第53話
「「「かんぱーい!!」」」
青い閃光との夕食会がはじまった。
まあ、夕食会と言っても、ほとんど飲み会のようなものだけどね。
参加者は蒼い閃光の四人と俺。
あとなぜか――
「乾杯なんですよぅ!」
エミーユさんもいた。
俺が蒼い閃光のみんなとご飯を食べると言ったら、
「ずるいですよぅ! アタシ誘われてないんですよぅ! のけ者は嫌なんですよぅ!」
と、子供顔負けの駄々をこねはじめ、なし崩し的に参加することになったのだ。
ネスカさんの計らいにより、隣に座っていないのが唯一の救いかな。
時刻は日が沈み、夜に差し掛かろうとしている頃合い。
テーブルには料理の皿がいくつも置かれていた。ほとんどが肉料理で、ひと口食べてみたらなんとなく豚肉に味が似ていた。
なんの肉か質問すると大概モンスターの名前が返ってくるから、最近はあえて訊かないことにしている。
「こっちも食べて見るか」
俺が川魚の料理に手を伸ばしたタイミングで、それは起こった。
「んだとテメェ! 今なんつったっ!?」
突然、入口側テーブルから怒声が上がった。
見れば短髪の冒険者が、学者然とした冒険者に肩をオラつかせて詰め寄っている。
なにやらケンカが起きそうな予感。
「もう一度言ってやがれ! オレたちの仕事がなんだって!?」
「フンッ。そう声を張り上げずとも言ってやるとも。マッピングもせず考えなしに森を進まれても困ると言ったのだよ」
「マッピングならちゃんとやってるだろうが!」
短髪の冒険者が、森の地図らしき羊皮紙を突きつける。
「こんなものはマッピングと呼べませんね。いいですか? 我々が行っているマッピングとは、ギルドでの情報共有を目的としたものです。わかりますか? どこになにが描いてあるのか理解できないものはマッピングとは呼べないのですよ。なんですかこの雑な記入は。謎かけでもはじめるつもりですか? 謎かけなど迷宮だけで十分なんです」
やれやれと首を振る学者風冒険者。正に一触即発な状況。
そこで俺は、エミーユさんに小声で「止めなくていいの?」とご進言。
「……ア、アタシはいま休憩中なんですよぅ」
プイと顔を逸してエミーユさん。
なんと言うことでしょう。本来なら止めなくてはならない立場なのに、このウサ耳ったら知らんぷりを決め込んでいるではないですか。
ならばとばかりにライヤーさんに顔を向けるも、しかめっ面で首を振るばかり。
「ほっとけあんちゃん。冒険者にとっちゃケンカは挨拶みたいなもんだ。それに……最近はどいつもこいつも不満を溜め込んでるからなぁ」
「不満ときましたか。理由を訊いてもいいやつですか?」
「いいやつだぜ」
ライヤーさんは頷いてから理由を教えてくれた。
「単純な話だ。ここにいるほとんどの冒険者は古代魔法文明の遺跡を探すために、わざわざ中央やいろんな支部から集められた腕利きばかりなんだよ。早い話が、一流とベテランどころしかいないのさ」
「実力者揃い、ということですか」
「そうだ。けどよ、ここが銀月から妖精の祝福になって……もうふた月か。ふた月も森の中を探し回ってるのに、遺跡らしきものが一つも見つかっちゃいない。だからだろうな。口にこそ出さないが、みんなどっかイラついてんのさ」
「あー、結果が出ないとそうなりますよね」
前職の上司がまさにそんな感じの人だった。
主に怒りのぶつけどころが俺なのが納得行かなかったけどね。
「そういうこった。ここが辺境じゃなくて、もちっと大きい街なら鬱憤を晴らすこともできんだろうけどな。娯楽と無縁のニノリッチじゃあなぁ……。ま、不満もたまるだろうよ」
「確かにニノリッチには、娯楽と呼べるものがほとんどないですもんね」
うんうんと同意を示していると、
「お兄さんお兄さん」
斜め向かいに座るエミーユさんが、小声で話しかけてきた。
本人は俺にだけ話しかけているつもりだろうけど、席が離れているせいで全員に聞こえている。
「な、なんですエミーユさん? あ、先に言っておくとボタンは外さなくていいですからね」
「いくらアタシでもみんなの前でボタンなんて外しませんよぅ」
頬を膨らましてエミーユさん。
さっき衆人環視のなか外しはじめたのは、『みんな』にカウントされていないのだから恐ろしい。
「それよりもですね、ライヤーが言ってる『娯楽』ってゆーのはですね、アレですよぅ。アレのことですよぅ」
「……アレ?」
「もうっ。ニブちんですね。アレって言ったらエッチなお店のことに決まってるじゃないですか。エッチなお店」
「なっ!? ――バッ、バカかエミィ! そ、そんなわけないだろっ」
ライヤーさんが焦ったように立ち上がる。
エッチなお店とはアレか。つまりエッチなお店のことか。
これに不満を表したのは、ライヤーさんとお付き合いしているネスカさんだった。
「…………ぇぃ」
「いってぇーーー!! 踵で踏むな踵で!」
「…………えっちなことを言うライヤーが悪い」
「おれはなにも言ってねぇぞ! 言ってるのはエミィだエミィ! そもそもおれは娼館なんて一回も行ったことないんだからな!」
