけど、いい?」
俺の肩に妖精がふわりと着地。
同時に背中の羽がふっと消える。
そしてよっこらしょと断りもなく座わると、
「いいぞ。聞いてやる」
と言った。
肩に座る妖精に、俺の身になにが起こったのかを話す。
「仲間と森に入って薬に使う花を摘んでたんだよ。そしたらモンスターが襲いかかってきてね。そのモンスターから逃げるために、川に飛び込んだってわけさ」
話し終えると、妖精は「お前は弱っちいんだな……」と言い、哀れみの目を向けてきた。
「そんなわけでね、俺は森の西にあるニノリッチというとこから来たんだよ」
ニノリッチの名を告げた瞬間のことだった。
「に、にに、ニノリッチだってっ!?」
妖精が目を見開く。
肩を震わせ、なにやら驚いている様子。
「ニノリッチってあれだろっ? 只人族の里のことだろっ?」
「おー、しってるんだ。うん、そうだよ。俺たちは『町』って読んでるけどね」
妖精の質問に頷いて返す。
「じゃ、じゃあ――」
妖精は肩から飛び上がると、顔の正面でホバリング。
期待に満ちたような、どこかすがるような瞳を俺に向ける。
「じゃあっ、あたいをニノリッチにつれってくれないかっ?」
「……え?」
「……だ、ダメなのか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……いきなりだったからさ。ニノリッチに知り合いでもいるの?」
「いるぞ。只人族の男だ!」
「へえ。誰だろ?」
妖精と知り合いなんて、やっぱり冒険者だったりするのかな?
「そうだ! 只人族の男だ! 背丈はお前より高かったかな? ひょろ長くて弱っちそうなヤツでな、いっつも楽しそうに笑っているんだ。ああ、あと髪と目が空の色をしてるんだぞっ。どうだ、しってるか? アイツはニノリッチに住んでるって言ってたから、お前もきっとしってるはずだぞ!」
妖精が矢継ぎ早に訊いてくる。
「いやいや、ちょっと待って。同じ種族だからって、全員の顔をしってるわけじゃないからね」
「……しらないのか?」
「残念ながら、ね。せめて名前ぐらい教えてもらわないと」
「名前……名前か。名前は……しらないんだ。あたいが出会った只人族はアイツだけだったからさ。あたいはアイツのことをずっと『只人族』って呼んでたんだ」
「そっか」
ニノリッチは小さい町だから、名前さえわかればいくらでも探しようがあるんだけどな。
「名前……訊いておけばよかったよ」
妖精が肩を落とす。
さっきまでの元気はどこへやら。
どうやらかなり落ち込んでいるようだった。
「君にとって大切な人みたいだね」
「……友だち、だからな」
「そうなんだ」
「ああ。前はしょっちゅう里を抜け出してアイツと遊んでいたんだけどな、里を抜け出すところを族長に見つかっちまってさ。それでしばらく里から出ることができなかったんだ。でも……まあ、いろいろあってやっと里から出ることができたから……。それで……な」
「その友だちに会おうとしたわけだ?」
妖精は「そうだ」と首を縦に振る。
「あたいはいままでずっと森の中でアイツと会ってたからさ、そのニノリッチとかいう只人族の里がどこにあるか知らないんだ」
「森でねぇ。なんでその人は森にいたの?」
「モンスターを狩りに来たって言ってたな。モンスターを狩って、里のみんなで食べるって言ってたぞ」
「ふーん。となると狩人か冒険者っぽいな。森で会ってたなんて、なんかロマンチックだね。実は恋人同士だったとか?」
「ばーか。妖精族と只人族が恋仲になるわけないだろ。本当に……友だちだったんだよっ。あたいとアイツはね。友だち……なんだよ」
「ふーん。マブダチだったんだ」
「そ、そう! マブダチだ! やっと里を出れたからな。ついでってわけじゃないけど、アイツを捜してたんだ。けど見つからなくてさ」
妖精は口をとがらせ、不満げにそう言った。
「それで俺にニノリッチまで連れてってほしいわけだ」
瞬間、脳裏にキュピーンと稲妻が走る。
……いいこと思いついちゃった。
「なら、こういうのはどうかな」
「ん?」
「君はこの森に住んでるんだよね?」
「当たり前だろ。あたいは妖精族。生まれも育ちもこのジギィナの森だぞっ」
「つまり、森に詳しいってことでしょ? モンスターがたくさんいるこの森でも、自由に飛び回れるぐらいには」
「ま、まーな。あたいは他の妖精族よりもずっと感が鋭いからさ。モンスターが近づいてきたらすぐわかるんだっ。そ、それにあたいは強いんだぞ。モンスターなんかイチコロなんだぞっ。見ろ!」
妖精が近くの木に手のひらを向け、
「ウィンドカッター!!」
轟と風が逆巻いた。
「んぷっ」
急な突風に目を閉じてしまい、再び開けたときには――
「ど、どうだ? すごいだろ?」
目の前に、大型台風が通り過ぎたような光景が広がっていた。
対象物だった木はもちろん、地面はありこち目繰り上がり、近くに生えていた木々までズタズタに切り裂かれ倒れている。
「いまのは……魔法?」
「そ、そうだ! 驚いたか?」
「驚いたよ。……でもちょっとやりすぎじゃないこれ?」
「うっ」
妖精が気まずい顔をする。
「力を示すなら木を一本倒すだけで良かったのに……あたり一面ぐっちゃぐちゃだよ」
「そ、それは……あ、あたいは魔力のコントロールが苦手なんだよっ。で、でもいいだろ! 威力はあるんだからさ! さ、さっきだってな、あたいを捕まえようとした飛甲蟲の群れをこの魔法で追っ払ってやったんだぞっ」
「飛行蟲……?」
聞き覚えのあるモンスター名。
まさか、俺たちに襲いかかってきた空飛ぶザリガニが傷を負っていたのは……。
「しらないのか? でーっかい蟲のモンスターのことだよ! ま、あたいが魔法で返り討ちにしてやったけどなっ」
えっへんとする妖精。
妖精コントロールは苦手だけど、威力は絶大。
そりゃ小さい体で、モンスターだらけの森を飛び回れるわけだ。
「それは心強いね。ならこれは提案なんだけど、俺がニノリッチに君を連れていくから、君は俺を森の西へ連れてってくれないかな?」
冒険者でもなんでもない俺が森を進むのは、命がけになる。
けれど森に詳しく、その上強いガイドがいれば安全性がぐっと高まるのでは?
