第54話


「……なんか、ギルドの運営も大変そうですね」


 二人が奥の部屋に消えたあと、しみじみとそう言ってみたところ、


「…………経験豊富な冒険者はみな自分が正しいと思いがち。相手が若いというだけで話を聞かない者も多い。そういった者たちをまとめ上げるのもギルドマスターの仕事」


 ネスカさんもしみじみとしながら説明してくれた。


「なるほど。ギルドマスターも楽じゃない、ってことですか」


 裏方にいる人の言葉は現場に届きにくいし、逆もまた然り。

 立場が違えば、必然的に考え方も違ってくるもの。管理職が大変な理由の一つだ。

 寸劇が一段落したところで、


「それはそうとあんちゃん、一つ頼みがあるんだが……ちっとばかし話を聞いちゃくれないか?」


 ライヤーさんがそう切り出してきた。


「俺に? なんでしょう」


 改まった感じに言ってくるものだから、なんとなく俺も居住まいを正す。


「……実はな、森である花を見つけたんだが――――……」


 ライヤーさんの話はこんな感じだった。

 森で遺跡を探していた蒼い閃光。その道中で、高位の回復ポーションを作ることができる珍しい花を見つけたそうだ。

 けれどその花は採取したら数時間で萎れてしまう、素材として扱いにくいものらしい。


 そこで俺の出番だ。俺の持つスキル、空間収納。

 空間収納でしまったものは時間の流れから開放される。

 森で摘んで空間収納スキルで保管しておけば、萎れる前に薬師に渡すことができる。


「どうだあんちゃん? もちろん俺たちがあんちゃんをガッチリ守るが、森は危険なとこだ。万が一もあるかもしれねぇ。でもよ、いまギルドでもポーション不足が起きてるのはあんちゃんも知ってるよな?」


「ええ、想定していたよりもずっと強いモンスターが出ているそうですね」


「そうだ」


 遺跡を求め、森の攻略にあたる冒険者たち。

 妖精の祝福にいる冒険者は実力者ばかり。でも、その実力者を以てしても、手強いモンスターが森には多数いるそうだ。

 そのせいで、ギルドで用意してある各種ポーションもすごい勢いで減っていっているんだとか。


 もちろん、森には薬草も生えてるし、ギルドにはお抱えの薬師もいる。

 それでも現状は不足がちとのこと。


 「おれたちベテランの冒険者はどうしたって遺跡を探すのがメインの仕事になっちまう。薬草採取なんて新人や三流どころがやる仕事だ。でもよ、高位ポーションを作れる花を見つけて、その花が萎れることなく持って帰れる手段があるのなら、冒険者として見過ごすこともできない」


「ギルドの現状を考えればそうでしょうね」


 ギルドの価値は何かと問われれば、それは所属する冒険者たちに他ならない。

 冒険者たちの損耗を防ぐためにも、ポーションはいくらあっても足りない。

 ポーションの存在は、つまるところ冒険者たちの生命線になるからだ。


「それにな、その薬草を薬師に売れば一本銀貨四枚にはなるんだよ」


「おー、けっこういい値段で買い取ってもらえるんですね」


「そうだ。花一本で銀貨四枚はかなりいい。そして俺たちが見つけた場所には――」


 ライヤーさんがにやりと笑い、続ける。


「花畑かってぐらいたくさん咲いてたんだよ」


「つまりギルドの助けになるだけじゃなく、めちゃくちゃおカネにもなるということですね」


 俺がそう訊くと、蒼い閃光全員が同時に頷いた。


「片道どれぐらいかかりますかね?」


「半日もかからない。ま、余裕をもって一泊二日ってとこか。朝に出れば次の日の昼前には帰ってこれるだろうぜ。花が咲いてるあたりにはやばいモンスターも出ないし、万が一出てもおれたちが対処する」


「ふむ……」


 腕を組み考える。

 俺の店の売上は、七割が冒険者。ぶっちゃけ冒険者たちに支えられている、と言っても過言ではない。


 そんな冒険者の命を守るためも、ポーションの存在は不可欠だ。

 いまのところ冒険者が亡くなったって話は聞いたことがないけれど、危なかったって話はちらほらと耳に届く。

 となれば――


「わかりました。俺も同行します」


 冒険者たちの生存率があがるなら、俺も多少の無茶はしないとだよな。


「その代わりしっかり守ってくださいよ?」


「そこは任せてくれ」


 ライヤーさんが腰の剣をぽんと叩く。


「ギルドに修練場ができたからな。わざわざカネ払ってまで教官にしごかれたんだ。前のおれたちとは違うってとこをあんちゃんに見せてやるぜ」


「それ、モンスターに襲われる前提になってません?」


「だっはっは! 言われてみればそうだな。ま、モンスターが出てもおれたちが倒すから安心してくれってことだよ」


「うんうん。ボクたちすっごく強くなったんだにゃ」


「…………わたしも詠唱速度が上がった。……少しだけど」


 キルファさんとネスカさんがえっへんと胸を張る。

 ロルフさんだけはいつものように、ニコニコと温厚な笑みを浮かべていた。


「ってなわけであんちゃん、報酬はおれたち青い閃光とあんちゃんの折半でいいよな? たぶん、金貨五枚は硬いぜ」


 金貨五枚。等価交換スキルを使えば五〇〇万円になる。

 一泊二日で五〇〇万円か。ビジネスと考えても、とても美味しい話というわけだ。

 でも――


「そこは五等分でいいですよ」


「いいのか?」


「ええ。俺はパーティメンバーじゃないですけど、蒼い閃光とは仲間のつもりですからね」


「あんちゃん……。はぁ、あんちゃん、商人ならもっと欲出していいんだぞ? なのにあんちゃんはホント……」


 ライヤーさんちょっとため息をついて、それから笑った。

 親しい相手にだけ見せる、心からの笑みだった。


「わかった。でもあとからもっとくれってのはナシだかんな?」


「言いませんって、そんなこと」


 ライヤーさんがふざけたように言い、俺も笑いながら返す。


「……あんがとよ。そんじゃ改めて乾杯といくか。やかましいエミィもいなくなったことだしな」


 こうして俺は、久々に蒼い閃光に同行することになったのだった。

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