「…………ぇぃっ」
「ぐあっつ!? だから踵はやめろ踵はぁっ! それに行ってないのになんで踏むんだよ!!」
「こんなとこでエッチな話するライヤーが悪いにゃ」
「…………キルファ、このすけべにもっと言ってやって」
「ライヤーさんて、どすけべだったんですね」
「そうだよ。ライヤーはどすけべなんだにゃ」
「俺、ちょっとだけ見損ないました」
「ちげぇぇよぉぉぉっ! だから言ったのはエミィだろ!! あ、おいネスカ待てって。あー、こっち見てくれよ」
「…………つーん」
じゃれ合おうように痴話げんかをはじめる、ライヤーさんとネスカさん。
バカップルがいちゃつく一方で、冒険者同士の諍いはリアルファイトへと突入しそうになっていた。
「ケンカなら買ってやるぞ! 表に出ろ!」
「……ふぅ。知能の低い者は短絡的で困りますね。ですがいいでしょう。愚者に教鞭を執るのは賢者の務めですからね」
酒場のあちこちから「やれやれ!」だの、「どっちに賭ける?」などど聞こえはじめる。
これが冒険者の日常なのかと感心していると、
「いったいなんの騒ぎかしら」
バタンと音を立てて奥の扉が開かれた。
金色の髪をなびかせ、美しい麗人が登場だ。
「まさかわたくしのギルドで喧嘩をしている、なんて言いませんわよね?」
エメラルド色に輝く瞳で酒場を見回し、騒ぎの中心でピタッと止まる。
なにを隠そうこの美人さんこそが、妖精の祝福ニノリッチ支部のギルドマスター、ネイ・ミラジュさんだ。
以前、町長のカレンさんに支部を置いてくれと交渉しにきたネイさんは、ギルドマスターとして再びニノリッチにやってきた。
なんでも元々優秀な人で、支部を置く交渉を上手くまとめた功績を買われての就任だったらしい。
「どうして黙ってしまうのかしら? わたくしの質問が聞こえませんでしたか?」
ネイさんが騒いでいた二人を見据え、問いかける。
問われた二人は背筋をピンと伸ばして直立不動。
「まだ続けるというのならどうぞご自由に。ですが、もう二度とわたくしのギルドには来ないでくださいね」
ネイさんにそう言われ、二人は身を小さくした。
まだ若いネイさんに、熟練の冒険者が身を縮こませる。
それはギルドマスターの立場故か、はたまたネイさんがそれだけの実力者があるからか、あるいはその両方か。
「……悪かった。いくら探しても遺跡のいの字も見つからねぇもんだからよ、ちょっとイライラしてたんだ」
「いえ、私も言い過ぎました。全面的に撤回しましょう」
ネイさんの介入により、ひとまず場は収まったようだ。
争っていた二人は元いた席へ戻り、不機嫌な顔でジョッキを傾けている。
ネイさんはため息を一つつき、こちらに顔を向けた。
「あらシロウさん、いらっしゃったんですね」
「どうもおじゃましてます。そして仲裁ご苦労様でした」
「お見苦しいところをお見せしましたわ」
ネイさんがコツコツとブーツを響かせ近づいてくる。
予期せぬ上司の急接近にエミーユさんが慌てふためき、あろうことかテーブルの下に身を隠そうとして――盛大にずっこける。
「……エミーユさん、あなたがいたのにどうして止めなかったのですか?」
返事はテーブルの下からだった。
「あぅ、だ、だってアタシは休憩中ですからぁ、だから――それに、どーせアタシが言っても聞いてくれないんですよぅ。言うだけムダなんですよぅ」
「……確かにわたくしのギルドにいる冒険者はプライドが高い者ばかりですからね。あなたの――いえ、わたくし以外の者の言葉を聞き入れない者も多いでしょう。ですが、」
ネイさんがテーブルの下に手を伸ばす。
「だからといって職務を放棄してよい理由にはなりませんわよ」
「イタタタ、イタッ。痛いですよぅ。ひっぱらないでくださいよぅ」
首根っこを掴まれたエミーユさん。そのまま持ち上げられて、プラプラと。
うーん。女性とはいえ、片手で持ち上げるなんてネイさん凄いな。
ギルドマスターの名は伊達ではないってことだ。
「エミーユさん、あなた最近気が緩んでいませんか? 妖精の祝福で働く者として、教育し直さないといけないようですわね」
「いやなんですよぅ! いまは休憩中なんですよぅ!」
「さ、行きますわよ。わたくしが直々に気を引き締めさせてあげますわ」
ネイさんにズルズルと引きづられれていくエミーユさん。
「お、お兄さん助けてくださいっ! お兄さんの未来のお嫁さんがピンチなんですよぅ! 将来の愛する妻が連れていかれちゃうとこなんですよぅ! 助けるならいまなんですよぅ! アタシにイイとこ見せるチャンスなんですよぅ!!」
エミーユさんが俺に助けを求めるが、当然スルー。
むしろ、笑顔で見送ってあげた。
「減給だけは勘弁なんですよぉぉぉぉぉ――――……」
ズルズルと引きずられるエミーユさん。
奥の部屋の扉が閉まるその瞬間まで、俺に助けを求めていた。
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