その考えに至った俺は、妖精に取引を持ちかけたのだった。
「お前………あ、あたいをニノリッチに連れてってくれるのかっ?」
「命を助けてもらったからね。それぐらいさせてもらうよ。と言っても、森を抜けれたらだけどね」
この提案に妖精の瞳が輝きはじめる。
それはもうキラキラと。
「森を抜けるだけいいんだなっ? ま、任せろ! あたいが森の外までお前を連れ出してやる! ついでに弱っちいお前を守ってやるぞっ」
「嬉しいね。じゃ、交渉成立ってことで」
俺は右手を妖精に伸ばす。
「……なんだその手は?」
「握手、ってゆーんだけど、知らない? 只人族の間では、親しい間柄や協力関係にあるときは互いの手を差し出し握り合うんだ」
「あ! あくしゅかっ。 しってるぞっ。アイツが言ってたやつだな! いーぞいーぞ!」
妖精が俺の右手を両手で掴み、ぶんぶんと振る。
小さい手なのに、俺の腕がもげちゃいそうなほど力があった。
「……そういえばお前、名前はあるのか?」
握手を交わしたあと、妖精が上目遣いに訊いてきた。
「そりゃあるよ」
「なんて名前だ? べ、別にしりたくないけど只人族の里に行くのに、アイツみたく『只人族』って呼ぶのも変だもんな! 別にお前の名前なんてしりたくないけどさっ!」
そう言うくせに、妖精はチラチラと見てくる。
強がっているけれど、俺の名前を知りたいようだった。
「俺は尼田士郎」
「アマータシローか。変な名前だなっ」
「そこ繋げないで。士郎が名で、尼田が家名ね。友だちからは士郎って呼ばれてるよ」
「なら……友だちじゃないあたいは『アマータ』って呼べばいいのか?」
「士郎のが呼ばれ慣れるって意味だったんだけどね」
「でもあたいは……と、友だちじゃないぞっ?」
「だね。どちらかというと運命共同体……いや、森を抜けるまでは隊長かな?」
「た、たいちょー?」
「そそ。隊長。森を安全に進むためには、君が指示を出して俺がそれに従うわけだからね」
「ふ~ん。親分みたいなものか?」
「あー、それそれ。そんな感じ」
「親分……あたいが親分か。へへっ、なんかいいなそれ! うん、気に入ったぞ!!」
妖精は何度も頷き、
「いまからあたいはお前の親分だ!」
びしっと俺を指差した。
「そこはもう決定なのね」
「あたり前だっ。あたいは命の恩人なんだからな! そ、それにあたいがいないと森を進めないだろっ」
妖精がえっへんとする。
「わかったよ。森を抜けるまで俺は君の子分だ」
「き、君じゃなくて『親分』って呼べよな。それに森を抜けてもあたいは親分のままだ!」
「お、親分」
「くふふっ。なんかムズムズするなっ。も、もう一回呼んでみてくれっ!」
「よっ、親分!」
「くぅ~~~っっっ。よ、よーしっ。それじゃシロウ――あっ、あたいは親分なんだから、お前のこと『シロウ』って呼ぶからな? 親分なんだしいいよな? 嫌とは言わせないけどなっ。親分だから!」
「それでいいよ」
「うんうん! あたいは優しい親分だから、あたいのこと……し、信頼していいからなっ」
「それよりオヤビン」
「お、や、ぶ、んっ!」
ちょっとボケたら、すぐにツッコミが入った。
親分のほっぺがぷくーと膨らむ。
「親分」
「それだそれっ。ちゃんとそう呼ぶんだぞ! それで――なんだシロウ?」
「親分の名前を教えてもらっていいでゲスか?」
「な、なんで変なしゃべり方になるんだよっ」
「いや、子分っぽいかなって」
「ダメだダメ! 『ゲス』は禁止だっ 禁止!」
「じゃあ語尾に『ズラ』ってつけたほうがいいズラか?」
「ズラも禁止だっ!」
俺はコホンと咳払い。ならばと仕事モードに切り替える。
「わかりました。命の恩人である親分には、この士郎・尼田、子分として誠心誠意尽くさせてもらいます」
「その喋り方も好きじゃないから、ダ、ダメだぞっ。親分の命令だぞっ」
「んー、でも俺、君の子分なんだよね?」
「シロウは子分だけど、とも――ああっ! もう! とにかくダメだ! 変なのは禁止! もっとフツー喋ってくれ! フツーに!」
「わかったよ。そんじゃ元に戻してっと」
俺は親分を真っ直ぐに見つめ、問いかける。
「親分、親分の名前を俺に教えてもらえるかな?」
「あたいはパティ・ファルルゥ。これからよろしくなシロウ!」
話し方を戻すと、親分――パティは嬉しそうに微笑み名乗りを上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます