第51話

 翌朝、俺はばーちゃん家の仏間にいた。


「まさか、ばーちゃんが生きてたとはねぇ」


 花を挿したばかりの花瓶を仏壇の脇に置く。


「ばーちゃん、生きてるんなら生きてるって言ってくれよな。てか、会いに来てくれよな。まったく、あのとき俺が流した涙はなんだったんだってなるじゃんよ」


 昨日まで遺影と呼んでいた写真では、今日もばーちゃんが呆れるほどの笑顔でダブルピースしていた。


「人の気も知らないでダブルピースしちゃってさ。親父に説明……はないか。押し入れのことをなんて説明したらいいかわからないし、そもそもばーちゃんの居所がわかったわけじゃないもんな」


 異世界ルファルティオが地球と同サイズだとしたら、地球のどこかにいる人を捜すようなも。

 ニノリッチ以外なにも知らない俺にとって、森で落ち葉を探すより難易度が高いことは間違いない。


 そんなことをできるなんて、よほどの富豪じゃ無いとできないだろう。

 いくらかは稼いできたつもりだけど、所詮は個人レベル。異世界全土に渡る大規模な捜索ができるほどの資金には遠く及ばない。

 現状、唯一の希望は収穫祭だ。


「ばーちゃん、収穫祭に来るって信じてるからな」


 件の収穫祭まで、約二ヵ月。

 ただ待つとなると長く感じただろうけれど、俺はカレンさんと約束したのだ。

 収穫祭の手伝いをすると。


「収穫祭かー。お祭りなら、やっぱ俺も屋台とか出してみたいよね。食べ物の屋台は他が出すだろうし、どうせなら俺にしかできないような屋台をやりたいな」


 俺はあごに手をやり考える。

 幸い、資金は潤沢にある。

 そこそこおカネのかかる屋台を出すことも可能だ。

 問題は、どんな屋台を出すかだな。


 ――金魚すくい?

 ないない。

 そもそも金魚押し付けられても飼えなくて困っちゃうでしょ。


 ――射的屋?

 却下。絶対弓矢を持ち出す人が出てくる。

 あと投げナイフとか。


 ――インチキ紐引きくじ?

 インチキだからダメ。


「あとは…………あれ? 食べ物意外となると、意外に難しい?」


 りんご飴、お好み焼き、ジャガバター、フランクフルト……思い浮かぶのはどれも食べものの屋台ばかり。


 でも飲食の屋台は、他の商人の稼ぎを奪ってしまうことになる。

 例えば、俺がニノリッチではじめて買い物をした、串焼き屋のおっちゃんとかね。


「待て待て。飲食以外にもきっとなにかあるはずだ。思いだせ士郎。子供のころの記憶を掘り返すんだ」


 お祭りの記憶には、必ずと言っていいほどばーちゃんがいた。

 記憶を手繰りながら、ばーちゃんの写真を眺める。

 写真……写真……写真――っ!?


「そうか写真か!」


 思い出はいつだってプライスレス。

 お祭りの思い出を写真に収め持ち帰れるとしたら、行列ができるほど人気が出るのではないだろうか?

 なにより他の屋台との競合もない。


「うん。これ、めっちゃいい思いつきなんじゃないか?」


 ◇◆◇◆◇


「シロウお兄ちゃん、それなぁに?」


 ここはニノリッチにある俺の店。

 本日の営業を終え、店を閉めたタイミングでのことだった。

 アイナちゃんが俺の胸元、より正確にはみぞおちの辺りにぶら下がったモノを指さして訊いてくる。


「よくぞ訊いてくれたアイナちゃん。これは『カメラ』という素敵なアイテムでね、新しい商売に使おうと思って用意したんだよ」


 秋葉原の家電量販店で購入した、ミラーレス一眼カメラ。

 最初は入門機としてお手軽なカメラを買おうとしたんだけど、懐の暖かさと店員さんのセールストークにまんまとハマり、気づけばお手軽価格から桁が一つ増えた機種を購入していた。


 それも、レンズと携帯型プリンター付きで。

 このことを『カメラ女子』を自称する妹に話したら、「買う方も買う方なら、売る方も売る方よ!」と、店員さんとセットで怒られてしまった。


 妹曰く、初心者が手を出していいような機種ではなかったらしい。

 だが俺に後悔はない。だって、これからこのカメラで地球とは違う世界の人々や景色を写真に収めることができるんだからね。

 それに、このカメラが俺に新たな富を運んでくれるかもしれないのだ。


「かめら?」


「うん、カメラ」


「なににつかうの?」


「説明するよりやってみせた方が早いかな。アイナちゃん、こっち見てもらっていい?」


「え? う、うん」


 きょとんとするアイナちゃんにカメラを向け、パシャリ。

 撮った画像を携帯型プリンターへ送る。


「はいアイナちゃん、これを見てごらん」


 プリントアウトした写真をアイナちゃんに渡す。

 意味がわからず、きょとんとしていたアイナちゃんだけれど、


「ん……え? こ、これアイナ?」


 写真を見た瞬間、その顔が驚きでいっぱいになった。


「え? え? どうしてアイナがここにいるの? アイナちっちゃくなってとじこめられちゃったの?」


 と戸惑い気味にアイナちゃん。渡した写真を振ってみたり、裏側を覗いてみたりしているぞ。

 なんて新鮮なリアクションなんだ。


「驚いた? このカメラはね、人や景色を一瞬で絵にすることができるアイテムなんだ」


「絵に?」


「それも精巧な絵にね。ほら、この写真――絵を見て。まるでアイナちゃんがここにいるみたいでしょ?」


「アイナ、こんなすごいのはじめてみた。このかめらは『まじっくあいてむ』なの?」


 マジックアイテムとは、魔力を動力として動くこの世界の道具アイテムのことだ。

 うちの店は冒険者のお客が多いし、なんなら市場の他の店でマジックアイテムが売っていたりする。

 アイナちゃんにとって、未知の道具はすべてマジックアイテムに分類されるのだろう。


「ある意味マジックアイテムみたいなものかな。俺も詳しい仕組みはよく分からないし、知ってるのは使い方だけなんだよね」


「ふーん。あ、ここにもアイナがいる! シロウお兄ちゃん、ここ! ここにもアイナがいるのっ」


 アイナちゃんがカメラの背面モニターを指さす。

 さっきまでとは違い、興味津々って顔をしていた。


「いい機会だから何枚か撮ってみようか? アイナちゃん、笑ってみて」


「うん。……こう?」


 恥ずかしそうに笑うアイナちゃん。

 俺は写真をパシャリ。ポーズを撮ってもらってまたパシャリ。

 店の前に立ってもらってこれまたパシャリ。


「凄いな。カメラが良い物だとここまできれいに撮れるのか。それとも俺の腕がいいのか? もしくは被写体がいいから?」


「すごいすごい! アイナが絵のなかにいる!」


 プリントアウトされた写真を見て、アイナちゃんは大興奮。

 この反応を見るに、写真を売る屋台をはじめたらひと儲けできそうだ。なんなら明日からはじめてもいいかもしれない。


 日本でも、家族写真や学校での集合写真はプロのカメラマンを呼んで撮影したりするしね。

 となれば、俺もおカネを取れるぐらいには写真の腕を上げておかないとだな。いっぱい練習しとこっと。

 二人で画像を確認して、次は俺が撮られる番となった。


「シロウお兄ちゃん、ここを押せばいいの?」


「そうだよ。やってみて」


「ん!」


 ――カシャ。


「どう? 撮れた?」


「えとねぇ……あ! とれたっ。とれたよシロウ兄ちゃん!」


 アイナちゃんが弾んだ声を出す。

 近づいてモニターを確認する。


「ね、とれたでしょ」


 得意げな顔でアイナちゃんが言う。


「……そ、そうだね」


 そこには、ブレにブレたダブルピースする俺の姿が写っていたのでした。


 ◇◆◇◆◇


 二人で撮影会を楽しんでいると、アイナちゃんのお母さん――ステラさんが店にやってきた。

 仕事を終えたアイナちゃんを迎えにきたのだろう。


「シロウさん、今日もアイナがお世話になりました」


「なんのなんの。俺の方こそアイナちゃんに頼りっぱなしでしたよ」


「おかーさん今日もね、お店にいっぱいいっぱい、いーーーっぱいお客さんきたんだよ」


「繁盛してるのね。さすがシロウさんのお店だわ。アイナもがんばったわね」


「うん!」


「シロウさんもお疲れ様でした」


「いえいえ。ステラさんこそお迎えご苦労さまです。新しい家はどうです? 引越しの疲れとか残ってません?」


 町外れに住んでいたアイナちゃんとステラさんは、店の近くに引越してきた。

 店から歩いて一〇分ほどのところで、たまたま借り手を募集していた一軒家を発見。


 俺はその家を社宅として借り上げ、アイナちゃんとステラさん母娘に住んでもらうことにしたのだ。

 最初は申し訳ないからと断っていたステラさんだけれど、「これもアイナちゃんの安全のためです!」と強引に説得し、先週やっと引越してきてくれたのだった。


「シロウさんがお手伝いしてくれたので疲れてなんかいませんよ」


「そう言ってもらえると手伝ったかいがありますね。部屋は片付きました?」


「ええと、それは……」


 そう訊くと、ステラさんの目が泳ぎはじめた。


「シロウお兄ちゃん聞いて。おかーさんね、お片づけがへたっちょなんだよ」


「え? ステラさんが? うそでしょ?」


「ううん。ほんとなの」


「お恥ずかしい限りです……」


 ステラさんは顔を赤くし、がっくりとうなだれる。


「もう、アイナったら。シロウさんには言わないでって言ったのに……」


 ステラさんは恥ずかしそうにブツブツと。


「だからアイナね、お家にかえってもお片づけしないといけないの」


「そ、そうなんだ。もし俺の手が必要だったら言ってね」


「ありがとうシロウお兄ちゃん。でも……シロウお兄ちゃんもお片づけがへたっちょだからなぁ」


「お恥ずかしい限りです……」


 ステラさんに続いて、俺もがっくりとうなだれる。

 店のお掃除担当大臣にこう言われてしまっては、反論の余地もない。

 毎日、店がきれいに掃除され、商品が整理整頓されているのはすべてアイナちゃんのおかげ。


 片づけが得意なアイナちゃんが俺の店で一日中働いているから、未だに引越しの片付けが終わっていないんだろうな。

 ここは数日休みをあげるべきだろうか?

 そんなことを考えつつも、俺とステラさんは肩を落とし、ぐうの音も出ないほど落ち込んでしまうのでした。


「アイナお家のお片づけあるから、シロウお兄ちゃんまたあしたね」


「シロウさん、失礼させてもらいますね」


「うん。今日もありがとう。また明日もよろしく。ステラさん、気をつけて帰ってくださいね」


「うん!」


「はい」


 アイナちゃんはステラさんと手を繋ぎ、何度もこちらを振り返っては「じゃあねー」とか「またねー」と、路地を曲がるまで手を振っていた。

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